153話 食事当番
残照を浴びた雲が、茜色に染まっていた。
ツァリス島、騎士聖堂にある食堂。そこの中央に備えらえた長テーブルの上には食事が並び、一堂に会した〈寄集の隻翼〉の騎士達が椅子に座り夕食を取っていた。
鶏の骨で丁寧に出汁を取った野菜のスープ、カラフルかつ酸味が効き食欲を増進させるサラダ、数種類の香草をまぶしオーブンで焼かれた香ばしい鶏肉のグリル、そして焼きたての黒パンなど、そのハイクオリティな夕食に各々が舌鼓を打っていた。
「この鶏肉料理……中々絶品じゃな。今日の食事当番は誰じゃ?」
一人だけ、箸と呼ばれる那羽地の食器具を使って食事する翼羽は、鶏肉を口に運びながらふと尋ねた。それに対しエイラリィとパルナが答える。
「えっと……今日は確かソラさんだった筈ですが」
「ソラが食事当番の時は、この黒パンがいつも付いてるからね」
しかし、ソラは自分の名が出ているにも関わらず一人黙々とスープを口に運びながら一点を見つめていた。
そんなソラを不審に思ったのか、声をかけるデゼル。
「ねえソラ、君の話題出てるよ」
「ん、あ……何?」
すると、ふと我に返り焦ったように返答したソラに、フリューゲルが嘆息しながら注意する。
「ったく、飯中に何ボーっとしてやがんだよ?」
「いやあほら、このスープいつもより良く出来たかなって思って……はは」
ソラはお茶を濁すように再び返すと、勢い良く目の前の料理を口に運び始めた。
「ソラ君が来てから半年経って思ったけど……」
直後プルームは、ソラの作った料理をまじまじと見つめながら不意に発言する。
「ソラ君って料理上手だよね?」
「え、本当?」
思いがけず誉め言葉をかけられ、照れくさそうに頬を赤くするソラ。
「えへへ、実は私ソラ君の食事当番の日いつも心待ちにしてるんだよ」
「ありがとうプルームちゃん。じゃあ調子に乗って今度お菓子とかも作っちゃおうかなあ」
「わあ楽しみだあ」
「手広いやっちゃな」
お菓子まで作れるというソラに感心するフリューゲル。するとデゼルがふと言う。
「でもソラとフリューゲルが来てくれてから、食事当番が六人になって大分楽になったよ。今までは僕とエイラリィとパルナとシーベットの四人で回してたからね」
現在〈寄集の隻翼〉では一日の三食を一人の騎士が食事当番として担当している。そしてその食事当番は、団長である翼羽、ソードの整備を担当する鍛冶の翅音、騎士と鍛冶を兼任しているカナフ……そしてプルームを抜かした六人で回しているのだった。
するとソラはふと湧き上がった疑問を口にする。
「そういえば前から思ってたんだけど、翼羽団長と翅音さんとカナフさんは分かるとして、何でプルームちゃんって食事当番外れてるんだ?」
瞬間、他の九人の手が止まり、場の空気が凍り付く。そんな中一足先に食事を終えたシバだけは我関せず床で丸くなり、眠りに付いていた。
「そういえば……何でだろう?」
プルームは唇に指を当て、首を傾げながら呟いた。気が付いた時には食事当番を外されていたというプルーム。悪いからやると言っても、皆にやらなくていいと言われるため、そんな優しい言葉に甘えていつの間にかやらなくなっていたのだという。
それを聞き、何となく察しが付くソラ。
――え、まさか可愛いのに料理が滅茶苦茶下手とかそんなベタな事ある訳……
直後、シーベットがすかさず言う。
「プルルンは料理がド下手糞なんだ」
「――あった!」
そしてそんなシーベットの突然の爆弾投下に、その場の全員がギョッとするのだった。もっとも、プルーム本人が一番驚いた表情でぽかんと佇んでいたのだが。
「え、嘘……でしょ、私料理下手だったの?」
「やっぱり自覚なかったんだなプルルン」
「どうして、どうして皆もっと早く言ってくれなかったの?」
がっくりと項垂れながら漏らすプルームの肩に、エイラリィが優しく手を置いた。
「姉さん、皆姉さんを傷付けたくなくて伝える事を避けていたの……姉さんの料理の腕が壊滅的だと言う事を」
「結果的に死ぬほど傷付いているよお!」
涙目で叫ぶプルーム。すると翼羽が宥めるように伝える。
「まあ、確かに自分が悪者になりたくなくて、本人に真実を伝える事を避けていたわしらも悪い。だがこれも良い機会じゃ、これを機に料理の腕を上げれば良い」
慰めにも似た翼羽の言葉に、フリューゲルとデゼルが続けた。
