167話 すれ違う想い
「ふっ…………」
すると不敵な様子で小さく笑みを溢すオルタナ、しかし次の瞬間――
「な、ななななな、なにを言ってるんだ、わわわたわたわたわたしがエルなはずなどなっ……ないだろ!」
「めちゃくちゃ動揺してる!」
予想外に狼狽えるオルタナの様子を見て、ソラは思わず叫んだ。が、これまで感じた親近感の正体に妙に納得がいき、ソラはすぐに平静を保つとオルタナに言葉を投げ掛ける。
「なあエル、俺のせいでエルがエリギウス帝国に縛り付けられる事になった。ずっと謝りたかった、ずっと感謝してた、だけどもうエルがそんな所にいる必要なんてない筈だ、だから……」
ソラはカレトヴルッフの鎧胸部を開放し、身を乗り出して手を差し伸べた。
「俺と一緒に行こう」
エルを取り戻す、エルを救う、それが全てであったソラのずっと伝えたい全てだった。しかしオルタナ……否、エルが差し出された手を握る事は無かった。そしてエルはネイリングの鎧胸部を閉鎖したまま伝える。
「ソラ……私はあの時子供だった。何も知らず、何も疑わず、君といる未来だけをただ信じていた。純粋で無垢で、そして無知な子供だった」
「エル?」
「私にはやるべき事が出来たんだ」
「やるべき事ってなんだよ!?」
「君には関係のない事だ。それと、あの頃にはもう戻れない、私は私の意志でここにいる。今の私はエリギウス帝国直属〈灼黎の眼〉オルタナ=ティーバだ!」
淀みのない声、迷いのない想い、何故エルがその選択をしたのか、ソラは受け入れる事が出来ず、咄嗟に食い下がった。
「エリギウスが……アークトゥルスがこのオルスティアをラドウィードに還そうとしてるのを知ってるのか? 多分怨気を使って、かつて大陸が浮上した時と同じ事をやろうとしてるんだと思う、そんな事をすればたくさんの人が死ぬ、それでもエルはエリギウスの為に戦うのか!?」
その言葉を聞き、少しだけ間を空けて返すエル。
『……例えそれが真実なのだとしても私は私の目的の為に戦う、誰であろうと私の前に立ち塞がるのなら斬るまでだ』
対してソラは、歯を軋ませて思いの丈をぶつける。
「何で、どうしてそうなっちゃったんだよエル? そんなの全然お前らしくないだろ!?」
『私は君の思っているような人間じゃない、いや……もしかしたら人間ですらないのかもしれない』
「どういう……ことだよ!?」
エルの口からふと語られた不可解な言葉を訝しむソラ。そんなソラにエルは淡々と続ける。オルタナティーバとは古代イェスディラン語で代替品の意であると。
「……代替品?」
そして続けざまの意味深な発言に、ソラは再び怪訝そうに呟いた。
『オルタナ=ティーバは“真なる存在”の代替品。いずれは在るべき場所に還り、真なる存在と一つになる』
それを聞きソラは、かつてエルが五年前のオルタナ=ティーバから“ナナツメ”と呼ばれていた事を思い返す。しかしそれでもエルの言っている事が理解出来ないソラは混乱したように返すのだった。
「なんだよそれ、何言ってるか全然わかんねえよ!」
『理解しなくていい、君には関係のない事だと言っている。そして私は……私の目的の為だけに戦うともな。だから私の事はもう……忘れていい』
「……エル」
突き放すかのようなエルの言葉、これまでの自分の道を否定せざるをえない現実に晒され、ソラは意外にも冷静だった。ソラ自身も自分に驚くほどに悲しみや動揺を感じなかった。
――ああ……そうか。
静かに……ただ、静かに理解し、緩やかに受け止めた。
――エルはもうとっくに自分の道を見つけて、とっくに救われてたんだ。俺は……エルを救いたい……エルを救う為に騎士になったと思ってた。でも……気付いてしまった……俺には最初から戦う必要なんて無かった………理由が存在してなかったんだ。
止まっていた筈の時も、動き出した筈の時も、そこには始めから無く、ただの虚像でしかなかったのだとソラは無意識に理解した。
その時エルは、神鷹と翼羽との戦いに決着が近付いている事を覚り、動揺した。
――師匠が苦戦してる?
