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173話 立ち向かうべき時

 それから一週間の時が過ぎた。


 あれから紅玉の空域にはどの騎士師団からの襲撃も無く、奪還される事は無かった。


 フリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィの四人の傷も完全に癒え通常の活動を行えるまでに回復していた。そう……表面上はである。


 あれから変わった事があるとすれば、四人が四人とも悪夢にうなされるようになった事だ。



《やあ、初めまして……弱者共》


「わああああっ!」


 シェールがラージル島に現れ、初めて対峙した場面を夢に見て、叫びを上げながら目を覚ますデゼル。



《でもやっぱり殺そう》


「う……うぅっ!」


 シェールの能力で身動きが取れなくされ、左肩を刺された場面を夢に見て、掛布団を深く被りながら震えるエイラリィ。



《あれ? 何で君達怒った顔してるの? ちゃんとこの子生かしてあるんだから感謝されこそすれ、恨まれる覚えなんてないよ?》


「エイラーーー!」


 シェールに左肩を刺され、エイラリィが血を噴出させる場面を夢に見て、悲痛な叫びを上げるプルーム。


「ハアッハアッハアッ!」


《どのみち抵抗しない蛆虫は一匹ずつ――踏み殺して()り潰していくから!》


「くそっ!」


 寝付けないフリューゲルは、凄まじい殺意と狂気を漏れ出させるシェールに息すら出来なくなった場面を思い返しながら、壁を殴りつけた。


 シェール=ガルティが四人に残した傷跡は思った以上に深刻であり、その傷は少しずつ少しずつ四人の心を抉り、蝕んでいた。





 場面は琥珀の空域、ディナイン群島、元王都リデージュ島。


 強い日差し降り注ぐ熱帯の島、石造りの住居や建物が無数に点在し、島の中央には古代の王を祀っていたという四角錐状の巨石建造物と、乾いた島に唯一潤いをもたらす大きな泉が存在していた。


 その泉の奥に第三騎士師団〈裂砂(れっさ)の爪〉の本拠地である宮殿が存在していた。白を基調とした壁、金色で先端が尖った球状の屋根を特徴とする巨大なそれは、かつてのディナイン王国の王城として使われていた。


 その宮殿の最上部にてシェールは、屋根の先端で空を見渡しながら立つラナを見上げていた。


 ーー心の奥底に植え付けられた恐怖は時間と共に大きく育ち、やがて抑えきれない感情となって漏れ出す。漏れ出した僕に対する恐怖の感情……それも四人分となれば優れた感情受信能力を持つ者なら感じ取れる。


 するとシェールはほくそ笑みながら、ラナに声をかける。


「さあ出番だラナちゃん、失敗は許されないからねー」


「は、ははははい!」


 直後、ラナはそっと目を閉じ、凄まじい集中力で何かを探し始めると、数分後、ラナは突如開眼した。


「か、かかか感じます、あ、あの四人の感情の波長、と、とと捉えました! か、橄欖(かんらん)の空域とせ、尖晶(せんしょう)の空域、お、おそらくその狭間の島に、か、彼らはいます!」


 ラナのその言葉に、シェールは満面の笑みを浮かべた。


「ナイス、ラナちゃん……これで隠れん坊も終わりの時間だね」





 数時間後。


「う、嘘でしょ!? こんなことって!」


 緊急を知らせる警報を聞き、聖堂伝令室に備えられた晶板を確認したパルナは目を疑った。


「だ、団長、大変よ!」


「どうしたんじゃパルナ、そんなに血相を変えて」


 パルナが晶板上に見たもの。それは多数の器影が、明らかにツァリス島へと向かって接近してくる動きだった。


「ディナイン群島方面からこちらに真っ直ぐに接近してくる無数の騎影を捉えたわ、数はおよそ百騎」


「何じゃと!?」


 ツァリス島は陰雲に隠された未発見の孤島、このような事態は騎士団を結成して以来初めての事であり、翼羽は動揺を隠せなかった。


「まさかここの場所が割れたというのか……一体どこの騎士師団じゃ?」


「待って、今詳細を照合している」


 パルナは急いで敵の詳細を確認する。


「照合完了! 敵は第三騎士師団〈裂砂(れっさ)の爪〉!」


 それを聞き、翼羽は唖然とした。


「〈裂砂(れっさ)の爪〉、ここで神剣と戦う事になるというのか!?」


 シェールの駆る神剣アパラージタの襲来。翼羽の脳裏に最悪の事態が過る。するとパルナが報告する。


 敵騎体の照合も完了し、全器同一騎体で神剣の存在は確認出来ない。しかし情報が存在しない騎体であり、それは恐らく新型の量産剣で、その内の一騎は聖衣騎士が操刃している。間違い無く師団長のシェール=ガルティであるとのことだ。


