172話 立ち込める暗雲
シェール=ガルティの襲撃後、フリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィの四人はツァリス島本拠地へと帰陣した。
重症を負った四人であったが、エイラリィの竜殲術〈癒掌〉により外傷は治癒する事が出来た。外傷による失血と、発熱により四人は療養を余儀なくされたが命には別状は無かった。しかし、それ以上に深い傷を心に負わされていたのだった。
そんな四人を見舞う為、ソラは四人が療養する救護室へと訪れた。
「み、皆大丈夫か?」
ベッドに横になる四人を見て、心配そうに声をかけるソラ。
「おっソラ君だあ、お見舞いに来てくれたの?」
ソラを見て上半身を起こし手を振るプルーム。
「いやあこの通り、ボロボロにされちゃったよ」
後頭部を掻きながら、恥ずかしそうに言うデゼル。
「お見舞いの品は持ってきていただけましたか?」
手を差し出しながら見舞いの品を要求するエイラリィ。
そしてソラはいつも通りに振る舞う三人を見て、ホッと安堵するのだった。
しかしフリューゲルだけは、俯いたまま悔しさを露わにするように歯を軋ませた。
「くそっ……手も足も出なかった」
「仕方ないって、相手はあの三殊の神騎の一人、シェール=ガルティだったんだろ? 次また頑張ればいいじゃん」
ソラが励ましのつもりの言葉を言った瞬間、プルーム、デゼル、エイラリィ、そしてフリューゲルまでもが体を小さく震わせていた。
「……次」
「また戦うの……あれと?」
青ざめた表情で呟くプルームとデゼル、そして左肩を押さえながら俯いて膝に顔を埋めるエイラリィ。
「ご……ごめん」
それを見て自分が触れてはいけない事に触れてしまったのだと手遅れながら気付くソラ。
「他人事みてえに言ってんじゃねえよ」
「え?」
すると、フリューゲルが目つきを鋭くさせ、ソラに言う。
「シェールと戦ってもねえてめえが軽口叩くんじゃねえっつってんだ」
「……それは」
「しかもてめえ、ソードが操刃出来なくなって騎士の道を諦めたって聞いたぞ」
フリューゲルの言葉に何も返せずにいるソラ。
「お前は逃げたんだ、戦う事から、戦う理由を見つける事から」
「フリューゲル、俺――」
「俺は逃げねえ、俺はまだ見つけてねえんだ、この空を守るという事の答を。だからこそ戦う」
フリューゲルはソラにそう伝えながら何かを決意したように眼光を鋭くさせると、ベッドから降り、部屋から出て行ってしまった。
すると、俯き、フリューゲルが出て行った後の扉を見ながら佇むソラに、プルームが歩み寄った。
「ごめんねソラ君、フリューは今ああやって強がってツンツンしてないと辛いんだと思う。今まで味わった事が無いくらいの無力さを痛感して、ぶつかった事が無いくらいの高い壁を目の当たりにして」
「プルームちゃん」
「それにフリューはソラ君の事認めてたから、射術の訓練を一緒にしてソラ君がアルディリアを倒した時も『あいつはすげえ奴なんだ』って自分の事みたいに嬉しそうにしてた。だからソラ君が騎士じゃなくなっちゃった事、自分の事みたいに悔しいんだと思うよ」
そう伝えると、プルームもまた扉の方に歩いて行く。
「正直言うとね、私も今回の事があって戦うことが怖くなった。それでも……私にだって許せないものがある」
そしてそう言いながら、プルームはシェールと交戦し戦闘不能に陥らされたフリューゲルとデゼルの姿を思い浮かべ、次に目の前でプルームが左肩を貫かれ重傷を負わされた場面を思い浮かべた。
「だから私も戦う」
そしてフリューゲルを追うように救護室から出て行くのだった。
「強いなあ、あの二人。はは、少しは僕も見習わないとね」
そんな二人の様子を見て、二人が何をしようとしているのかを察したデゼルがふと呟く。
すると、エイラリィがベッドから足を下ろし、ソラの目を見つめながらそっと言った。
「ソラさん、あなたはエルさんを救う為に騎士を目指し、この騎士団で騎士になった。だからその目的を失った今、道に迷ってしまうのは解ります。でもあなたには本当にもう戦う理由は無いんですか? あなたがここで歩んで来た道のりは全て無意味だったんですか?」
