162話 王としての器
その後、このレファノスを救った功労者である俺達は、玉座の間へと通された。
「シオン殿、ヨクハ殿、恥ずかしながら此度我が弟に起こされてしまった反乱での援軍、そしてこのレファノスを救ってくれた事、感謝を言っても言い尽くせない……そして」
父上はシオン先生と姐さんに謝意を示した後、俺の目をゆっくりと見た。
「よくぞ戻ってくれたルキゥールよ、今のお前が居てくれればこのレファノスの未来も安泰であるな」
そしてそう伝えた。その一言は俺を許すのだと、そういう意味を含んでいる事は明らかだった。だが俺はそれを素直に受け取る事が出来なかった。
俺を追放しておいて、たまたま俺が活躍し結果として国を救う事になったから今度は迎え入れようなどと、都合が良すぎるからだ。
「…………」
そんな俺の不服そうな内心に気付いたのか、シオン先生が言う。
「そんな顔すんなルキ、国王は最初から、お前を俺に三年預けたらレファノスに戻すつもりでいたんだぜ」
「え?」
それを聞き、俺は耳を疑った。
「ルキゥールよ、私はお前の未来を、そしてレファノスの未来を憂いていた。お前は自尊心に満ち、他人に対する思いやりを持たず、何より国を愛するという心を持たなかった。それは全て、己が第一であるという傲慢さ故だ。だから私はシオン殿……いやスヴァフ殿にお前を預ける決意をした」
「スヴァフ殿?」
「そこに居るお方の名はスヴァフルラーメ=エッダ。レファノスの英雄であるローラン=シャンソーンの盟友にして同じく竜殲の七騎士だ」
それを聞き、俺は口をぽっかりと開けたまま固まった。そしてシオン先生もまた焦った様子で父上を見る。
「お、おいおい、それ言っちまうのか? ……まあルキとは長い付き合いになってきたから、いいっちゃいいけどよ」
「い、いやいやいや何の冗談ですか父上? 竜殲の七騎士って竜祖を倒した騎士達の事でしょう? 百年以上前の話だ、今生きてる訳がない!」
信じられないと言った様子で動揺する俺に、父上はゆっくりと語った。
シオン先生が、竜祖の血晶を飲んで不老となり、現代に生きている理由。そして姐さんもまた竜祖の血晶を飲んで不老となった過去がある事を。
「陛下はローランの孫、お前はひ孫だから放っておけなくてな。あの日ヨクハの腕試しも兼ねて剣闘祭に参加させたのは本当だが、お前の更生も兼ねてうちで預かるよう持ち掛けたのは俺だ」
三年越しの事実、頭の中は混乱していて半信半疑だが、馬鹿げた強さの姐さんを上回るシオンさんの強さは、そういう事なら納得がいく。俺は静かにゆっくりとそれを受け入れた。
「……そうだったのか」
すると父は優しい眼差しで、俺に説く。
「ルキゥールよーー」
俺を一度打ちのめし、丸裸にさせる事で自分の小ささに気付かせ、レファノスへの愛に目覚めてくれればと思っていた。そして、王位を剥奪され追放されたと思っている俺が、祖国に戻り命懸けで戦った。それはレファノスへの愛以外の何物でもない……今の俺なら王位を継承するに値すると父は言い、決意したように、真っ直ぐと俺の目を見た。
「弟の野心に気付かず、反乱を防ぐ求心力を持たぬ程に私は老いた……だからこれからはお前がレファノスの国王となれルキゥールよ」
突然、父上は王位を退く事を示唆し、俺に王位を継承させる決意をしたような発言をする。
それを聞き、俺は少しだけ考えたように俯いた後口を開いた。
自分で言うのも何だが確かに俺は変われたと思う。自分がいかに弱く、自分の居た世界がいかに狭く、そして自分が真に大切だと思っていたものに気付く事が出来た。
「今の俺があるのはシオン先生と姐さんのおかげなんです」
「……シオン先生?」
「……姐さん?」
今回の件に対する恩義と、父上から二人の真実を聞いた事で変わった俺の、二人に対する呼び方に違和感を覚えたシオン先生と姐さんが不思議そうに首を傾げていた。
「俺はまだ二人に恩を返していません、それは王族としての流儀に反します」
「し、しかしルキゥールよ」
「父上、何も私は王位を継承しないとは言っておりません。まだやり残した事があるんです」
「やり残した事?」