「ああ、プルームの料理の腕が上達して、食事当番担当が七人になれば、俺達は当番が一週間に一回になってきりが良くなるしな」
「うんそうだよ、苦手なものは克服すればいいんだよプルーム」
「団長、皆……」
プルームは顔を上げ、涙を拭いながら表情を明るくさせた。すると翼羽はふとソラの方に視線を向ける。
「と……いう訳で後は頼んだぞソラ」
「えっと、何で俺?」
突然無茶振りをされ、不服そうに尋ねるソラに、この中では料理の腕はソラが一番だからだと言う翼羽。
「そうやっておだてて面倒事を俺に押し付ける気だろ」
「酷いよソラ君、私を面倒事だなんて」
思わず口を滑らせてしまった直後、プルームが目を潤ませ、それに対したじろぐソラ。そんなソラにエイラリィが追い打ちをかける。
「忘れたんですかソラさん。姉さんがあなたの反射能力向上訓練や射術訓練にあれだけ付き合ってくれていたのを」
「うっ」
そんなエイラリィの言葉に、ソラはぐうの音も出なくなっていた。
「わかったよ、教えれば良いんでしょ教えれば」
「ありがとうソラ君、いやむしろソラ先生!」
そうして、ソラが料理の手ほどきをする事を渋々了承し、プルームはパアっと表情を明るくさせるのだった。
※
翌日、ソラの指導の元、さっそくプルームの料理の特訓が開始される事となり、食堂に隣接した調理場にソラとプルームの姿があった。
そして、やや緊張の面持ちで指示を待つプルームにソラが伝える。自分が指定する適当なものを一人で作ってもらうと。
「ほえっ! い、いきなり?」
「だってほら、俺はプルームちゃんの料理食べた事ないからプルームちゃんのレベルがどんなもんなのか分からないしさ」
「た、確かに……よーし、こうなったらソラ君も皆も絶対見返してやるんだから!」
と、プルームは袖まくりしながら意気揚々と言い放った。
「で、私は何を作ればいいのかな?」
「そうだなあ、じゃあとりあえずシチューとかは?」
それを聞き、突然仰け反るプルーム。
「い、いきなりそんな上級料理を?」
「シチューは全然上級じゃないよ、むしろめちゃくちゃ初級編だよ!」
「むぐぐ、よーし」
勝手に出鼻をくじかれそうになったプルームは気を取り直し、シチューを作るべく調理を開始するのだった。
「はい、できたあ」
一時間後、プルームの作ったシチューが完成し、皿に盛られたシチューがソラの座るテーブルの前に置かれていた。
そしてソラは震える手でスプーンを握りながらそれを見つめていた。見た目は普通だが、どこか禍々しいオーラを放っているような錯覚をソラに見せる。
――よくよく考えたら何で俺がこんな目に……いやでも任された以上はやるしかないのか? え、ていうか駄目? 逃げちゃ駄目?
「ぶつぶつ言ってどうしたのソラ君? 早く召し上がれ」
「くっ! も、もうどうにでもなれ!」
プルームに屈託のない笑顔で促され、ソラは意を決したようにシチューをスプーンですくい、口に運ぶと――目を瞑って一気に飲み込んだ。
次の瞬間、ソラは目を勢い良く見開く。
「うん……普通にまずい。食えたもんじゃない」
「ちょっとソラ君、少しは着せてよ! 歯に衣を!」
忖度無い発言に抗議するプルームに、ソラはたじろぎながら返した。
「ごめんごめん、いやあ何ていうか、食べた瞬間に全身真っ青になるとか、泡を吹いて気絶するとか、跳び上がって天井突き破るとか、そういうリアクション取れるくらいのまずさを期待してたら地味に美味しくなかったからつい本音が」
「そんな……私の料理は中途半端ってこと? あ、じゃあもっと努力するから、ソラ君が生死の境を彷徨うような味を目指すから」
「何で不味くなる方に努力しようとするの!?」
プルームのとぼけた発言にすかさずツッコむソラであったが、気を取り直し伝える。
「まあでも想定してたより全然マシだったよ、俺てっきり本当に死にそうな目にでも遭うのかなって」
「もうソラ君は! そんな訳ないでしょ、普通の材料と普通の調味料使ってるんだから」
「はは、普通に考えたらそうだよね。よし、多分シチューだけなら今日中には美味しく作れるようになるよ」
「本当? よろしくお願いしますソラ先生」
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