159話 付け焼き刃だとしても
更に、ソラは再び力強く剣を構え、思考を巡らせる。
――ベルフェイユ流には無い筈の剛剣、あの恵まれた体格から繰り出される斬撃がそれを可能にしてるのか。防御では柔、攻撃では剛、穴の無い剣術……どちらかでも崩さなきゃ勝ち目が無い。
「なら!」
ソラはすかさず剣を構え、ルキゥールへと突進する。そして先程と同じように袈裟斬りを仕掛けた。
「無駄だ」
次の瞬間、ルキゥールもまた先程と同じようにその袈裟斬りを受け流す。
「なに!」
しかし、ソラは体制を崩さずすぐさま次の攻撃、下方から左逆袈裟を仕掛ける。だがそれでもルキゥールはその追撃を受け流し、反撃を試みた。
するとソラから更に追撃。身体を回転させながらの横薙ぎ。そして突き、真向斬り、更に身体を回転させながらの右逆袈裟――舞踏にも似た無数の連撃がルキゥールへと襲い掛かる。
――この嵐のような連撃、これはまるでディナイン王国の騎士が使うラムイステラーハ流剣術!
ソラが繰り出す怒涛の連撃は、ルキゥールにディナイン王国に伝わるラムイステラーハ流剣術を彷彿とさせていた。
そしてそれもその筈、ソラはかつて第九騎士師団〈不壊の殻〉師団長、カチュア=オーディから受けた連撃を思い浮かべながら攻撃を繰り出していたからだ。
――もっとだ、カチュアはもっと速かった。もっと速く、もっと深く……もっと鋭く!
次第に研ぎ澄まされていく集中力、それと同時に鋭くなっていく斬撃。その連撃は、受け流す事を許さず、更には反撃する隙も与えなかった。つまりルキゥールは防御である柔と、攻撃の剛、同時に封じられているに等しかった。
――こいつ、未だ竜域には入っていない。だが凄まじい集中力、感情が読めん。それにこの精確かつ凄まじい連撃、レイレグナント流とラムイステラーハ流の複合攻撃か……
「くっ、捌きが追い付かん!」
そして遂に――
「ぐっ!」
連撃の中の一つを捌き損ね、ルキゥールは体制を大きく崩した。
――ここだ!
瞬間、訪れた好機。ソラは細かく振っていた剣を大きく振りかぶり、即座に渾身の真向斬りを放つ。
それはルキゥール以上の剛剣、凄まじい一撃が繰り出され、ルキゥールは咄嗟に上方へ掲げた剣で受け止めた。しかし、受け流し切れない衝撃が全身を駆け巡り、片膝を地にめり込ませ、同時に剣圧が玉座の間を吹き抜けた。
「ぐむうっ!」
――浅い。
ソラは渾身の一撃が防がれたのを確認すると、一度距離を取って仕切り直そうと構えを取った。
――次で仕留める。
その時だった。
「そこまでじゃ」
ソラの前に翼羽が立ちはだかり手合わせを中断させる。すると冷たく鋭くなっていたソラの眼光が消え、いつもの表情に戻ると、我に返ったように青ざめた。
「やばっ、手合わせなのに俺……陛下の事、し……し……仕留め――いや倒そうとか考えて!」
口元を押さえながら、手合わせであった事を忘れて勝負に没頭してしまった自分に、ショックを受けた様子であった。
そんなソラを見て、翼羽は一人思案に暮れる。
――やっぱりこの子、一度入り込んだ時の集中力は凄まじいものがある。感情の制御も完璧に出来ている。でも、なら何で未だにこの子は竜域に入れない? この子には何が足りない?
次の瞬間、ルキゥールは大きく嘆息しながら立ち上がると剣を腰の鞘に納めた。
「見くびってくれるなよ小僧、貴様如きに簡単に仕留められる俺ではない。だが不可解だ、元エリギウスの騎士養成所に居たお前がレイレグナント流を扱うのは解る、だがラムイステラーハ流まで使えるのはどういう理由だ?」
ソラは以前、ラムイステラーハ流の剣技を使う第九騎士師団〈不壊の殻〉の団長カチュアと戦った事があり、その時の剣技を思い出して咄嗟に真似たことを打ち明ける。
所詮付け焼刃だとしても、蒼衣騎士である自分はそうやって強い人間から色々真似たり工夫したりして戦わないと渡り合えないのだと、ソラは答えた。
謙遜気味に心情を吐露するソラに、ルキゥールはしばし沈黙した後、笑みを零した。
「やはり姐さんが目をかけるのも頷ける……それにお前は出会った時の姐さんに少し似ているような気さえした」
「え?」
意味深な言葉を投げかけ、ルキゥールはソラに背を向けた。
そんなルキゥールの立ち振る舞いを見ながら、ソラは翼羽にそっと耳打ちする。
「やっぱりあの人凄い、だって全然底見せてなさそうだもんな、竜殲術だって全く使ってないし」
「ん、いや……まあ……そうじゃのう」
一方、ソラ達に背を向けたルキゥールは顔に冷や汗をかきつつ思っていた。
――あっぶねえ、あのまま続けてたらやばかったぜ。
こうして突如として始まったルキゥールとソラの手合わせは終了した。そしてルキゥールは再び玉座に座り直すと、ソラ達と向き合った。
するとソラは、初めに聞きそびれてしまった疑問を再度投げかける。
「あの……結局ルキゥール陛下と翼羽団長ってどういう関係なんですか?」
対し、翼羽が少し悩んだように天を仰ぎながら答える。
「うーむまあ、あえて言うとするならば……兄弟弟子といったところになるのかのう」
「兄弟弟子?」
すると、今度はルキゥールが静かに答えた。
「アルテーリエ殿はまだ到着しておらぬようだ、暇潰しにここからは俺の口から話してやろう」
そうしてルキゥールはかつてのヨクハとの思い出を語り出すのだった。
「あれは五十年前、俺が十八の齢になった頃の話だ――」
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