「悪いが急用だ、お喋りはここまでだ」
するとエルはソラにそう伝えると、ネイリングをその場から急発進させて飛翔し、神鷹と翼羽が戦っている場へと足を急がせるのだった。
「エル!」
――くっ、もう一人の奴の援護に向かうつもりか、なら止めないと。
すると、翼羽の元に向かおうとするエルを見て、後を追おうとするソラ。
「何だ? カレトヴルッフが動かない!」
しかし、どういう訳かカレトヴルッフは推進せず、それどころか突然操作不能に陥るのだった。
一方、翼羽と神鷹が戦う空。
「憐れだな神鷹」
『……ハアッハアッハアッ』
神鷹は奥の手を使い、己と己の騎体の制御を外したが、それでも尚翼羽に圧倒されていた。そして未だ無傷を保つ叢雲に対し、全身に斬撃痕が刻まれ、ほぼ半壊状態の布都御魂。その勝敗は既に誰の目にも明らかであった。
「確かに師団長として最低限の力はある。だがかつて零と互角に渡り合った程の技の冴えは見る影もない。衰えた肉体のまま生きながらえ、復讐に身を焦がす私を待ち続ける内に牙すら抜けた。今のお前など殺す価値も無い」
失望したように吐き捨てた後、翼羽はとどめを刺すべく叢雲に羽刀型刃力剣を大上段に構えさせる。
「とはいえ、この先の障害となる以上はここで討たせてもらうがな」
すると次の瞬間、エルがその場に増援として到着し、神鷹の布都御魂を護るように翼羽の叢雲の前に立ちはだかった。
「そこまでだヨクハ=ホウリュウイン! ここからは私が相手だ!」
――馬鹿な、属性相性的に不利とはいえあの師匠が圧倒されるなんて……ヨクハ=ホウリュウイン、こいつはそれ程までに強いというのか!?
「師匠、こいつは私が食い止めます、撤退してください」
エルが神鷹に撤退の進言をした直後、翼羽からエルと神鷹に伝声が入る。
『師弟愛のつもりか? 笑わせるな――反吐が出る』
「黙れヨクハ=ホウリュウイン、今日こそこの間の借りを返す!」
『お前如きが私を止められると本気で思っているのか? 身の程を知れ小娘』
そして、翼羽から放たれる凄まじい威圧感に気圧され、一瞬怯むエル。
「ぐっ……うっ!」
すると直後、本拠地のパルナから翼羽の叢雲へ緊急の伝声が入った。
『団長、ソラのカレトヴルッフが沈黙!』
「何……まさか!?」
『安心して、ソラも騎体も無事よ。ただどういうわけか騎体に不具合が発生してて上手く操刃出来ずに高度を下げてる、このままじゃラテラの結界まで落下する』
それを聞き、眼をそっと閉じてからゆっくりと開眼させる翼羽。その眼は通常の瞳へと戻り、竜域を解除させていた。
「はあ、やれやれ、世話の焼ける奴じゃのう」
翼羽は大きく嘆息すると、神鷹の布都御魂とエルのネイリングに背を向けた。
「神鷹、貴様との因縁の鎖はいずれ断つ。だがはっきり言って、今のわしにとってお前の事などもはやどうでもいい。わしの前に現れれば斬るが、現れなければ他の誰かがお前を斬る。どのみち貴様のような外道の結末は決まっておる。地獄に堕ちるその日までせいぜい足掻いているがいい」
そして捨て台詞を浴びせると、飛翔してその場から去った。
それを確認すると、改めてエルが神鷹に進言する。
「今です、撤退しましょう!」
『仕方あるまいな』
神鷹もそれを了承すると、二人はこの空域からの撤退を開始した。
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