163話 炎の神剣デュランダル
ルキゥールが語りを終えると、話を聞いていたソラは呆然として驚いた様子であった。
「〈寄集の隻翼〉本拠地の、あの聖堂を造ったのがまさかルキゥール様だったなんて……信じられない」
造ったと言っても自分はシオンの言う通り力仕事やら雑用やらをこなしていただけで、本当に凄いのは、本職は鍛治でありながら立派な聖堂を一から造り上げた翅音だとルキゥールは言う。
「た、確かに」
「んで凄えといえばやっぱり姐さんだな」
「え?」
一年前、翼羽はこの王城に突然現れた。そして五十年ぶりの再会と妙な口調になっていた事に驚いたが、それ以上に驚いたのは翼羽が、騎士団を結成させてエリギウス帝国と戦うから力を貸せと言って来た事だと、ルキゥールは語る。
その話を聞き、ソラは以前翼羽が、〈寄集の隻翼〉を結成させた時、メルグレインとレファノスに後ろ盾になってもらう為に色々したと言っていたのを思い出した。
そして、ルキゥールは翼羽の申し出を了承した。レファノスを守る為、そして〈因果の鮮血〉の団長としてエリギウスと戦う為には強力な戦力がいる。そんな時現れたのが翼羽で、翼羽が結成した騎士団となれば信頼も置けるし、強さも折り紙付きだからだ。
ルキゥールは、翼羽と翅音の事を語る時はどこか嬉しそうで、どこか自慢げであった。
「しかもよ、姐さんときたらメルグレインのアルテーリエ殿とは既に話が付いてるって言うんだよ、それに結構苦労したって話でな、いや順序違くね? 俺の所に先に来てたらアルテーリエ殿もすぐに首を縦に振った筈なのに、それじゃあ本当の意味で信頼を得た事にはならないからってよ」
少し興奮気味に話すルキゥールを見て、ソラは何だか可笑しくて無意識に微笑んでいた。
「ん? 何を笑っている?」
すると、それを指摘され、ソラは焦ったように取り繕う。
「あ、いえ、何かルキゥール様、翅音さんと翼羽団長の話をしてる時……あの滅茶苦茶失礼なんですがその……自分の親とかを自慢げに話す少年みたいだなあって」
それを聞き、ハッと我に返りながら頬を赤くさせ、それを誤魔化すようにルキゥールは咳払いをして返す。
翼羽の本当に凄い所は、何度打ちのめされても決して折れず、百五十年以上かけてあの竜殲の七騎士である翅音を超えてしまったところなのだとルキゥールは言った。
「俺には決して真似出来なかった、俺にとっては凄すぎていつまでも恐れ多い人なんだよ本当」
すると、終始黙ってやり取りを聞いていた翼羽が、頬を赤くして照れ臭そうに頬を掻いているのに気付くソラ。
「あれ、団長もしかして褒められて照れてる?」
「や、やかましいぞ! そんな風に褒め殺しされるのに慣れておらんだけじゃ」
そんなやり取りの最中、ルキゥールの側近が玉座の間に姿を現す。
「陛下、お話し中失礼致します。アルテーリエ様が王城に到着されました」
直後、扉が開かれ玉座の間へと現れたのは、〈因果の鮮血〉の赤い騎士制服を纏った、藍色の髪を縦ロールにした少女、メルグレイン王国国王のアルテーリエ=ベルク=メルグレインであった。
そして対面するレファノス王国の国王とメルグレイン王国の国王。
「遅くなってしまい申し訳ありませんルキゥール殿」
「気にするなアルテーリエ殿、むしろこのセリアスベルまで足を運ばせてしまいこちらこそ申し訳なかった」
「何をおっしゃいますか、レファノスの秘宝であるデュランダル、その操刃者となる機会を与えてもらい感謝するばかりです」
また、アルテーリエはルキゥールに挨拶を済ますと、翼羽の存在に気付いたようで驚いたように口を押える仕草をした。
「そ、そこに居るのはもしかして翼羽ちゃん?」
「もしかしなくてもわしじゃ、炎の大聖霊石を運ぶという重要な任務じゃったからな、わし自ら赴かせてもらったという訳じゃ」
すると、アルテーリエは表情を明るくさせて翼羽の元に駆け寄る。
「こうして会うのは随分と久しぶりじゃないか翼羽ちゃん、元気にしていたか?」
そう言いながら翼羽に抱き付き、ご満悦の表情のアルテーリエ。
「ああ、そこそこ元気にやっておった……それより暑苦しいから早く離れろアルテ」
