177話 ねじ伏せろ
〈裂砂の爪〉副師団長ラナ=ディアブは激しい焦りを見せていた。シェールから部隊の指揮を任され、圧倒的な戦力差がありながらもツァリス島を未だに制圧出来ず、敵騎を一騎たりとも撃墜させるには至っていなかったからだ。
しかも〈寄集の隻翼〉が、ソードの双眸や武装を狙う攻撃に切り替えてから、攻撃能力が大幅に低下させられたシャムシールも多く出始め、攻めあぐねは更に加速する。
「う、ううううううそでしょ、な、ななななんでこんなに粘るの? こ、こここここのままじゃシェール師団長に、お、おこおこ……おこられちゃう」
するとラナは、左腰に接続され背面に収納された砲身、散開式刃力砲を展開させた。そして砲身に光が収束されると、光の玉が散開し無数の光矢が〈寄集の隻翼〉の騎士達に襲い掛かる。
「は、はははやく、はやく、こここ殺さないと!」
直後、半透明の光の盾が無数に出現し、ラナの攻撃を完封する。
「ま、ままままたあの光の盾!」
ラナは愕然としながら、叫んだ。
これまでの戦いにおいて〈寄集の隻翼〉は圧倒的な戦力差を覆してきた。この防衛戦においても、これだけの戦力差がありながら敵を三十騎近く撃墜させ、かつ〈寄集の隻翼〉側は未だ一騎も撃墜されていない。
それ程の芸当が可能なのは、翼羽を含め個々の騎士の戦闘力の高さが理由なのは勿論である。しかしその陰の功労者は間違いなくデゼルとエイラリィの二人であった。
今回、デゼルは竜殲術〈守盾〉を用い、的確に攻撃を防ぎ、敵の渾身の一撃からも常に致命傷を防いできた。更には〈守盾〉を使用し敵の突撃すらも防ぐ防衛結界のような役割も担っていた。
エイラリィは浮遊式刃力増幅門により攻撃力を増幅させ敵撃墜の補助、接続式刃力補給杖で刃力を補給、〈癒掌〉により損傷した味方器を修復。味方の支援という点で獅子奮迅の活躍を見せていた。
この二人の支援騎士、どちらか一方でも欠けていれば、このツァリス島はとっくに制圧されていた事であろう。
だが、その二人の刃力ももはや限界、尽きかけていたのだった。
「ハアッハアッ……うっ!」
操刃室内にて、冷汗をかきながら肩で激しく呼吸をするデゼルは自身の視界がぼやけるのを自覚した。そして敵の上陸を防いでいた光の盾が薄れていき、一つまた一つと消失する。
『エイラリィ、デゼルに刃力補給を早く!』
それを見てエイラリィに刃力補給を促すフリューゲル。
『すみません、どうやら私の方も……限界みたいです』
しかし、カーテナの接続式刃力補給杖はベリサルダに接続されたままであったが、刃力は既に補給出来ていなかった。
次の瞬間、光の盾が出現しなくなった事を察知され、上陸を許したシャムシールの内一騎が地を滑走しながら向かってくる。そして刃力剣を抜くと、聖堂を守るように立つデゼルのベリサルダとエイラリィのカーテナに向けて、振り上げた刃力剣を振り下ろそうとした。
『エイラ、デゼル!』
プルームの悲痛な叫びがこだまする。
直後、刃力剣の刀身が騎体の腹部を貫いていた。
そしてその刃力剣はフリューゲルのパンツァーステッチャーが持つものであり、フリューゲルはシャルフヴァーレハイト流剣術による刺突で、襲い掛かってきたシャムシールを間一髪の所で撃破した。
フリューゲルのパンツァーステッチャーが、シャムシールの腹部から刃力剣の刀身を引き抜くと、動力を破壊された騎体がその場で爆散する。
『助かったよフリュー』
『中々良い仕事をしましたねフリューゲル』
救われ、謝意を示すデゼルとエイラリィ。更にシーベットがフリューゲルに不服そうに伝声を送る。
『狙撃男、お前狙撃騎士のくせに出しゃばるんじゃない。そういうのは白刃騎士のシーベットの仕事なんだぞ』
「うるせえ、俺だって昔白刃騎士目指してたんだっつーの、てかシーベットの斬撃じゃ全然倒せてなかっただろあの新型量産剣」
『なにおう!』
そんな二人のやり取りに割って入るプルーム。
『おーい、喧嘩してる場合じゃないよ二人とも!』
すると、〈寄集の隻翼〉がデゼルという盾を失った事を、察知したラナが部隊に指揮をし、上空では数十騎のシャムシールが散開式刃力弓や散開式刃力砲を構え、地上からも数十騎のシャムシールが聖堂へと向かっていく。
「くそっ、やべえぞこれ!」
その状況はまさに絶体絶命以外の何物でもなかった。
場面は翼羽とシェールの戦いへと移る。
「くっ!」
不安視や後悔などの雑念により竜域が解除され、シェールの竜殲術により動きを封じられてしまった翼羽は、自身の不甲斐なさに一人歯噛みした。
――情けない、一体何をしているんだろう私は!
直後、シェールのシャムシールの両肩部が開放され、肩部聖霊騎装が使用されようとしていた。
すると翼羽は静かに両目を瞑り、深く息を吸う。
――この防衛戦後の危険を顧みず萠刃力呼応式殲滅形態を使う? この先の勝機を捨ててアロンダイトを使うべきだった?
「違う!」
次の瞬間、翼羽が両目を勢いよく開眼させる。その瞳の瞳孔は縦に割れ、再び竜域へと入る事に成功していたのだった。
更に翼羽は身動きが取れない状態から、動かす事の出来る叢雲の右腕を振るい、騎体の前方を払うように斬撃を奔らせた。その瞬間、身動きが取れるようになり、シェールのシャムシールが放ってきた追尾式炸裂弾を急上昇して回避する。
「ここで私が、こいつを実力でねじ伏せればいいだけの話だ!」
翼羽の叢雲が、刃力放出を最大にシャムシールの周囲を翔け巡る。
「あれ? 避けられた?」
一瞬で自身の能力を解除された事で、一人首を傾げるシェール。
――あの子達から聞いていた通りだった。伸縮と拡縮自在の見えない手のようなもので相手の体の一部、もしくは全体を掴む。でも見えないだけで実体はある、ならそれを斬ればいいだけだ。
翼羽は事前情報を元に、シェールの使う竜殲術から逃れると、勝負に出る。
すると、シェールは右手に持つ刃力剣を左腰の鞘に納めた後、翼羽の叢雲に向けて両掌を向けた。
それは〈神手〉という名のシェールの竜殲術の一つ。翼羽の予想通り、自身の掌から拡縮自在の不可視の手を伸ばし、敵を捕縛するという能力。しかしその伸縮速度自体はそこまでの速さは無く、シェールが両手を使って不可視の手を伸ばすも、雲の聖霊石を核とする叢雲が全速で周囲を飛翔し始めた今、それを捉える事は叶わなかった。
「ちっ、糞能力じゃん……これはもう要らないかな」
翼羽の叢雲を捕縛出来ない事に苛立つように、シェールは舌打ちをしながら漏らした。
直後、シェールの懐に翼羽の叢雲は居た。
「はっや!」
そして叢雲は擦れ違いざまにシャムシールの腹部に斬撃を奔らせ斬り抜ける。
しかしその一撃は、シャムシールの前に突如出現した半透明の光の盾で防がれていた。
「ふう、危ない危ない」
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