169話 災厄
場面は紅玉の空域、ラージル島。
フリューゲル達四人がその空域の守護任務を開始してから五日が経過していた。
島の端でソードを待機させ、警戒を続けるフリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィの四人。
時刻は夕刻、四人が本日の警護を開始してから十時間程が経過し、沈みかけた日、茜に染まる空の下でフリューゲル達は敵の襲撃に備える。
「……くあっ」
するとフリューゲルはさも退屈そうに、背伸びをしながら大欠伸をした。
「さすがに気を抜きすぎですよフリューゲル」
そんなフリューゲルに苦言を呈するエイラリィ。
「んな事言ってもよ、毎日毎日一日中こうやって突っ立ってるだけなんて拷問みてえじゃねえか」
対し、小言を漏らすフリューゲルに、デゼルとプルームもまた宥めるように続けた。
「何も無いっていうのは幸せな事だよフリュー、それにまだ任務五日目だよ」
「そうそう、私達あと二週間ラージル島にいなくちゃいけないんだしね、腐らないで気長にまったりやろうよ」
「はあ……先はなげえな」
襲撃の情報があるとはいえ、それがいつなのかも分かっていない。ましてや本当に襲撃があるのかも定かではない。しかも現在ラージル島は砂塵の止む周期である。
ディナイン群島産のソードは砂漠戦を得意とする為、襲撃があるとすれば砂塵の吹く周期にこそその可能性が高い。とすればフリューゲルだけでなく、他の三人が暫くは安泰であると捉えているのも無理はない。この日も四人は、敵の襲撃があるとは本気では考えていなかった。
しかし、厄災とは常に何の前触れも無くやってくる。
四人は突然 “何か”がこの島に近付いている事を感じ取り、急いで空の向こうに視線を向けた。
「何かが来る」
それは明確な脅威。フリューゲルはすぐに竜殲術〈天眼〉を発動させ、その脅威の正体を突き止めようとした。
「人……ヒポグリフが二頭とそれに搭乗した人間が二人だ」
フリューゲルの眼が捉えたのは、二頭のヒポグリフとそれに搭乗した男女であった。
「何だ、ソードじゃないんだね」
島に近付いて来る何かがソードではない事から、空域奪取の為の襲撃では無いと判断したプルームがほっと胸を撫で下ろす。
「ああ、だがあれは……エリギウス帝国の騎士だ」
「えっ、でも生身で……しかもたった二人で何の為に?」
「恐らくは偵察のつもりかもしれませんが」
得体の知れない者の不可解な行動を訝しむデゼルとエイラリィ。
「まあ、このまま島に上陸するつもりなら直接聞いてやろうぜ」
そして動向の確認をフリューゲルに任せつつ、他の三人もまた迎え撃つ事を了承した。
やがて、二人の騎士を乗せた二頭のヒポグリフは真っ直ぐにラージル島へと上陸した。
ラージル島に上陸して来たのはエリギウス帝国の黒い騎士制服を纏った二人の男女で、二人とも金色の髪と浅黒の肌というディナイン群島の民の特徴を持っていた。一人は金色の髪をおさげにした地味な顔立ちの女性で常に視線を下に向け、指を唇に触れさせておどおどとした様子の佇まいである。
……そして、厄災とは常に何の前触れも無くやって来る。
“それ”は四人の視線の先に居た。
それはどこまでも深く、どこまでも冷たく、どこまでも暗く、どこまでも底の見えない――“それ”とは正に闇そのものであった。
――何だ……あいつは!?
