158話 予期せぬ対決
「それよりもルキ、随分と久しいではないか」
「いやあ、まさか姐さん自らいらっしゃるとは、わざわざご足労いただきありがとうございます。あ、そういえば翅音先生はお元気ですか?」
「うむ元気に趣味のソード造りに励んでおるわ……まあそんな事よりルキ」
「はい?」
翼羽は突然目を細め、ルキゥールに詰め寄った。そして以前、第九騎士師団〈不壊の殻〉と戦った碧の空域防衛戦の際、レファノスは最小の戦力しかよこさず随分と無茶をさせてくれたな、とチクリ刺す。
すると、その時の事を翼羽が未だ根に持っていると感じたルキゥールは、激しく動揺した様子でお茶を濁そうと試みる。
「げっ! い、いやあ姐さん程のお人なら大丈夫かなって思いまして」
「まったく、結果的には何とかなったからよかったものの碧の空域はレファノスの重要な領空なんじゃぞ、もう少し責任感を持ってもらいたいもんじゃのう」
「はは、いやあおっしゃる通りで」
また、翼羽に対し終始遜るような態度のルキゥールに、ソラもまた終始ぽかんとし続けるのだった。
「あ、あのう」
そして意を決したように二人の間に割って入るソラ。
「何じゃ?」「何だ?」
「いや、その、ルキゥール陛下と翼羽団長って一体どういう関係なんですか?」
直後、鋭い眼光がソラに突き刺さり、先程まで翼羽と会話していた時のような砕けた雰囲気がルキゥールから消え失せた。
「その前に、貴様は初めて見る顔だな……一体どこのどいつだ?」
第一印象のように、王として相応しい凄まじい威圧感を放つルキゥールに気圧され、ソラは狼狽えながら質問に答えた。
「俺は……〈寄集の隻翼〉の騎士、ソラ=レイウィングです」
その名を聞き、ルキゥールの表情が僅かに変わる。
「そうか、お前が半年前、新たに〈寄集の隻翼〉に加わったという騎士か?」
「は、はあ」
「確か貴様は姐さんと同じ、蒼衣騎士だそうだな?」
「そ、そうですけど」
「竜域とやらには入れるのか?」
「い、いえまだ入れません」
すると、ルキゥールから質問攻めを受けるソラに助け舟を出すかのように翼羽が割って入る。
ソラは実戦になれば感情制御はそこそこ出来る。しかし未だ竜域には入った事が無い……おそらく竜域に入る為の何かが足りていないのだろうと。
それを聞き、ルキゥールが驚いたように目を丸くした。
「では、竜域にも入らず第八騎士師団長を討ち取ったというのか?」
「は、はあ何とかっていうか……本当ぎりっぎりでしたけど」
直後、ルキゥールが豪快に笑った。
「はっはっはっはっ」
一方ソラはそれを見て、訳も解らずぽかんと佇んでいた。
「なるほど、姐さんが目をかけるのも頷ける」
「え?」
「だが、それでは所詮ラドウィードの騎士もどき止まりだな」
言いながらルキゥールが腰の鞘から剣を抜き放ち、構えた。
「貴様も抜け、小僧」
「え? あの……何ですかこの展開?」
「お前が本当に姐さんの弟子として相応しいのか見極めてやる」
それを聞き、翼羽がすかさず言う。
「言っておくが別にソラはわしの弟子ではないぞ、まあ万が一わしが弟子を取るとしたら自分を……そして零を超えられると見込んだ奴だけじゃ――」
――って誰も聞いてないし。
ルキゥールが、ソラを自分の弟子だと思っている事を訂正しようとする翼羽であったが、翼羽の言葉など無視してルキゥールとソラはやり取りを続ける。
「えっ、そんないきなりですか? ルキゥール陛下は〈因果の鮮血〉の団長でもありますし、聖衣騎士ですよね? 俺なんか相手になりませんよ」
謙遜混じりに抗議するソラを見て、ルキゥールは呆れたように大きく嘆息した。
「ただの腰抜けか……だが貴様にその気がなくても姐さんの弟子を名乗る以上はそれなりの力を示してもらうぞ!」
その言葉に対し、ソラと翼羽が同時に返す。
「あの……一度も名乗った事無いんですけど」「だから違うと言っておるだろうが!」
次の瞬間、手合わせを渋り、まだ剣を構えていないソラに向かってルキゥールは一気に間合いを詰めて斬りかかった。
「うおっ!」
するとソラは咄嗟に剣を抜き、ルキゥールが放った上段からの振り下ろしを受け止める。
「な、何で俺がこんな目に」
「ただの手合わせだと言っているだろう? 何故、そこまで臆する?」
「だ、だって……もし陛下に怪我でもさせたら、俺責任取らされて腹切らされたりしないかって」
――おっ。
ソラの咄嗟の一言に、翼羽は少しだけ感心したように目を見開き、対照的にルキゥールは青筋を立てた。
「ほう、俺も随分と舐められたものだな」
「あ、あれ? 俺何か気に障ること言いました?」
次の瞬間、翼羽がソラに向けて叫んだ。
「ソラ、ルキは昔から剣を交えて相手と解り合おうとする奴じゃ、それに一度言い出したら聞かん。あと加減も下手糞じゃから死にたくなければ本気で抵抗した方が身の為じゃぞ」
「何それ! 狂戦士!?」
すると、ソラは鍔迫り合いの状態からルキゥールを僅かに押し弾くと、距離を取って正眼に構えた。
「……俺、まだ死にたくないから全力で行きますよ」
そう言うとソラは覚悟を決め、目付きを鋭くすると、地を蹴って一気にルキゥールとの間合いを詰め、渾身の袈裟斬りを繰り出した。
空を斬り、音を斬り、時に騎士師団長すら追い詰め、時に打ち破ったその渾身の一撃は――まるで舞っている木の葉に鈍器を打ち付けたかのようで、心許ない感触と共にルキゥールの剣にいなされていた。
「なっ!」
一撃を受け流され体制を崩したソラは、咄嗟に距離を取り、再び構える。
――レファノス王国に伝わるベルフェイユ流剣術。その極意は確か、しなやかな剣さばきで相手の攻撃を受け流し、反撃を行う防御主体の柔剣術。それにしてもここまで完璧に受け流されるなんて。
ただの一合で、ソラはルキゥールの実力を認め、最大の警戒をする。
「来ないのか? ならこちらから行く!」
すると、距離を取ったまま攻めてくる様子の無いソラに痺れを切らしたのか今度はルキゥールが仕掛けた。
――ベルフェイユ流は相手の攻撃を受け流して反撃するカウンター主体の剣術。ならあっちから攻撃させて、逆にカウンターを取る。
ソラがそう思考した直後、ルキゥールは瞬速の横薙ぎを放ち、ソラは咄嗟にそれを剣で受け止める。
「なっ!」
その一撃は凄まじく、ソラは威力を殺しきれず後方に吹き飛び壁へと激突した。
「がはっ!」
背部を強打し、激痛に呼吸が一瞬止まる。しかし、ソラはすぐに立ち上がると、無理矢理呼吸を整えた。
「ハアッハアッ……カハッ……ハッ!」
――事実は違うとはいえ、ルキゥール陛下は勝手に俺を翼羽団長の弟子だと思ってる。俺がこのまま情けない姿を見せてたら団長まで情けない目で見られちまう。ならこのままって訳にはいかないな。
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