「……そうか」


 襲来する敵騎の中に神剣が無い事を聞き、ホッと胸を撫で下ろす翼羽であったがすぐに気を引き締め直しパルナに尋ねる。


「敵がこの島に到達するまでの時間は?」


「およそ三十分」


「わかった。緊急招集じゃパルナ、全騎士をこの聖堂へ集めろ」


「うん」



 その後、パルナが発した緊急招集の警報により、すぐに〈寄集(よせあつめ)隻翼(せきよく)〉の全騎士が聖堂へと集う。


 そして〈裂砂(れっさ)の爪〉の襲来を知らされ、聖堂中に凄まじい緊張が漂った。


「奴らは間もなくこのツァリス島へ到達する。敵勢力はソード約百騎、〈因果の鮮血〉には救援要請を行ったが恐らくは間に合わん、この防衛戦はわしらだけで凌がねばならん」


「でも何で……この場所が」


 ソラがふと沸き上がった疑問を投げかけると同時、翼羽はかつて神鷹(じんおう)が強い憎しみの感情を辿り、自分を追ってきた事を思い返した。


 恐らくシェールがラージル島を襲撃したのも、四人を生かしておいたのも、この為の布石。四人に激しい恐怖の感情を植え込み、それを辿る事でこの島を発見したのだろうと翼羽が告げる。


 それを聞き、デゼル、エイラリィ、フリューゲルの三人は愕然とした。


「そういう……事だったんですね」


「そん……な、じゃあ僕達のせいで」


「全部あの野郎の掌の上で踊らされてたってのかよ、糞が!」


 すると、プルームだけは真っ直ぐな瞳で何かを覚悟したかのように翼羽に言う。


「翼羽団長、私にアロンダイトを使わせて」


「プルーム」


「ずっと温存して来た神剣、でも今が使う時でしょ?」


 しかし、翼羽はプルームの提言に対し首を縦には振らなかった。


「いや、まだその時ではない」


「で、でも団長!」


「確かに危機的状況には違いない、じゃが敵はソード約百騎と全勢力の約三分の一程しか投入してきておらず、更には神剣の姿も確認出来ておらん。明らかにこちらの力を見くびっておる」


「な、なら尚更アロンダイトの力でシェールを倒すチャンスなんじゃ」


 神剣アロンダイトの使用に関してプルームが食い下がるが、それでも翼羽は首を縦に振らなかった。今回の襲撃でこの先の図式を描いたからだ。


 こちらに起動出来る神剣がある事が知れればさすがに向こうも撤退せざるを得ない。しかし、ここで〈裂砂(れっさ)の爪〉の数を出来るだけ減らしつつ撃退した後、今度はこちらから攻勢に出る。そこで神剣アロンダイトを投入し一気に〈裂砂(れっさ)の爪〉を倒す。〈裂砂(れっさ)の爪〉を倒す事が出来ればこの統一戦線の力の均衡は一気にこちら側に傾く。


「……賭けではあるがな」


 この危機的状況において、更にその先までを見据えている翼羽に、その場の全員が驚愕しつつも、驚嘆する。


「そろそろ時間じゃ、行くぞ。全員出陣に備えろ」


 翼羽は椅子から立ち上がり、格納庫へと向かおうとする。しかし、いざシェールとの戦闘を前にし、デゼルもエイラリィも、フリューゲルもプルームも無意識に立ち止まったまま足を動き出せずにいた。


「何じゃその浮かない顔は? シェールに一泡吹かせてやりたいのでは無かったのか?」


 翼羽の問いに、何も言えず俯く四人。次の瞬間――


「フリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィ!」


 翼羽の喝に、四人は思わず顔を上げた。


「思い出せ、お主達はこの五年間誰にしごかれてきたと思っている? 幾度となくわしと対峙し、幾度となくわしの振るう刃を目にしてきた筈。お主らはわしが三殊(さんしゅ)神騎(じんぎ)なんぞより弱いとでも思っているのか?」


 翼羽の鋭い眼光、揺るぎない自負心、そして言葉。それらは四人の心の不安や恐怖を一息に払拭し、四人は自然と顔を見合わせ、笑みを浮かべていた。


「ハッ、言われてみればその通りだな」


「よくよく思い返してみれば確かに団長の方が怖いかも、色々な意味で」


「そうですね、団長には何度泣かされてきたか分かりませんからね」


「えへへ、何かそう考えたら、あんまり怖くなくなってきたかも」


 四人はかつての翼羽との日々と、翼羽のこれまでの戦いを振り返り、気が付けば一歩踏み出していた。


「まったく単純な奴らじゃな、というかわしってそんなに怖かったのか?」


 嘆息しながら一人呟いた後、四人の表情を見て翼羽は軽く微笑むとほっとしたように小さく息を吐いた。

173話まで読んでいただき本当にありがとうございます。もし作品を少しでも気に入ってもらえたり続きを読みたいと思ってもらえたら


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どうぞ宜しくお願い致します。


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