エイラリィの問いに、ソラは両の拳を握り締め俯きながら返す。
「わかってる、俺だってこのままじゃ駄目だって事くらい分かってるよ」
そして悲痛な想いを叫ぶ。
「でも……カレトヴルッフは何も応えてくれない!」
一方、フリューゲルとプルームは聖堂にて翼羽と対面していた。
「フリューゲル、プルーム、お主らまだ寝とらんでいいのか?」
「ああ、もう平気だ。それよりも紅玉の空域はどうなった?」
そうフリューゲルが憂慮を口にすると、今は〈因果の鮮血〉の騎士が最低限の人員だけで守護していることを翼羽が伝える。それを聞き、表情を強張らせるフリューゲル、
「なっ、それじゃあ紅玉の空域を取ってくれって言ってるようなもんじゃねえか」
「そ、そうだよ。次にシェールが本気で攻めてきたら今紅玉の空域に居る騎士達だけじゃ守り切れない」
フリューゲルとプルームが回復しきっていない体を引きずって翼羽の元に来たのはとある提案をする為だった。
「あいつと戦って分かった。あいつはこの空を脅かす権化だ、第三騎士師団〈裂砂の爪〉を倒さなけりゃこの空に未来は無い」
「私もフリューと同じ気持ちだよ、シェールは他人を傷付ける事に一切の躊躇が無かった、他人を見る目もまるで虫でも見るかのように冷たくて恐ろしい目。きっとシェールが治めている琥珀の空域に住む人達は地獄以上の苦しみを味わわされてる、少しでも早く解放してあげる必要があると思うんだ」
「それに俺達もこのままじゃ終われねえ、自分達の誇りの為に、ラッザ先生との誓いの為に。俺達はもう一度、今度はソード戦であいつと戦って勝つ、そうじゃなきゃ未来にも進めねえ」
しかし、その提言に表情を曇らせる翼羽。
三殊の神騎率いる騎士師団、閃皇の牙、凍餓の角、裂砂の爪はそれぞれエリギウス、イェスディラン、ディナインの王都と元王都守護を第一優先としている。まさかラージル島にまで出張ってくるとは予想外であったが退いてくれた事、四人が生きている事は幸運としか言えず、今はまだ奴らと刃を交えるには早すぎる、と翼羽は諭す。
「じゃあ折角奪取した紅玉の空域をみすみす手放すってのか?」
「〈裂砂の爪〉……いや、シェール=ガルティと戦えば多くの犠牲を伴う。今お主達を死なせ失う訳にはいかん、この戦に最終的に勝利する為にはな」
「…………」
「フリューゲル、お主は先程ソード戦でシェールに勝つとぬかしたが、お主達は本当にもう一度シェールと戦って勝てると思っているのか?」
翼羽の厳しい口調での問いに、フリューゲルとプルームは口を噤んだ。そんな二人に対し更に続ける翼羽。
「ましてやシェールは土の神剣アパラージタの操刃者。ソード戦となれば戦力の差は更に開くのは明白」
「で、でも、私だって神剣アロンダイトの操刃者だよ」
食い下がるプルームに対し、翼羽は淡々と返す。土属性のアパラージタに対し雲属性のアロンダイトは劣位属性、元々の力量が勝る相手の属性が更に自身の優位属性とあっては勝ちの目は限りなく低い。
そんな翼羽の正論に、プルームは再び口を噤んだ。
「誇りを傷付けられ、大切なものを傷付けられ、焦燥する気持ちは解る。じゃが決意も、覚悟も、強い想いも、圧倒的実力差を覆したりはしない」
突き付けられた確かな現実、そこに反論の余地などある筈も無く、フリューゲルとプルームは、自分達の非力さと無力さで胸が覆い尽くされた。
「お主達が今すべき事は汚名返上の為に無謀な戦いに身を投じる事ではなく、傷を癒し次の戦いに備える事じゃろ」
そうして、フリューゲルとプルームは翼羽に諭され、救護室へと戻っていくのだった。
すると翼羽は一人、一点を見つめながら物思いに耽った。
――とは言ったものの、紅玉の空域は未だに奪還されていない。だとすればいったいシェールは何の為にラージル島に? ……嫌な予感がする。
そしてシェールの不可解かつ不穏な行動に、不安を募らせるのだった。
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