178話 飢えと渇き
一方、叢雲の操刃室内で翼羽は考察した。
――あれはデゼルの〈守盾〉、聞いていた通りやはりあいつの能力は……
シェールが〈守盾〉を使用したのを見て、シェールの能力に目星を付ける翼羽。更に騎体を急転回させ再びシェールへと突撃。
するとシェールは再度左腰の鞘から刃力剣抜き、翼羽の袈裟斬りを受け止めて捌いた。瞬間、翼羽は斬撃を受け流された勢いを利用して騎体を横に一回転させ、更に蹴りを繰り出す。
対し叢雲の蹴りを、シャムシールの左掌で受け止めさせるシェール。
「これはどう?」
直後、シェールとシャムシールの額に剣の紋章が輝くと、叢雲の右足部が黒い氷で凍らされ、再び身動きを封じられる。
その能力はシェールの能力の一つ〈時凍〉。触れた物の時を黒い氷で凍らせ、空間に固定する能力である。
「あはあ、今度はもう動けないよ」
しかし次の瞬間、翼羽の叢雲が羽刀型刃力剣で即座に自身の右足部を斬り落とすと、シェールの視界から一瞬で消える。
「なっ!」
〈時凍〉はフリューゲル達四人を襲撃した時には使っていない、つまり翼羽にとって初見である筈の能力にも関わらず、一瞬で能力の質を見抜き、更には自身の騎体の右足部を躊躇無く切断した判断の速さ、その想定外の動きに、シェールのシャムシールの背後が叢雲に取られていた。
――まずい、あの光の盾――いや間に合わな――
『これで幕を引く!』
叢雲の羽刀型刃力剣による右薙ぎが、遂にシェールのシャムシールを捉えた。
憑閃により光輝く刀身がシャムシールの左腕部を斬り落とし、そのまま鎧胸部を斬り裂き、シェールの居る操刃室へと奔る。そして――
「何!」
翼羽の叢雲による渾身の斬撃が空を斬る。
シャムシールが居た筈の場所に突如黒い空間の歪のようなものが出現し、シャムシールの姿が消失したのである。
そして翼羽が振り返ると、叢雲と距離を取った場所に、左腕を失い胸部を半分斬り裂かれた状態のシャムシールが黒い空間の歪と共に出現した。
その能力は以前見た第二騎士師団〈凍餓の角〉師団長、エリィ=フレイヴァルツの能力であった。それを見て翼羽はシェールの能力を確信する。
「やはりお前の竜殲術の能力は、他者の竜殲術の模倣か」
『ご名答、僕の竜殲術〈搾取〉は一度見た他人の竜殲術をストックしておけるんだ。いやあ、エリィの〈開門〉をストックしておいて正解だったよ』
すると翼羽は、シェールにとどめを刺すべく叢雲に、羽刀型刃力剣を交叉させる構えを取らせた。
『あは、はは、あははははははははは』
直後、突如顔を隠しながら激しく笑い声を上げるシェール。その指の間から覗かせるその目は赤く血走っていた。
『量産剣を操刃していたとはいえ僕が殺られそうになるなんて、蠢く蛆虫の中にも君みたいな素敵な個体もいたんだね』
「いい加減……聞くに堪えないその口を閉じろ!」
翼羽は交叉させた両手の羽刀型刃力剣を振るい、壱式 飛閃・連刃を使用して交叉状の光の刃をシャムシールへと放つ。だが、シェールのシャムシールは黒い空間の歪と共にその場から姿を消し、光の刃が虚空の彼方へ消えていった。
次の瞬間、どこからともなくシェールから翼羽へと伝声が入る。
『確か君ヨクハ=ホウリュウインって名前だったよね……ヨクハヨクハヨクハヨクハヨクハヨクハヨクハヨクハヨクハヨクハヨクハ! もう覚えたよ、君の名前、君の顔、君の声、君がくれた痛み、全部全部覚えたから、君は必ず僕が踏み殺す、必ず必ず必ずね。君を擂り潰すその日まで寝ても覚めても君の事ばっかり考えてるから、君も僕の事絶対に忘れないでね』
そう言い終えると、シェールは翼羽との伝声を切断する。
続いて周囲に残っていた〈裂砂の爪〉の騎士達が操刃するシャムシールも撤退を開始するのだった。
