168話 この道の果て
こうして、神鷹とエルによる奇襲から始まった戦闘は終了し、蒼の空域に向けて布都御魂とネイリングは翔ぶのだった。
『標的である風の大聖霊獣を討ち逃した、任務は完全に失敗だな』
「はい」
先程の戦闘――任務を振り返る神鷹とエル。
『俺とお前ならば奇襲で一気に仕留められると踏んでいたが相手が悪かった、まさかあの時の小娘が本当にあそこまで強くなっているとはな』
「……師匠」
エルが俯きながら消え入りそうな声でそう呟くと、神鷹は冷静に返す。確かに任務は失敗したが、この先機会はいずれまた巡って来ると。
すると、言い淀みつつ、意を決したように尋ねるエル。
「それもそうですが師匠……その、平気なのですか?」
『ああ、騎体損傷は酷いがレイリアーク島までは保つ筈だ、気にするな』
「そ、そうではなくて……えっと」
言いにくそうに言葉を濁すエルに何かを察したのか、神鷹が尋ね返した。
『オルタナまさかお前、俺が鳳龍院 翼羽になじられて落ち込んでいるとでも思っているのか?』
「あ、いえ……だって……その」
『くはははは、相変わらず面白い奴だなお前は、この俺がそんなたまだと思われていたとはな』
突然笑い出す神鷹に、戸惑うエル。すると続けて神鷹がエルに尋ねた。
『それよりお前こそ、小僧にあんな伝え方でよかったのかオルタナ?』
「き、聞いていたのですか?」
動揺した様子で返した後エルは、少しだけ間を空けて、ゆっくりと答えた。
「いいんです師匠、嘘は……言ってませんから」
そして俯きながらそう言った直後、エルはすぐに顔を上げて力強く続ける。
「私は必ず“彼女”から竜祖の血晶を貰い受けて、ソラを救ってみせる」
『……そうか』
蒼の空域、雪の舞う空の中に、エルのネイリングと神鷹の布都御魂は消えた。
※
場面は〈寄集の隻翼〉、本拠地格納庫。
先程の戦いの後、翼羽は制御の効かなくなったカレトヴルッフを叢雲で救出すると、ソラと共に帰陣した。
「いやあまいった」
叢雲に抱えられたカレトヴルッフは格納庫に下ろされ、ソラは起動すらしなくなったカレトヴルッフの操刃室から降りると、翅音に詰め寄った。
「カレトヴルッフ急に動かなくなっちゃうんだもんな、ちゃんと整備してくれました翅音さん?」
「ほう、どうやら喧嘩を売っているようだねソラ君」
ソラに手抜きを疑われ、プライドが許さないのか青筋を立てて笑顔のまま憤りを露わにする翅音と、それを見て取り繕うソラ。
「冗談に決まってるじゃないっすか嫌だなあ」
次の瞬間、カレトヴルッフの双眸に光が灯り、動力が起動した。
「問題無く起動するぞ」
「え?」
カレトヴルッフの操刃室から声をかけたのはカナフであり、カナフはカレトヴルッフの操刃室に入り、テストも兼ねて聖霊石に刃力を注入していたのだ。
そして、カナフが軽く操刃するも特に問題無く稼動する様子で、ソラは原因が分らず首を傾げた。すると、翼羽はソラにもう一度カレトヴルッフに乗り、動力を起動させるように指示を出す。
対してソラは黙って頷くと、再度カレトヴルッフの操刃室に座り、聖霊石に刃力を注入する。しかし、カレトヴルッフは起動せず、双眸は光を灯さなかった。それを見て何かを察する翼羽。
「ソラ、お主先程の戦いで何かあったのか?」
翼羽にそう尋ねられ、ソラは押し黙る。
「ソラ、あんたまたそうやって皆に何も言わないつもりなの?」
直後、格納庫に入ってきながらとある人物がソラに声をかけた。
「パルナちゃん」
「カレトヴルッフが起動しなくなった理由、あんたが一番解ってる筈でしょ? そうやってまた誤魔化して、お茶を濁して、一人で抱え込むの?」
「それは……」
その声の主はパルナであり、格納庫に現れたパルナは何かを隠そうとするソラを諭すように尋ねた。
「……ごめんソラ」
するとパルナは打ち明ける。盗み聞きするつもりは無かったが、以前メルグレインの、玉鋼の子達を取り戻した際、インクナブラの中の子供達とソラの会話を、そして先程のオルタナとソラのやり取りも全部聞こえてしまっていたと。
本拠地の伝令員は、全騎士達と円滑にやり取りが出来るよう、常に相互伝声が許可されている。操刃者があえて伝令員との相互伝声を切断しない限り、伝令員にはその操刃者と他者との会話等も把握出来てしまうのだ。
パルナに追及され、ソラは遂に自身の口から全てを語る決意をした。
※
場所を聖堂へと移し、ソラは今日の出来事と、知ってしまった真実を語るのだった。その場には翼羽、パルナ、シーベット、カナフ、翅音がおり、ソラの話に耳を傾ける。
「ずっと黙っててごめん――」
オルタナの左頬に怨気の黒翼があるとメルグレインの子供達から聞き、もしかしたらエルはオルタナ=ティーバと同一人物なのかもしれないと考えた。しかしそんな訳はない、そんな筈が無い、自分の中にある記憶と真実との矛盾に頭が混乱してどうしても言えなかったのだとソラは打ち明けた。
そして今日、オルタナと戦って、言葉を交わして、はっきりした……五年前のオルタナと今のオルタナは別人で、今のオルタナ=ティーバがエルだったのだと。
ソラの口から語られる真実に、翼羽達は衝撃を受けながらも、それを表に出す事をせず、ただ静かにソラの話に聞き入った。
「エルは今、自分自身の意思でエリギウスの騎士として戦っている事を知った。エルが自分で選んだ道、俺にはそれを止める事も非難する事も出来ない」
それを聞き、翼羽は覚る。
「ソードとは敵と戦う為の剣、その核となる聖霊石は戦う意志を失った者には決して応える事はせん。カレトヴルッフが起動しなくなった理由、それはお主が戦う意志を……意味を失ったからだったんじゃな」
「…………」
翼羽の言葉を受け、ソラは口を噤みながら全てを受け入れるように天を仰いだ。
「何となく気付いてた。でも、俺にとってエルを取り戻す事が……エルを救う事が全てだった。だから今日の事を話して受け入れてしまったら、自分の歩んで来た今までの道を、自分の存在意義を失ってしまいそうで言えなかった、でも……」
すると、ソラは柔らかく、そして儚く消え入りそうな笑顔を浮かべて続けた。
「俺の戦いは……ここで終わりにするよ」
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