そしてそれは二人の内の一人、肩で切り揃えられた髪に、穏やかな笑顔を常に浮かべている中性的な童顔の青年。四人はその青年から視線を切る事が出来なかった。
すると青年は柔らかく朗らかな表情を浮かべながら、温かく優しい声で言う。
「やあ、初めまして……弱者共」
表情と声と、吐き捨てられた台詞の内容。そのあまりのちぐはぐさに、四人は怪訝そうな表情でただ佇む。
「いきなり何なんだてめえは!?」
フリューゲルが声を振り絞り噛み付いた。
「待ってフリュー!」
「あ?」
するとそんなフリューゲルをデゼルが制止しようとする。
「相対してるだけで鳥肌が立つ、この騎士は相当やばい」
震えた声で警戒を促すデゼルに、プルームとエイラリィも続けた。
「うんそれに、何だか人と向かい合ってる気がしない」
「私もさっきから……震えが止まりません」
「…………」
恐怖を露わにする三人を見て、フリューゲルは気付く。自身の体も無意識に震えている事に。
直後、青年がショックを受けたような様子で返す。
「えー初対面なのに随分と酷い事言う蛆虫共だなあ」
「どの口が言ってやがんだ!」
すると、フリューゲルの指摘に、青年は本気で不思議そうに首を傾げてみせた。
「ん? ああ、僕はいいんだよ? ……だって、僕は強いから」
「んだと?」
「強者は何をやっても許される、奪う事も、殺す事も、喰らう事も、屠る事も、それがこの世の唯一の正当、真理ってやつだろ?」
「イカれてんのか? 一体誰なんだてめえは?」
その問いと同時、ようやく青年の騎士制服の左胸に刻まれた紋章に気付く四人。そこに刻まれていたのは竜の爪を抽象的に描いた紋章であった。
「僕? 僕は第三騎士師団〈裂砂の爪〉師団長、シェール=ガルティだよ」
その名を聞き、全員が戦慄した。
狂騎士シェール=ガルティ。それは三殊の神騎と呼ばれ、エリギウス帝国の中でも三強に数えられる程の騎士。そして、シェールと戦場で出会い生き残った数少ない者達は口を揃えて言う。「奴は人ではない……悪魔である」と。
しかし、そんな存在と対峙しながら、フリューゲルは精一杯の虚勢を張る。
「ハッ、三殊の神騎ともあろうお方がソードにも乗らず敵国の島にのこのこと何の用だ?」
「僕がそうしたいと思ったからそうしただけの話だよ……まあ、あえて言うなら聖衣騎士もどきの竜魔騎兵って出来損ないがどんなものなのか確かめに来たってのが目的なのかなあ? ……君達がその竜魔騎兵なんだろ?」
「……てめえ」
自分達のことがシェールに知られている事、自分達を嘲笑するような言葉を浴びせられた事でフリューゲルは臨戦態勢を取ろうとした。
「挑発に乗っちゃ駄目だフリュー!」
そんなフリューゲルをデゼルが制止した。するとシェールはそれを見て無邪気な笑みを零しながら言う。
「あははは、そんなにびびらなくても大丈夫だよ。だってこの状況チャンスだと思わない? ボスキャラが身一つでわざわざ出向いて来てるんだよ? あ、ちなみにあそこに居る子はラナ=ディアブ、〈裂砂の爪〉の副師団長なんだけど今回は手を出さないから実質四対一だ」
シェールは両手を広げながら尚も続ける。
「どう? これでもびびって糞漏らしながらこのまま固まってるの? それとも糞撒き散らしながら逃げ出すの?」
「くっ!」
「まあどっちでもいいんだけどさ、どのみち抵抗しない蛆虫は一匹ずつ――踏み殺して擂り潰していくから!」
その時、無垢な笑顔を浮かべたまま突如シェールから発せられる凄まじい殺気と狂気に、四人は息すら出来なくなった。戦慄と恐怖、ただただそれが四人の体を支配する。
直後、最初に動いたのはフリューゲルだった。
「否定しなければ肯定しているのと同じ、抵抗しなければ受け入れてるのと同じ、そして戦わなければ敗北してるのと同じだ!」
それはかつて、翼羽が四人にいつも説いていた言葉だった。フリューゲルは、自身の心の奥底に刻み込まれていたその言葉を思い出しながら己を奮い起たせ、背中に背負った弓銃を構えた。
その姿に鼓舞され、他の三人もまた己を奮い起たせるのだった。
「ごめんフリューの言う通りだ、今この状況で生き残るには戦って勝つしかない」
背中に背負っていた盾を構えるデゼル。
「もしかしてここが正念場というやつですかね」
背中に背負った弓銃を構えるエイラリィ。
「死なせない、皆は私が守るって決めたから」
竜殲術〈念導〉を発動させ、腰の鞘から剣を抜き、切っ先をシェールに向けたまま空中に浮遊させるプルーム。
迎え撃つ覚悟を決め、四人がそれぞれ武器を構え、間合いを測った。
そんな四人の姿を見て、シェールは破顔しながら腰の鞘から剣を抜き放つと、刀身を舌なめずりした。
「あはあ、やっとやる気になってくれたみたいだね。心を痛めながら心にも無い言葉をわざわざ蛆虫共に浴びせてやった甲斐があるってものだよ」
砂塵の止んだ砂漠の島、突如現れた来訪者シェール=ガルティと、フリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィ達との激闘が静かに開始された。
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