「よいではないか、だって翼羽ちゃん全然メルグレインに顔を出してくれんし」
「わしは忙しいんじゃ色々と」
そんな二人のやり取りを眺めながら、ソラが感心したように呟く。
「……翼羽団長ってやっぱ凄いよな」
「何がじゃソラ?」
そう尋ねられソラは素直に伝える。翼羽はレファノス国王ともメルグレイン国王とも対等以上の関係を築いている。いつも堂々としていて、誰に対しても物怖じしないと。
「まあ翼羽団長も昔小さな国の半分の当主だったっていうのもあるんだろうけど」
「小さいは余計じゃろ」
すると、ソラの存在にも気付いたアルテーリエが翼羽にしがみついたまま声をかける。
「おっ、そこに居るのはソラではないか。第八騎士師団〈幻幽の尾〉師団長であるアルディリアを討ち取ったのはお前と聞いたぞ、中々やるではないか!」
アルテーリエに賞賛され、ソラが謙遜した様子で返す。厳密に言うとアルディリアは生きてるし討ち取ったって訳ではないと。
それでもソラがアルディリアを倒した事は事実、おかげで紅玉の空域が制圧でき、玉鋼の子も取り返す事が出来たと、アルテーリエは厳粛な雰囲気でソラの功績を労う。しかし未だに翼羽にしがみ付いたままである。
「ど、どうもです」
――しかしその状態で言われても威厳も何もあったもんじゃないなこの人。
アルテーリエを見ながら心の中でソラは漏らすのだった。
「まあそんな事より……炎の大聖霊獣イフリートを一騎討で倒して大聖霊石を手に入れるとは翼羽ちゃんはさすがだな」
「……暑苦しい」
するとルキゥールもまた、翼羽とアルテーリエを眺めながら呟く。
「姐さんは人気者だな」
「阿呆な事言っとらんでさっさと本題に入るぞルキ!」
こうしてようやく当初の予定通り、アルテーリエの純血の契が行われる事となった。
ルキゥールが玉座の手すり部分を捻るような動作をすると、玉座がゆっくりと後方にずれていき、そこに地下へと繋がるであろう階段が現れる。
「こ、こんな所に地下に通ずる階段が!」
仕掛けと、突如現れた階段に驚きの表情を見せるソラ達。
「これを見せるのは俺が信頼を置く人物か、その人物が信頼を置く者だけだ」
ルキゥールはそう言うと階段を降りて行き、翼羽、アルテーリエ、そしてソラがそれに続く。
「……ここは」
そこは広い空間になっていて、たった一騎のソードだけが奥に鎮座している。
赤色を基調としたカラーリングに、黒と金の紋様、やや刺々しい鎧装甲、剣の刀身を模した推進翼である推進刃が六本、レファノス群島産のソードの特徴である馬の尾にも似た羽根の兜飾りを後頭部に着けた騎体。
その神々しさに誰もが理解した。
「……神剣デュランダル」
そのソードの名は七振りの神剣の内の一つ、炎の神剣デュランダルである。
「早速だが始めよう、アルテーリエ殿」
ルキゥールに促され、アルテーリエは静かに頷くと、翼羽から炎の大聖霊石を受け取った。
続いてアルテーリエがデュランダルの鎧胸部を開け、操刃室に乗り込む。続いて先ほど受け取った炎の大聖霊石をゆっくりと台座に置く。そして……
その剣は虐げられし者を守る盾となり、その剣は悪しきを打ち滅ぼす刃となる、我今ここで純血と共に誓わん、民と、聖霊と、空と地と共に歩み、騎士たる栄名を冠し戦い抜くことを。
そう誓いの口上を述べながら、アルテーリエは腰の鞘から剣を抜き、指先を少しだけ切って大聖霊石に血液を垂らす。
翼羽、ルキゥール、ソラが固唾を飲んでそれを見守る。
張りつめた空気、渇望、祈り、様々なものがその場に渦巻き、引き伸ばされた時がゆっくりと、ただゆっくりと流れていった。
しかし……何も起こる事は無かった。デュランダルは反応も見せず、起動する事は無い。それは純潔の契の失敗を意味する。
「反応……しない」
「くっ! 私では駄目だというのかデュランダル!?」
悔しさと己への不甲斐なさ、慙愧の念を滲ませるようにアルテーリエは項垂れながら握り締めた拳を震わせていた。
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