160話 裸の王
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俺はレファノス王国の第一王位継承権を持つ王子であった。と、同時に俺はレファノス王家始まって以来の大たわけ者として名を馳せていた。
俺には剣の才があった。かつて竜祖を倒したという竜殲の七騎士、その一人であるローラン=シャンソーンの血を引き、齢十歳にしてベルフェイユ流剣術の免許皆伝を会得、更には聖衣騎士への覚醒すら果たし、その力はレファノスの騎士達と比較しても一線を画していた。
武、地位、富、名声、全てを兼ね備えていたと思っていた俺は完全にのぼせ上り、傲慢にして傍若無人、思いやりの欠片も持たず、国は俺という存在を輝かせるためだけの入れ物、民は国を存続させるためだけのただの傀儡としか考えていなかった。
老いた父から王位を継承したあかつきには、富を貪り、民を操り、俺の為の独裁的な国造りに着手しようと目論んでいた。
しかしそんな俺の野心と邪心を見透かしていた父上は、長らく頭を悩ませていた。
そして俺が十八の齢となったある日、突然父は俺から王位継承権を剥奪し、レファノス王国から追放する事を決意した。
「なっ父上、俺が王位継承権剥奪? レファノスから追放? 一体何の冗談です!」
「冗談などではない、お前はもうこの国には必要無いと言っている、解ったのなら今すぐレファノスから出ていけ」
父の冷たい声、冷たい視線、それは父が本気である事を俺に理解させるに十分だった。
「ぐっ! 王位継承権を持つのは俺だけ、俺から王位継承権を剥奪すれば老いた父上が王から退いた後誰がレファノスを導くというのですか?」
「ふん、私がお前の腐った心や思想に気付いておらぬとでも思ったか? お前のような愚息に国を任せるくらいならその辺の野良犬にでも王位を継承させた方がましというもの」
「言わせておけば!」
罵られた怒りで、俺は今にも父に飛びかかろうかという勢いだった。だがその時だった。
「とはいえ……お前を甘やかし増長させ、その邪な心に気付いていながら放置していた私にも責任はある」
「なに!?」
「だからお前に機会を与えてやろう」
「機会だと?」
首を傾げ訝しむ俺に父は告げた。一週間後に開催される剣闘祭、そこに俺が出場し優勝する事が出来れば王位継承権剥奪と追放の件は無かった事にし、それどころか俺に王位を譲り、自分は王を退いてもいいと。
「なっ!」
レファノス王国で開かれる剣闘際、それは一年に一度開催される王国主催の御前試合。
己の強さを証明したい者、名を馳せたい者、富を得たい者、理由は様々だが身分を問わずレファノス王国各地からあらゆる強者が集い、一対一で剣を交える勝ち抜き試合を行う。
俺は内心ほくそ笑んだ。そして打ち震えた。
――そうか、そういう事かよ父上。つらつらと御託を並べたが、結局は俺に王位を譲りたかったって訳か。
「くっくっくっ、わかったよ父上」
俺は当時の五年前の剣闘祭、齢十三にして圧倒的な強さで優勝していた。その後は父から出場を禁止されていたが、五年前よりも更に力を付けた俺が有象無象に負ける筈が無い、つまり親父は俺にお灸を据えつつ体よく王位を譲ろうとしているだけなのだと、この時の俺は信じて疑わなかった。
※
そして剣闘祭当日。
王城の敷地に設営された闘技場で剣闘祭は開始されていた。
千を超える観客が集い、円形の闘技場で行われる剣と剣の激突に一喜一憂する。そこには当然、剣闘祭を観覧する父の姿もあった。
また、俺は苦戦する事も無く順調に試合を勝ち進み、遂に決勝を残すのみとなった。決勝の相手に興味は無かった、どのような剣技を使うのかも、どのような人物なのかも、どのように勝ち進んで来たのかもまるで。
俺が優勝する事は約束されていて、この優勝を以ってレファノスは俺のものとなる筈だったからだ。
そうして遂に決勝戦が開始。俺は初めて決勝戦まで勝ち進んで来た人物と対面した。
「お、お前が決勝の相手だと?」
相手がどんな奴であっても同じ、だがこの時はさすがの俺も目を白黒させた。
何故なら俺の目の前に居たのは、これまで戦って来た屈強な男達とは比べるべくもない、遥かに華奢で、そして可憐な少女だったからだ。
歳の頃は俺より一つ二つくらい下だろうか、そして黒髪と黒い瞳というナパージの民の特徴を持つその少女、しかし俺の知っているナパージの民と違うのは、その少女が竜の瞳を持っているという事だった。
だが俺はそんな事はお構い無しに少女に話しかける。
「可愛いお嬢さん、悪い事は言わねえ。怪我したくなきゃさっさと棄権しろ」
「…………」
「ここまで頑張って勝ち進んだんだ、意地張る気持ちも解るけどよ、どうせ俺には勝てねえ」
すると、少女は冷たく無機質な声で応えながら腰の鞘から羽刀と呼ばれる細身の剣を抜く。
「お前とお喋りをするつもりはない、さっさと始めよう」
「ふーん、やる気満々じゃねえか、お嬢さん可愛いし俺に一太刀でも入れられたら妾くらいにならしてやってもいいぞ」
対し、俺もまた腰の鞘から剣を抜き、自信満々に構えた。
互いに剣を抜き対峙する両者。準備が整った事を確認した父が観覧席から試合開始の合図をする。
「始め!」
そして――
試合開始から十数秒後、気が付いた時には俺が地に臥せっていた。
「嘘……だろ?」
