155話 運命の分岐点
翌日、〈寄集の隻翼〉にとある二つの任務が舞い込んだ。そしてこの二つの任務が、ソラを……〈寄集めの隻翼〉を深き淵に在る運命へと誘う分岐点となる事をこの時はまだ誰も、知る由も無かった。
「それでは、お主らに今回の任務の内容を伝える」
〈寄集めの隻翼〉、本拠地聖堂。そこには新たに請け負った任務内容を伝達する翼羽と、それを聞くソラ、シーベット、フリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィの姿があった。
「今回、わしらが行う任務は二つじゃ」
「二つ? そりゃどんな任務なんだ?」
フリューゲルが咄嗟に尋ねると、翼羽が答える。
一つはメルグレイン王国からの依頼。以前、第八騎士師団〈幻幽の尾〉を倒して制圧した紅玉の空域の防衛任務、防衛拠点は紅玉の空域の本拠地となるラージル島であると。
「紅玉の空域の防衛任務ですか? 我々が紅玉の空域を制圧してから一ヵ月程が経過していますが、何故今更?」
そんなエイラリィの疑問に、神妙な面持ちで返す翼羽。
紅玉の空域の防衛はメルグレイン王国から戦力を割いて最低限行っていたが、此度エリギウス王国の何れかの騎士師団が奪取を狙っているとの情報が入ったのだという。
「奪い返されるかもしれないという事ですね?」
どの騎士師団がどの程度の戦力で攻めてくるかは不明……いやそもそも本当に紅玉の空域に攻めてくるかどうかも確定的ではないが、ようやくエリギウス側から奪取した二つの空域の一つ、万が一にでも奪い返される訳にはいかないと翼羽は続けた。
そして、長い歴史の中でようやく得られた戦果、それを護るという重要な任務内容に、その場の全員に緊張が走るのだった。
「えっと、じゃあその任務には誰が?」
そんな任務を前に、デゼルが尋ねる。
「うむ、紅玉の空域防衛任務は、フリューゲル、デゼル、プルーム、エイラリィ、お主ら四人に任せる」
「ハッ、誰がこようが射殺して返り討ちにしてやるよ」
それを聞き、掌に拳を打ち付けながら、フリューゲルが不遜に言い放った。
「仮に一個騎士師団が攻めて来るとすれば現状の防衛力ではかなり厳しい戦いになるじゃろうが、聖衣騎士であるお主ら四人が加わればどんな脅威とも戦えるとわしは信じておる」
「うん、任せて団長。紅玉の空域も、皆の事も私が必ず守ってみせるから」
すると、どこか強い決意を翼羽へ示すプルームに、フリューゲル、デゼル、エイラリィが割って入る。
「何でこの中で一番抜けてるお前に守られなきゃなんねーんだよ」
「皆を守るのは僕の仕事なんだから取らないでよねプルーム」
「似合わないので格好付けないでください姉さん」
三人に茶々を入れられ頬を膨らませるプルーム。
「なにおう、せっかく決めてみたのに何で茶々いれるんだ君達は!」
そしてプルームは腕をぶんぶんと振りながら三人に向かって突進していき、わちゃわちゃと入り乱れる四人。そんな四人を見ながらソラはふと優しく微笑んだ。
「仲良いなあ、あの四人は」
呟きながら、ソラはふと浮かんだ疑問を翼羽に投げかけた。
「あ、翼羽団長……じゃあもう一つの任務っていうのはもしかして俺とシーベット先輩だけでやるのか?」
任務の内容は分からないが、今この場に居て名前が呼ばれていないのは自分とシーベットだけである事から、二人という少数で任務をこなさなくてはならないとソラは危惧し、不安げに尋ねた。すると翼羽は首を横に振って返す。
「いや、もう一つの任務はソラとシーベット、そしてわしで遂行する」
「え、団長も?」
「うむ、実はもう一つの任務というのはメルグレイン王国、そしてレファノス王国双方からの依頼でな」
「双方から依頼……っていうと?」
二つの王国からの依頼という仰々しい任務の内容を聞き、ソラは再度不安げに尋ねる。
直後、翼羽は懐から取り出した赤い輝きを放つ宝玉を手にしながら言う。
本日レファノス王国の国王ルキゥールとメルグレイン王国の国王アルテーリエとの都合が付き、以前紅玉の空域で手に入れたこの炎の大聖霊石を、レファノスの王都セリアスベルに運ぶ事となったのだと。
「え、せっかく手に入れた炎の大聖霊石をあげちゃうのか?」
「どのみちわしらが所持していたところで宝の持ち腐れじゃからな。〈寄集の隻翼〉には炎を守護聖霊に持つ聖衣騎士はおらんし、炎の神剣も所持しておらんしな」
「あー……っていうことはもしかして炎の神剣てレファノスにあるって事か」
そんなソラの何気ない発言に、翼羽は心底呆れたように溜息を吐きながら返した。
雷の神剣エッケザックスはメルグレインが、炎の神剣デュランダルはレファノスがそれぞれ所持している。そんな事も知らなかったのか、と。
「いやあ、面目ない……あ、てことはアルテーリエ様は炎を守護聖霊に持つ聖衣騎士だからデュランダルで純血の契をするって事だな」
「うむ、そういう事じゃ」
現在、エリギウス側が所持している神剣は四振り。その内起動出来るのは光の神剣エクスカリバー、水の神剣ティルヴィング、土の神剣アパラージタの三振り。対し〈寄集の隻翼〉側が起動出来る神剣が雲のアロンダイトを含め二振りとなれば戦力は一気に拮抗する。
エリギウス帝国と圧倒的戦力差があったレファノス王国、メルグレイン王国の〈因果の鮮血〉陣営。しかし〈寄集の隻翼〉の台頭と共に反撃の狼煙が上がり、少しずつ空域を奪取していく事に成功した。そして未だ温存しているアロンダイトを含め、神剣という絶大な力が二つ加われば、遥か大国に正面から対抗しうる可能性を秘めている。
当初、〈因果の鮮血〉側にとって無謀な抵抗でしかなかったと思われたこのオルスティア統一戦役。しかし遂に運命は動き始める。ソラはこの日が歴史的転換となることを予感し、言い様のない緊張感に生唾を飲み込んだ。
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