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170話 狂騎士

 場面はツァリス島、島の中央にそびえる桜の木には花が蕾を付け始めていた。


「……はあ」


 そんな蕾桜の幹に寄りかかりながら、翼羽は何かを思い悩むように一人大きなため息を吐くのだった。


 するとそんな翼羽の姿を遠目に見つけ、ゆっくりと近付いて来る人物が一人。


「どうかしたの団長?」


「パルナか」


 翼羽にふと声をかけたその人物は、伝令員のパルナであった。


「団長がなんか最近落ち込んでいるように見えて、ちょっと気になっちゃってさ」


「むぅ、そんな事……」


「だって団長、昔から落ち込んだり悩みがあるといつもこの桜の木の下に来てるでしょ?」


 パルナの言葉に、自分でもその事に初めて気付き目を丸くした。そしていつも気丈に振る舞い、自分が落ち込んだり悩んだりした姿などこれまで誰にも見せていないつもりであったが、いつの間にか自分の心の奥底を見透かしていたパルナに感心した。


「そうじゃったか、パルナはわしの事良く見ておるのう」


「あはは、あたしは普段から広い視野で皆の状態とか観察するのが仕事みたいなものだしね」


 少しだけ照れ臭そうに頬を掻くと、パルナが続けて尋ねる。


「……ソラの事?」


「な、何故あやつの事なんぞでわしが落ち込まにゃならんのだ?」


「だって団長、結構ソラの事見込んでるように見えたから、ソラが騎士の道諦めちゃった事悲しんでるのかなって」


「ふ、ふん、確かに散々あやつに時間を割いてやったというのにそれが無駄になった事は嘆かわしい、しかし勝手に腑抜けてソードにも乗れなくなったあやつの事を一々気にする程わしも暇じゃないんでな」


 パルナの指摘は確かに図星でもあった、しかし翼羽はそれを認めようとせず、それを誤魔化すかのように自分の中にあったもう一つの悩みを打ち明ける。


「そんな事よりもわしが気にしているのはあの時の戦いの事じゃ」


「あの時って神鷹(じんおう)と戦った時の事?」


 パルナの問いに翼羽は、がっくりと項垂れながら答えた。


「はあ、今思い返してみてもあの時のわし、滅茶苦茶嫌な奴じゃったと思ってな」


「あー確かに、完璧に悪役の台詞吐いてたけど」


 するとパルナは、五日前に翼羽が神鷹と戦っていた時のやりとりを振り返った。



《憐れだな神鷹(じんおう)


《衰えた肉体のまま生きながらえ、復讐に身を焦がす私を待ち続ける内に牙すら抜けた。今のお前など殺す価値も無い》


《師弟愛のつもりか? 笑わせるな――反吐が出る》



「完全に吹っ切れたつもりだったんじゃがな、やはり因縁の相手をいざ目の前にするとそう簡単にはいかんみたいじゃ」


 そう儚げに呟く翼羽を見て、パルナは少しだけ微笑んだ。


「でも団長――あの時竜域は解除されてなかった。それって憎しみに飲まれてなかった事の証拠でしょ? それに因縁の相手を倒せてたかもしれないのに、団長はソラを助ける事を優先した」


 そしてパルナは、朗らかに微笑みながら続ける。


「やっぱりカッコいいね団長は」


 パルナが伝える素直な気持ち、くれた言葉を刻み込むように、翼羽は両掌を胸に当てた。そして――


「ありがとう、パルナ」


 どこか救われたように優しく柔らかな微笑みを浮かべる翼羽。


 すると、そんな翼羽の普段あまり見せない表情に、パルナは驚きつつも見惚れてしまい、顔を真っ赤にするのだった。そんな照れを隠すかのように、咄嗟に話題を振る。


「そ、そういえばあの四人、しっかりやってるかな?」


「うむ、定時の連絡では今の所特に異常は無いとの事じゃ。まあ奴らならもしもの時でも何とかするじゃろ」


「ふふ、団長はあの四人の事信頼してるんだね」


「ふん当然じゃ、あやつらはあれでもわしが鍛えてやった騎士達じゃからな」





 場面は再び紅玉の空域、ラージル島へと戻る。


 そこには血塗れで地に臥せるフリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィの姿があった。


「ハアッハアッハアッ……ガハッ!」


 体中に斬撃を叩きこまれ、骨折と切創による激痛と出血で身動きが取れない四人。絶望的なまでの実力差がそこには在った。


 ――なんなんだこいつ? 俺の竜殲術でも隙が全く見えねえ、何もかも通じねえ……これが三殊の神騎!


 すると、シェールは戦闘不能に陥った四人を見回しながら、不思議そうに首を傾げてみせた。


「あれ? もう終わり? まあ所詮はスクアーロとかいう蛆虫に造り出された聖衣騎士もどき、こんなもんかあ」


 期待外れだと言わんばかりに大きく嘆息し、シェールは唇に指を当てて悩むような素振りを見せる。


「うーん、どうしようかなあ……一人くらいならいいのかな?」


 直後、シェールから発せられた不穏な言葉に、恐れを募らせる四人。そんな四人の視線に気付いたのかシェールがハッとしながら言葉を続けた。


「ああ、いやね、実はちょっとした目論見があるからこうやって君達生かしておいたんだけど、やっぱり一人くらいなら殺ってもいいのかなあって」


 漏れ出す殺意に、その場の全員が再び戦慄し、言葉を発せなくなった。


「あ、あの……シェール師団長。で、でで出来れば生かしておく人数は、お、多い方が都合が良いんですが、はい」


 するとシェールの後方で置物のように待機していてた、ラナ=ディアブいう名の女性騎士が、シェールに進言した。


「は? お前の都合なんてどうでもいいんだよアバズレ。僕は僕のやりたいようにやるだけだから、次指図したら()り潰すよ」


「す、すすすすみません」


 対し、水を差されて憤りを露わにするシェールと、何度も頭を下げて必死にシェールに謝罪をするラナ。

直後、シェールの額に剣の紋章が輝き、シェールが左掌を掲げるとエイラリィが空中に浮かび上がった。


「カハッ!」


「エイラ!」


 届かない手を伸ばしながら悲痛な様子で叫ぶプルーム。


 そして見えない何かに首を掴まれているかのように、エイラリィは苦しそうに首元に手をかけるが空中に浮かされたまま身動きが取れずにいた。


 すると、シェールは右手の剣を鞘に納め、胸元からコインを取り出す。


「よしこうしよう、今からこのコインを投げて表だったらこいつを殺す、裏だったら気は進まないけど生かしておく」


 そう言いながらコインを宙に放り、右手でキャッチしてから、掌を開いた。そこに乗せられたコインは――裏であった。


「あー残念裏かあ」


 シェールはがっかりとした様子で項垂れる。


「でもやっぱり殺そう」


 しかし直後、シェールは腰の鞘から再び剣を抜き、エイラリィに突き刺した。


「エイラーーーーー!」


 舞い散る鮮血、悲痛な叫びを上げるプルーム、その光景に言葉を失うフリューゲルとデゼル。

170話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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