171話 砂嵐過ぎ去りし跡
「うあああああっ!」
次の瞬間、苦痛に悶えるエイラリィ、その左肩にはシェールの剣が貫通していた。
「なーんてね、そんな酷い事するわけないだろ僕が、こうしてちゃんと急所は外して死なないようにしてあるから」
「てめえっ!」
「もう止めろ!」
動けない状態のまま、シェールに対し激しい怒りを露わにするフリューゲルとデゼル。するとシェールは本気で意味が解らないといった様子でこめかみを掻きながら困った顔をしてみせた。
「あれ? 何で君達怒った顔してるの? ちゃんとこの子生かしてあるんだから感謝されこそすれ、恨まれる覚えなんてないよ?」
「……許さない」
すると、激痛と遠くなりそうな意識の中で、プルームだけが立ち上がった。
「あ、無理しない方がいいよ、致命傷ぎりぎりの傷を与えてあるから無理すると本当に死んじゃうよ」
しかしシェールの忠告を振り払い、プルームは竜殲術〈念導〉を発動させる。
次の瞬間、フリューゲルとエイラリィの弓銃と矢、デゼルの盾、自身の剣、そして無数の礫が浮遊し、シェールを完全に包囲していた。
「へえ、凄い物量だね! 操るって意味ではこの〈神手〉に似てるけど、ある程度大きい物体は操作出来ない感じなのか……まあいらないかな」
プルームが限界まで能力を駆使して行おうとしている攻撃を前に、シェールはまるで怯む様子も無くプルームの能力を冷静に分析していた。
「ハアアアアアッ!」
矢、剣と盾、礫が凄まじい速度で次々と飛来し、激突の衝撃で砂塵が激しく舞った。
やがて砂塵は晴れ、視界が通る。浮かされていたエイラリィは既に地に降ろされ蹲っていた。そしてシェールはというと、無傷で立っており、周囲には半透明の光の盾が五つ張り巡らされている。
「あ、あれは僕の!」
その能力が自分の竜殲術〈守盾〉と同じである事に気付いたデゼルが唖然とする。
「へえ、便利だねこれ」
すると、シェールが気付く、その場にプルームの姿が無い事に。
次の瞬間――
『すぐにその子から離れて!』
拡声器越しの警告、シェールが見上げるとそこには刃力弓を構えたカットラスが立っており、双眸は輝き、金色の騎装衣を形成させ、起動していた。
「へえ、一瞬の隙を突いてソードに搭乗するなんて意外としたたかじゃないか」
「でかしたプルーム、これで形成逆転だ。調子こいてソードにも乗らず敵地に乗り込んで来たのが運の尽きだ糞野郎」
「うーん確かにさすがの僕も、ソード相手に生身じゃ勝ち目無いなあ」
そう言いながらシェールは、両手を挙げたまま踵を返し、プルーム達に背を向けた。
「という訳で降参しまーす。ここは大人しく帰るとするよ、行こうラナちゃん」
飄々とした態度でその場から立ち去ろうとするシェール。
『動かないで!』
「てめえ、このまま帰れると思ってんのか!?」
再度の警告と共に、刃力弓を発射するような素振りを見せるプルーム。対し、背を向けたままシェールはプルームに問う。
「撃てるの? 生身である僕に対して」
『…………』
「戦争の三禁忌、君も騎士のはしくれなら学んでるだろ?」
シェールの問いに、プルームは口を噤み続ける。
「合意の元の一騎討ちを違える行為、民間人の虐殺行為、そして……生身の相手にソードを用いて傷付ける行為」
「ざけんな、これは戦争だ! この状況でそんなルールが通用するとでも思ってんのかてめえ」
「確かに戦争にルールなんてない、でも騎士としての誇りを失い勝利に固執すればこの戦争はただの殺し合いだ。その果ての結末に君達は胸を張って生きれるの?」
シェールに説き伏せられ、何も返せなくなるプルーム。そして――
『このまま大人しく帰ってくれるなら……引き金は引かない』
「プルーム!」
プルームの決断に、フリューゲルは叫びを上げるが、プルームを突き動かす事は出来なかった。そしてそれを非難する資格も、強制する資格も、今のフリューゲルには無い事をフリューゲル自身もわかっていた。
「うん、だから帰るって言ったじゃん。ちゃんと脳味噌詰まってる? それとも耳に糞が詰まってる?」
シェールはそう吐き捨ててヒポグリフに跨ると、自分達の無力さに打ちひしがれる四人の前から、ラナと共に飛び去っていった。
突如訪れ、突如過ぎ去った災厄。四人はその場に、呆然とただ立ち尽くす事しか出来なかった。
※
その後、シェールとラナは〈裂砂の爪〉が守護する琥珀の空域を目指して翔んでいた。
「あはははは馬鹿だなあ、あいつら。やっぱり蛆虫の糞程の脳味噌しか詰まってないみたい。僕が逆の立場だったら迷わずソードを使って擂り潰してるよ。だってそうすれば勝てるんならそれ以外の選択肢なんて無くない?」
先程のやり取りを思い返しながら、嘲笑するシェール。
「ま、それが出来ないのが分ってたからわざわざ生身で赴いて恐怖を体に直接植え付けてやったんだけどねえ」
するとシェールはラナの方に視線を向けて言う。
「そんな事より、さっきは酷い事言ってごめんねラナちゃん、本気じゃないからね」
「い、いえいえいえ、い、いつもの事ですから、もう慣れました、はい!」
「はあ相変わらずつまんない女……それより奴らの感情の波長はちゃんと覚えた? ラナちゃんの取り柄なんてそれくらいしか無いんだからしっかり頼むよ」
「は、はい、も、ももも勿論です!」
そして意味深なやり取りをしながら、シェールとラナは琥珀の空域へと消えて行った。
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