166話 あの日凍り付いた筈の時
「随分と必死にあがくな、神鷹」
『…………』
「あの日、お前は私を生かした。それが一興の為であるかのようにお前は言っていたが、お前の眼からはもはや、初めて会った時のような野心や底知れぬ憎悪を感じなかった。私にはお前が、自分を殺して欲しいと私に懇願しているようにしか見えなかった」
すると神鷹はその言葉に対し、ゆっくりと返す。
『……確かにお前の言う通り、俺は死に場所を求めていた』
そして神鷹は、己の内を激白する。鳳龍院家の騎士に殺された父の為、同胞達の為、そして自分自身の為、神鷹は人へと転生し全てを賭して復讐を果たした。だが、そこに残ったのはもはや空ろな人の成れの果て。
自分が生きる道など必要無い、だとしてもそれでは自分を慕い死んでいった同胞達、そして自分が最高の騎士だと認めた青天目 零を軽んじる事になる。ならせめて、その者達と同じように戦場で戦い果てようと決めた、と。
消え入りそうな声、しかし神鷹は力強く続ける。
『だが、生憎今の俺は死ねなくなったのでな!』
迸る意志、鋭く突き刺さる眼光、そして神鷹の覚悟の籠ったような言葉を聞き、翼羽は静かに、無意識の奥で激高していた。
「……復讐を理由に多くの人間を死なせ、私を利用して名誉ある死を得ようとし、あげく今度は死ねなくなった? そんな勝手な言い分が通ると思っているのか!?」
すると、叢雲が霞に構える羽刀型刃力剣の刀身に光が灯り、金色に輝いた。
「ここで引導を渡してやる、神鷹!」
『来い、鳳龍院 翼羽!』
かつて那羽地の空で激突した天十握と布都御魂、それを再現するかのように、今にも泣き出しそうな虚ろな空の中、叢雲の羽刀型刃力剣と布都御魂の斬馬羽刀型刃力剣が激突を告げる火花を散らした。
一方、ソラのカレトヴルッフとオルタナのネイリングもまた、空に光の航跡を描きながら幾度となく刃を交えていた。
そして、騎体と騎体を交叉させながら互いに切り結ぶソラとオルタナ。
するとオルタナのネイリングが羽刀型刃力剣を振り切り、ソラのカレトヴルッフを後方へと押し弾くと、羽刀型刃力剣を鞘に納めて居合の姿勢を取る。更にネイリングの額に剣の紋章が輝いた。
それはオルタナの竜殲術〈瞬刀〉。自身の斬撃速度を倍加させる単純にして恐るべき能力であった。
次の瞬間、カレトヴルッフの両肩部が開放され、中から八角形の刃状の物体が計八つ射出される。
その聖霊騎装の名は自律浮遊式刃力跳弾鏡。自律の特性を持つ雲の聖霊の意思と、反射の特性を持つ光を模倣させた、闇の聖霊の意思を組み合わせた聖霊騎装である。
自律浮遊式刃力跳弾鏡はそれぞれがネイリングの周囲を包囲すると、飛び交いながら、それぞれ八角形の光の膜を形成させた。
『何だ、これは!』
初見の聖霊騎装に対し、最大限の警戒を置くオルタナ。続けざま、ソラのカレトヴルッフは左手に握る刃力弓を構え、光矢を三連射させる。
その光矢は、ネイリングの周囲を浮遊する八角形の光の膜に着弾すると、反射を繰り返しネイリングの後方、上方、右方から襲い掛かった。
『跳弾……全方位攻撃!』
すると、ネイリングはその場で連続居合を放ち、無数の剣閃が、放たれた三つの矢を斬って落とした。
『塵化御巫流 葬炎』
連続居合により自律浮遊式刃力跳弾鏡を使用した射撃を防ぐオルタナ、しかし次の瞬間オルタナの間合いの中に既にソラのカレトヴルッフが居た。
そしてカレトヴルッフは、刀身が背中に付く程に刃力剣を振りかぶると、渾身の一撃を振り下ろす。
「ハアアアアッ!」
居合構えを取っていないオルタナのネイリングは咄嗟にそれを受け止めようと剣を構える。直後、カレトヴルッフの刃力剣の刀身が消失、ネイリングの羽刀型刃力剣の刀身をすり抜けた。
しかしカレトヴルッフが振り切った刃力剣の刀身は消失したままであり、瞬時に刃を具現化させて斬つける奇襲技、幻影剣が炸裂する事は無かった。