圧倒的だった。何が起こったのかすら解らず、手も足も出ないとは正にこの事だ。
下馬評を覆した大番狂わせに、会場は激しく盛り上がり揺れ続けていた。しかしそんな周囲の声も、俺には乾いた音にしか聞こえなかった。
この世にこんな奴が存在する事、武を手にしたと思っていた己のあまりの滑稽さに涙を流す。
すると、俺を倒した少女の瞳は既に竜のそれでは無くなっていた。
少女は呼吸一つ乱しておらず、羽刀を悠々と腰の鞘に納める。
「君、本当に王族として剣の英才教育受けてるの? 弱すぎるけど」
そう呆れた口調で言いながら少女は俺に背を向け、続けて言った。
「あと、私を妾にしようだなんて百年早いから」
そしてそう言い捨てると、少女はその場を後にした。
その後の事は良く覚えていない。俺が救護室で手当てを受け、茫然としていると、父がそこにやって来て――
「約束通り、お前から王位継承権を剥奪し、このレファノスから追放する」
と、俺に冷たく伝えた。
「くっ!」
続けて、救護室に二人の人物が入って来た。
「てめえは!」
一人は俺が決勝で戦った黒髪の少女、そしてもう一人は銀髪に先端の尖った耳というイェスディランの民の特徴を持つ無精髭を生やした初老の男だった。
「んじゃあ、約束通りこの小僧は貰い受けるぜ」
「ああ、煮るなり焼くなり好きにして構わない」
男は突拍子も無い発言をするが、父上は俺を蔑ろにするようにそれを了承し、俺は唖然とした。
「は? 父上! 一体何を言ってんだ?」
父の発言に、俺が未だ混乱していると、父が淡々と経緯を説明する。こいつらが飛び入りで剣闘祭に参加したいと言って来た時に、その少女の実力を見せてもらい、その時この少女なら確実に俺に勝てると見込んだらしい。そしてこいつらに、報酬と引き換えに俺を引き取ってもらう約束を交わしたという訳なのだ。
「急にそんな話持ち掛けられた時は困ったが、まあ俺としても今は丁度労働力が欲しいとこだったからな、利害の一致って奴だな」
俺はそれを聞いて怒りに震えた。
「俺を奴隷のように売り渡すってのか、レファノスの王族であるこの俺を!」
「お前はもう王族ではない。言った筈だ、この剣闘祭で優勝出来なければ王位継承権を剥奪し、このレファノスから追放すると」
「ぐっ!」
その瞬間、背後から後頭部に衝撃を受け、俺の意識はそこで途切れた。
※
それから、俺は目を覚ますと見慣れない場所に居た。
辺りを見回すとそこはどうやら小さな孤島のようだ。
「何だ、ここは?」
「ここはツァリス島、私達が暮らす孤島だよ」
「お前達一体――いってて」
すると俺は後頭部の痛みで、先程意識を失う直前に何者かに殴られていた事を思い出した。
「ああ、ごめん……この場所はあまり知られたくなくって、少し手荒な真似で眠ってもらったの」
「手荒過ぎるだろ! 目隠しするとか色々方法あるだろ!」
俺は自分が受けたぞんざいな扱いに抗議の声を上げた。
「まあいい、んでお前達は一体何者なんだ? 何の目的で剣闘際に参加した?」
「ああ、こいつはとある理由で強くなる為にずっとこの孤島で俺と修行しててな、だがずっと俺とだけ戦ってたんじゃ自分が今どれくらいの位置に居るか分からないだろ? だから腕試しも兼ねてレファノスの剣闘祭に参加させてもらったって訳だ……んで感想はどうだ?」
男が少女に振った。
「……分からない。確かに剣闘祭で戦った人達は相手にならなかった。だから私はきっと強くなってるんだろうとは思う、でも結局師匠を超えられなければ、その域に居るあいつには届かない」
少女は冷たい瞳と、起伏の無い声で言った。だがその奥には激しく燃え上がる怒りや憎しみが潜んでいるのを俺は感じていた。
「で、俺をどうしようってんだ?」
「ああ、レファノスでも言った通り、お前には労働力になってもらう。今俺はこの島に聖堂を建てようと思っててな、その手伝いをしろ」
「な、何でこの俺がそんなこと……てかいつ終わんだよそれ!?」
「まあ早くても三年くらいかね」
「嘘だろ、三年以上もこんな所で?」
「いいじゃねえか別に、お前レファノス追放されて行く宛もねえんだろ?」
男の言葉に、俺は返す言葉も無かった。そうだ、俺にはもう帰る場所が無い、その現実を改めて突き付けられたような気がした。
「まあとりあえず同じ釜の飯を食うんだ、お互いに名乗っておくとするか、俺の名はシオンだ」
“シオン”それが初老の男の名だった。
「私はホウリュウイン=ヨクハ……君達の国じゃ確か名が先だからヨクハ=ホウリュウインだね」
そして俺がこんな目に遭ってる原因を作った憎き女の名は“ヨクハ=ホウリュウイン”だった。
続けて俺が名乗る。
「俺はルキゥール=ルノス=レファノス……今はただのルキゥールだけどよ」
するとヨクハは何かを考えるように目を伏せて指を唇に触れさせた。
「ルキゥールか……呼び辛いからルキでいいよね?」
「てめっ、王族の名を略すとはなんつー不敬な」
「君、まだ王族気分なの?」
「ぐぐっ」
蔑む様な声のトーンでヨクハに指摘され、俺はまたしても何も返せなくなった。
160話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
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