156話 いざレファノス王国へ
場面はイェスディラン群島、蒼の空域、レイリアーク島。
白い粉雪が舞う中に佇む、氷を纏った城塞は、第十一騎士師団〈灼黎の眼〉の本拠地であった。
城塞内部、師団長室には腰に斬馬羽刀と呼ばれる長尺の羽刀を差し、黒い瞳と後で一つに結わえた黒い髪が特徴の老齢の男性――〈灼黎の眼〉師団長タカ=テンゲイジと、特務遊撃騎士オルタナ=ティーバの二人が相対していた。
タカが神妙な面持ちでオルタナに問う。
「オルタナよ“彼女”からの指令はしかと認識しているか?」
「はい、師匠」
「此度の標的は特殊だ、機会を見極めお前と俺の二人で奇襲を仕掛け確実に仕留める」
「……はい」
するとタカは、やや声に力の無いオルタナに気付いたのか小さく嘆息し、再び問う。
「オルタナよ、ここ最近例の小僧が台頭し、幾度となく接触を果たしたそうだな……まさかとは思うが、迷いを抱いている訳ではあるまいな?」
するとオルタナは口を噤んだまま俯き、何も返す事は無かった。そんなオルタナを見てタカは今度は大きく嘆息し、続ける。
「だがお前の悲願を成就させる為には、戦い続けるしかない。解っているのか?」
その言葉に、オルタナは何かを決意し直したように顔を上げ力強く返す。
「勿論解っています師匠、私は必ず目的を果たします……例え何に代えても」
※
場面は再びツァリス島、〈寄集の隻翼〉本拠地聖堂に隣接されたソード格納庫。
フリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィの四人は既に紅玉の空域防衛任務へと出陣しており、格納庫にはレファノスの王都セリアスベルへと向かう翼羽、ソラ、シーベットの三人と、翅音、カナフの姿があった。
「三振りとも整備は既に済んでいる」
「いつもすまんなカナフ、翅音殿」
するとソラは、カナフに整備完了を告げられ、自身の愛刀であるカレトヴルッフに目を向けると、若干の違和感に気付くのだった。
「ん? カレトヴルッフの雷電加速式投射砲、少し形状変わった?」
「おおっ、気付いたか? 意外とちゃんと見てるじゃねえか」
ソラがカレトヴルッフの変化に気付いた事に、翅音は嬉しそうに返した。
「まあ、そりゃあ自分の騎体ですから」
その言葉に、今度は表情を一変させソラに詰め寄る翅音。
「あ? いつからカレトヴルッフがお前の騎体になったんだ? この騎体は俺の浪漫が詰まった会心の業物なんだぞ、翼羽団長に言われて仕方なくお前に貸してやってるだけなのを忘れんじゃねえ」
「……そういえばそういう扱いだった」
翅音の指摘に、ソラが肩を落としながら小さくぼやくと、カナフがそこに割って入った。
「翅音さん、意地悪はその辺にして雷電加速式投射砲の改良点の説明をお願いします」
「わーったよカナフ」
カナフに諫められ、翅音は渋々自身が施した改良の説明を開始する。
今回翅音が雷電加速式投射砲に施した改良は、砲身内部の加工とそれに応じた弾丸への特殊追加加工である。
と、それを聞いただけではいまいちピンとこないソラが適当に「へー」と相槌を打った。しかし翅音は構わず意気揚々と自分が行った改良の説明を続ける。
今回は聖霊の力を借りる事無く発想と技術だけで強化に成功した。雷電加速式投射砲の砲身に螺旋状の刻みを入れて砲弾を高速回転させ、更には砲弾にもドリルのような螺旋状の特殊追加加工を施す事で凄まじい穿通力を持たせてある。
例え敵が耐実体結界を展開していても一発で結界を削り壊せる。つまりソラが以前やったような、雷電加速式投射砲と炎装式刃力砲の同時発射による牽制のような無駄な事はしなくてもいいとのことだ。
長々とした説明は正直頭に入って来なかったが、とりあえず凄いという事だけは解ったソラが表情を明るくさせた。
「おー凄いですよ翅音さん、これ完全に雷電加速式投射砲の上位互換ですね。いよ、この天才鍛冶」
多少棒読み気味ではあるが、ソラの太鼓持ちに気分を良くしたのか、翅音は更に説明を続ける。この聖霊騎装は名付けて、雷電加速式投射砲改め雷電螺旋加速式投射砲であると。
「なんだかよくわかんないけどネーミングセンスも抜群、最高」
しかし、今度は突然表情を曇らせる翅音。
「……ただ一つ問題があってな」
「え、なんすですか問題って?」