不発に終わった一撃に、オルタナは訝しみながら言い放つ。
『……何のつもりか知らないが、今度はこちらの番だ』
オルタナは羽刀型刃力剣をネイリングの腰の鞘に納め、深く構える。〈瞬刀〉を発動させた状態のオルタナの居合、焔薙。ソラは未だ正面からそれを受け止められた事は一度も無かった。
しかし、ソラには一つの確信めいたものがあった。次の瞬間、ネイリングから放たれた神速の居合がカレトヴルッフの左腕に向けて放たれ――それをソラは刃力剣で受け止め防いでいた。
『なっ!』
――ああ、やっぱりだ。
ソラがこの一撃を防げた理由、それが確信めいたものの答であった。オルタナはソードの動力炉である腹部、操刃者が居る胸部、自身と戦ってきた際そこを狙ってきた事は一度も無かった。そしてそれは単なる偶然ではなく……だとすれば地上では無いこの空では頭部も狙って来ない。何故なら頭部を失えば制御を失ったソードはラテラの結界まで落下し、操刃者は消滅して命を失うからだ。
とすればオルタナが狙うのは四肢だけであり、選択肢をそこにだけ絞ることでソラは不可避の一撃を防ぐ事に成功していたのだ。
そして今の一撃でそれが完全な確信に変わり、全ての点が繋がり一つの線へと成る。すると剣を交叉させながら、オルタナが伝声で憤りを露わにさせた。
『何故お前なんだ? ……何故現れる? 何故私の前に立つ!?』
そんなオルタナに、ソラはそっと返す。
「それが、俺が騎士である理由だからだ」
『何だと?』
確信、繋がった線、ソラはもう否定出来ずに居た……いや、もう否定する理由など何処にも無かったのだ。そして――
「最初に覚えた違和感はその羽刀だった。五年前オルタナ=ティーバは羽刀じゃなくて通常の剣を使ってた。そして第二騎士師団だったオルタナ=ティーバが第十一騎士師団に移ってた。何より最初の戦いでお前は俺のカレトヴルッフの左腕を斬り落とした……やろうと思えばあの時お前は俺を殺せた筈なのに」
『…………』
語りに黙って耳を傾けるオルタナに、ソラは更に続ける。
初めに会った時、オルタナは自分に物凄い憎悪を向けて来た……蒼衣騎士である自分ですら気付く程に。しかし、その五年後に会ったオルタナとは何度戦ってもそれを感じなかった。最初は何となくでしかなかったが、戦えば戦う程無意識の中で確信に変わっていくのに気付いた。
そしてソラは一つの答に辿り着いた。見た目も声も同じではあるが、目の前にいるオルタナ=ティーバと、自分が最初に会ったオルタナ=ティーバは別人なのではないかと。
すると、無意識なのか互いに鍔迫り合いが止み、カレトヴルッフとネイリングは剣を下ろし、浮遊したまま相対していた。
「お前はエルという名前を知ってた。エルという名前を知ってるのは、俺とエルと五年前に会ったオルタナ=ティーバの三人だけだ。そしてあるんだろ? その左頬に怨気の黒翼が――それが何よりの証だ」
ソラが突いた核心にオルタナは何も応えなかった。それでも尚、ソラは続ける。
「馬鹿だよな俺、もっと早く気付ければ良かった、気付かなきゃいけなかったよな……ずっと探してた、会いたかった子がすぐそこにいたってのにさ」
『…………』
「お前が……エルなんだろ?」
決意と覚悟を抱いたソラの問い。周囲の色が消え、音が止み、そこには二人の視線だけが交わった。そんな静寂の中、やがてあの日から凍り付いた筈の時がゆっくりと動き出す。
166話まで読んでいただき本当にありがとうございます。もし作品を少しでも気に入ってもらえたり続きを読みたいと思ってもらえたら
【ブックマークに追加】と↓にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にポチッとしていただけると作者として大変救われます!
どうぞ宜しくお願い致します。