すると翼羽は、シェールのシャムシールが消えた虚空を眺めながら一人呟く。
「……気持ちわる」
一方、部隊を指揮し、ツァリス島制圧を目指すラナに、突如シェールから伝声が入る。
『撤退するよラナちゃん』
「しぇ、シェール師団長、え、で、でも、後少しで……て、敵の本拠地を制圧出来そうなんですが」
『あ、本当? 何人くらい殺れたの?』
「あ、そ、その、えっと……ま、まだ一人も……で、でもこのままいけば、た、多分全員討ち取れるかと――」
次の瞬間、晶板越しにシェールの表情を見たラナが震え上がる。
「ひっ!」
『ラナ、君さあ、これだけ戦力差があってまだ一人も殺れてないとか何の冗談? 擂り潰すよマジで』
「す、すすすすみません、すみません、すみません、すみません」
涙目になりながら何度も頭を下げ謝罪を繰り返すラナ。
『なんて冗談に決まってるじゃないかラナちゃん、君が無事なだけでよかったって僕は思ってるよ』
すると突然優しい笑顔を浮かべ、ラナを気遣うような発言をするシェール。しかしラナはそれを見て先程よりも更に体を震わせていた。
「あ、あああああありがとうございます」
『うん、じゃあ帰ろうか、この先機会はいくらでもあるからさ』
「は、はい!」
敵の猛攻を凌ぎ続け、満身創痍といっても過言ではないフリューゲル達は、〈裂砂の爪〉の騎士達が撤退していくのを見て、心底胸を撫で下ろしていた。
「撤退した……助かったのか」
そして全員が、翼羽がシェールに勝利した事を確信した。
同時に、パルナから全騎に伝声が入る。
『戦況報告、翼羽団長がシェール=ガルティを撃破。〈裂砂の爪〉は撤退を開始、この防衛戦は私達の勝利よ!』
パルナからの勝利を告げる報告、その瞬間、ツァリス島に勝鬨が響いた。
また、本拠地で戦いを見守っていたソラも、〈寄集の隻翼〉がこのぎりぎりの戦いに勝利し、全員が生き残った事を心底安堵し、緊張の糸が切れたようにその場に座り込んだ。
「……よかった」
そんなソラを見て、優しく微笑むパルナ。
すると、全騎と本拠地の伝令室に向け翼羽から伝声と伝映が入る。
『ぬか喜びさせるなパルナ。確かにシェールは倒したが討ち取ってはおらん、逃げられた』
しかし、悔しそうに拳を握り締める翼羽を見てなお団員達が次々と歓喜の声を上げる。
『だがエリギウスの三強の一角を退けた、この意味は大きい』
冷静に今回の防衛戦勝利の意義を称えるカナフ。
『ああ、しかしまあ団長がつえーのは分かってたけどよ、あんなバケモンを本当に倒すかよ』
『当然だ、シーベットは最初からだんちょーが勝つのは分かってたぞ』
『そうですよフリューゲル、ちゃんと信じてなかったんですか?』
『いや、そういう訳じゃねえけえどよ』
少しだけ驚き混じりに称賛するフリューゲルに、不満げに返すシーベットとエイラリィ。
するとそこにデゼルが割って入った。
『まあまあ、とりあえず皆頑張ったし、帰って祝勝会でもする?』
その提案を聞き、プルームもまた提案をする。
『うんうん、じゃあ今回は私が腕によりをかけて料理しようか?』
『いや、それはやめろ』
『えー何でよシーベット』
『プルルンはまだシチューしかまともに作れないだろ』
『よーし、シーベットは後でシバさんと一緒にモフモフの刑に処す』
『な、何故私まで』
しかしそんなやりとりを聞いていた翼羽が難色を示すように言う。
『……残念じゃが、今回ばかりは祝杯を挙げてる暇も余裕も無い、本当の勝負はこれからじゃからな』
そして、次の戦いを示唆するような翼羽の言葉と、神妙な面持ちに、全員が息を飲んだ。
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