急なトーンダウンに、ソラが恐る恐る尋ねると、翅音が言う。消耗品である雷電螺旋加速式投射砲の砲弾に特殊加工を施すのは、かなりの手間とコストがかかる、つまりソラが雷電螺旋加速式投射砲を一発無駄撃ちする度に騎士団が貧しくなっていくのだと。
「撃ちづら! そんな事言われたら大事な場面で撃つのためらっちゃうでしょうが!」
ソラと翅音がそんなやり取りをしていると、シーベットがそこに突如割って入る。
「おソラばっかりずるいぞお髭、シーベットのスクラマサクスにも何か追加武装をくれ」
シーベットに詰め寄られると「スクラマサクスに追加武装なあ」と、翅音は困ったように後頭部を掻いた。
「翅音さんを困らせるなニヤラ。お前の戦闘スタイルは敏捷性を活かした白兵戦での一撃離脱型。元々小型のスクラマサクスに無駄な聖霊騎装を追加しても運動性が損なわれ、ニヤラの持ち味が死ぬだけだ」
「むぅ、カナブンめ、正論を持ち出すとは卑劣なり」
すると不満げに頬を膨らませるシーベットを宥めるように、そう不貞腐れるなと翅音が言う。
今この騎士団で量産剣を使ってるのは、いずれアロンダイトを操刃する事になるプルームを除けば、フリューゲル、カナフ、そしてシーベットの三人。この騎士団の戦力底上げの為にそろそろシーベットの専用騎……宝剣を手掛けてもいいかと考えていると。
「ほ、本当か!?」
その言葉に、シーベットは嬉しそうに表情を綻ばせると、頭にしがみ付いていたシバを胸に抱き締めて頬をすり寄せた。
「やったよシバさん、シーベットも遂に宝剣を造ってもらえるって」
「よかったではないかシーベット」
そんなシーベットの顔を舐めながら、シバも嬉しそうに尻尾を振っていた。
「ところでずっと気になってたんですけど、カナフさんて何で皆の事セカンドネームで呼ぶんですか?」
すると、不意にソラがカナフに対し今更な疑問を投げかけた。
「別に俺は呼びたくてセカンドネームで呼んでいる訳ではない」
「え、そうなんですか? じゃあ何で?」
「俺だって本当は馴れ馴れしくファーストネームで呼びたいんだ。だが、定期的に誰かセカンドネームを呼ぶ奴がいないと忘れられるだろ」
「誰に対しての配慮!? いや大丈夫でしょ、出陣の時にちゃんと皆フルネーム名乗ってるし……はっ! それってもしかしてそういう事だったのか」
「何の話しとるんじゃ!」
無駄な話を展開しだすソラとカナフに痺れを切らした翼羽が、たまらずツッコんだ。
「まったくお主ら、下らん事くっちゃべってる場合か、今から大事な任務なんじゃぞ」
「いやあ、ははは……つい」
「すまない団長、俺とした事が」
翼羽に窘められ、ソラとカナフは気まずそうに我に返った。直後、ソラは再び疑問が浮上し翼羽へと投げかける。
任務といっても、大聖霊石をレファノスの王都に届けるだけの任務にわざわざ三人で行く必要ってあるのかと。
「……お主の頭は空っぽか?」
「えぇっ、いつにも増して辛辣だなあ」
大聖霊石を別の場所へと搬送する、それは非常に危険を伴う。当然エリギウス帝国側は炎の大聖霊石を手中に収めたい。もし、奴らが此度の情報を手に入れているとすれば炎の大聖霊石を奪取する為にあらゆる手段を使ってくる可能性があるのだと翼羽は説く。
それを聞き、ソラはあからさまに嫌そうな表情を浮かべるのだった。
「うわあ、それってレファノスに向かう途中で襲いかかられるかもって事?」
「万が一情報が洩れている可能性を考慮した場合の話じゃが、ありえん話ではない。故に王都に到着するまでは決して気を抜くでないぞ」
するとソラはさも残念そうな様子で肩を落とすと、今回の任務はレファノスに行くだけであるため、終わったら向こうの街並みを散策したり、ご当地のお菓子食べたり出来てラッキーなどと思っていたと打ち明ける。
それを聞き「観光にでも行くつもりだったのかこの阿呆」と、こめかみを押さえながら大きく嘆息する翼羽であった。
その後、ソラ達はそれぞれのソードに搭乗すると格納庫の天井が開かれ、頭上には青き空が広がった。
ソラはカレトヴルッフの操刃柄を握り締め、刃力が注入されると、カレトヴルッフの動力が起動し双眸が輝いた。
「ソラ=レイウィング――カレトヴルッフ、行きます」
そしてソラのカレトヴルッフ、翼羽の叢雲、シーベットのスクラマサクスがそれぞれレファノスの王都セリアスベルへと向けて飛び立つのだった。
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