シオン先生と始めに約束した。聖堂が完成するまで島に居ると。だから俺は、シオン先生と着手している聖堂の建築が終わるまで島を離れる訳にはいかない。だからあと少しだけ待ってほしいと父に願い出る。
「……本当に変わったなルキゥールよ」
それを聞き、父上は少し寂し気な声ながらもその表情はどこか嬉しそうだった。
「わかった。それまでは私が命を懸けてこのレファノスを守り続ける。だから必ず帰って、その後のレファノスを頼むぞ」
「はい、ありがとうございます父上!」
こうして俺は、かつて焦がれていた筈の王位の継承を先延ばしさせてもらい、もう少しだけツァリス島でシオン先生と姐さんと共に暮らす事になったのだった。
※
それから更に一年、つまり俺がこのツァリス島へとやって来てから四年の月日が経とうとしていた。
この日、シオン先生と造り続けた聖堂が遂に完成の日を迎えた。
島の中央にそびえる白い大聖堂。それを見上げながら、その壮観さと、何かを成し遂げた達成感に俺は打ち震えていた。
「遂に……出来ましたね先生」
「おう」
そしてシオン先生もまた、どこか感慨深げにその聖堂を見上げながら、煙草を吹かしていた。
対照的に、姐さんはどこか不思議な様子で聖堂を眺める。
「ねえ、師匠」
「何だ?」
「前から疑問だったんだけどこんなに大きくて派手な聖堂、何の為に造ったの? この島には私達しか住んでないから今暮らしてる小屋で十分だと思うんだけど」
そんな姐さんの問いにシオン先生は口ごもったように返す。
「ん? まあいつか騎士団でも結成した際にはここを本拠地にしようと思ってな」
「騎士団? 師匠、騎士団なんて結成するつもりだったの?」
「いや、結成するのは俺じゃねえよ」
「え、じゃあ誰が?」
「ん、まあいつか誰かさんがこの空の為に戦ってくれる日が来るって俺は信じてるからよ、この聖堂を造ったのはその時の為だ」
「…………」
その言葉を聞き、姐さんは複雑そうな表情で俯いていた。
※
そして聖堂の完成、それはシオン先生と姐さんとの別れを意味していた。
「じゃあ……行きますね」
俺はペガサスに跨り、レファノスへと飛び立とうしていた。そして俺は、無理やり連れて来られた筈のこの島から去る事を名残惜しそうな様子で佇んでいた。
姐さんは本当に凄い人だった。俺はツァリス島に来てから二年間姐さんに挑み続けたがただの一度も勝てず、やがて挑む事を諦めた。
だが姐さんはずっとシオン先生に叩きのめされ続けていた。俺がこの島に来る前も来た後も、百年以上ずっと。報われる保証なんてどこにも無いのに、ひたすらにただひたすらに挑み続けていた。
シオン先生はあの竜祖を倒した竜殲の七騎士の一人で、だが俺が思っていたより遥かに重い過去を背負っていて、それでも多分この空の未来を見据えて足掻いているような気がする。
そんな凄い二人に会えて、俺の運命は変わった。自分は誰よりも優れているのだと勘違いして終わるだけだった人生を変えてもらった。
すると姐さんが俺にふと声をかける。
「ルキ、私が師匠との手合わせで心が折れそうになったら、またルキに相手してもらって心の平静を保つから、その時は宜しくね」
そんな皮肉を言う姐さんはどこか寂しそうな表情を浮かべてくれていた。
「ルキ、もし今後レファノスの力が必要になった時はよろしく頼むぞ、せっかく作ったコネクションなんだからよ……あとお前、建築師としちゃあ中々良い腕してたぜ」
ぶっきらぼうに言い放つシオン先生もまた、どこか寂し気な表情をしていた。
俺は一度乗ったペガサスから降りると、二人に向かって深く礼をした。
「お世話になりましたシオン先生、姐さん!」
こうして俺はツァリス島から去り、レファノスへと戻ると、当初の父上との約束通り王位を継承し、レファノスの国王へと成った。
それから数年後、老齢だった父上は俺にレファノスの未来を託しこの世を去った。そして俺は王として、父上に、恩人であるシオン先生と姐さんに恥じる事の無いよう、このレファノスを守り続けている。
※ ※ ※
162話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。
誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。