151話 君と出会った青天の下
そんなある日だった。
四人の子供がツァリス島に来てから一年が経ち、翼羽は団結成の資金を得る為他国のギルドであらゆる依頼を受け、任務をこなし、報酬を得るようになっていた。内容によっては修行も兼ねて、子供達も連れて任務に当たらせた。
そしてこの日受けた依頼は、とある島に巣くう魔獣の討伐任務であった。魔獣討伐は修行にはもってこいであり、翼羽はこの日も四人を連れて討伐任務に向かう。
しかし、この任務で出会った魔獣は依頼内容と違っていた。当初は下位魔獣の群れを討伐するだけの任務であった筈だが、島には想定外な程大群の下位魔獣と、更にはその下位魔獣を使役する上位魔獣、死の鳥フレースヴェルグが存在したのだ。
上位魔獣と呼ばれる魔獣は強大な力を持ち、竜に近い力を持つ。そのような相手に竜殲騎も無しに挑むのは自殺行為である。しかし既に竜殲の七騎士と並ぶ程の力を付けていた翼羽にとってはその限りではない……あの日の零と同じように。
しかしこの日は、守らなくてはならない存在が四人もいた。翼羽は下位魔獣の大群を捌きながら上位魔獣フレースヴェルグと激闘を繰り広げ、遂には討伐に成功する。だが四人を庇いながらの戦いの末、フレースヴェルグから致命傷に近い傷を負ってしまったのだった。
それから四人は、急いで翼羽をグリフォンに乗せてツァリス島へと連れ帰り、応急的な処置を施し部屋のベッドに寝かせた。
重症を負い、呼吸が浅くなっていく翼羽を見て、号泣するフリューゲル、デゼル、プルーム。
「……翼羽姉、俺達のせいで」
「嫌だよ、あの時と同じ思いなんてしたくないよ!」
「翅音さん助けて! 翼羽姉が!」
そんな懇願を受け、翅音は口惜しそうに首を横に振った。それを見たフリューゲル達の前に、もうどうする事も出来ないという現実が突き付けられた。
その時だった。エイラリィの額に突然剣の紋章が輝いた。
「え、エイラ?」
そしてエイラリィは前に出ると翼羽の腹部の傷に両手をかざす。
「死なせない、大切な人はもう誰も!」
そしてエイラリィの掌から発せられる青白く淡い光に翼羽が包まれると、次第に傷が塞がっていく。
それは後に〈癒掌〉と名付けられるエイラリィの竜殲術であった。翼羽を救いたいという強い思いをきっかけに聖衣騎士への覚醒を果たしたエイラリィ。
「傷が塞がった!」
「す、すごい」
「エイラ、聖衣騎士に覚醒出来たんだね」
エイラリィの力で翼羽の傷が治癒され、表情を綻ばせるフリューゲル、デゼル、プルーム。しかし、翅音の険しい表情は変わらない。
「確かに傷は塞がった、だが血を流しすぎてる。後は助かるかどうかは翼羽の気力と神の気分次第だ」
「……そんな」
※ ※ ※
その時、翼羽は一人暗闇の中を歩いていた。自分の意思とは裏腹に歩みを止められず、ただ先の見えない何処かへと向かっていた。そして繰り返される自問自答。
――どうして私は、こんな所にいる?
あの子達を庇ったからだ。あの子達を見殺しにしていれば、上位魔獣相手でも多分圧倒出来ていた。
――何で私は、あの子達を庇った?
四人を失えば、目的の達成が遠のく。私の為にあの子達を失う訳にはいかなかった。だからあの時はああするしかなかった。
――自分の命を投げうってまで?
わからない。私は死ねない、死ぬ訳にはいかない。神鷹を殺すまで、エリギウスを滅ぼすまで……そう思っていた筈なのに何でこんな選択を。
――悔いは無い?
悔いが無いなんてある筈がない、私はまだやらなきゃならない事がたくさんある! でも……何故だろう、きっともう一度あの場面に戻れたとしても、私はきっと同じ選択をする気がする。
――結局私は、何を守りたかったんだろう?
次の瞬間、自分が歩いて来た道から光が差し込み、翼羽はふと歩みを止めて振り返った。眩い光に手をかざしながら、その光を見つめる。
するとその光の先から、誰かが手を差し伸べていた。自分を照らすような柔らかく温かな光、どこか懐かしい思いに駆られ、翼羽は無意識に差し伸べられた手を握る。
その温もりはどこか心地よく、やはりどこか懐かしかった。
直後、翼羽は白い光に包まれた。
※ ※ ※
差し込む光が翼羽の目を覚まさせる。心地よい風を肌に感じながら翼羽がゆっくりと体を起こそうとすると、体がやけに重く感じた。
そして気付く。自分の左右にはプルームとエイラリィが引っ付いて寝ており、床にはフリューゲルとデゼルがベッドを背にして寝息を立てていたのだ。
「み、みんな!」
翼羽に記憶がゆっくりと蘇り、自分の今の状況を理解し始めた。
「そっか、私……上位魔獣と戦って、それで」
直後、翼羽が寝ていた部屋の扉が開かれ、翅音が入って来た。
「おっ、目が覚めたか翼羽、中々しぶといじゃねえか」
「……師匠」
「聞いたぜ、こいつらを庇って死にかけたんだってな? お前も随分と変わったじゃねえか」
皮肉交じりでありながらもどこか嬉しそうな様子の翅音。しかし対照的に翼羽は、悲しげに目を伏せ、俯いた。
「どうしてそうしたのか解らない。私は死ぬ訳にはいかない、神鷹を殺すまで、エリギウスを滅ぼすまで……なのに」
「解らないって、そりゃそんなもんより、単にこいつらの方が大事になっちまったからじゃねえのか?」
翅音の言葉を聞き、すやすやと眠る四人の寝顔を見る翼羽。そんな翼羽に翅音が続ける。
「そいつら、一日中夜も寝ないでお前に付きっきりだったんだぞ、こいつらにとってはお前が大事なもんってやつなんだ」
翼羽は、顔を俯かせたまま、囁くように返す。
「……怖いんだ」
「ん?」
「私にとってはずっと、神鷹とエリギウスに対する憎しみだけが生きる糧だった。それだけを目的に生きて生きて生きて生き抜いた。……でも、あの子達と触れ合う内に、憎しみが次第に薄れていってる事に気付いた。ううん、気付いていたけど気付かないふりをしていた」
「…………」
「私が私じゃなくなる、生きる糧を失う、それが怖い」
翼羽は想いを吐露するように、声を震わせて言った。すると翅音は後頭部を掻きながら、どこか飄々とした様子で返す。
「いいんじゃねえのそれで」
「え?」
「誰かの為に奮い立つ、誰かの未来の為に戦う、それだって立派な生きる糧じゃねえか」
そして翅音は翼羽の目を真っ直ぐに見ながら続ける。
「――零がそうだったようにな」
その瞬間、翼羽の両目から何かが零れ落ちた。それは次から次へと溢れ、零れ続ける。翼羽はそれに触れ、濡れた指先を不思議そうに見つめた。
「え、嘘……何これ……私の……涙?」
捨てた筈だった。感情も涙も、あの日捨て去った筈だったのに、それは次から次へと溢れ出す。そして翼羽はゆっくりと悟る。
「そっか、私誰かの為に戦っていいんだ。誰かの未来の為に……戦えるんだ」
涙とは裏腹に、心はどこまでも温かく、どこまでも自由だった。
次の瞬間、隣で寝息を立てていたプルームが目覚める。
「翼羽姉、目が覚めたの!」
その歓喜に溢れた声に、他の三人も次々と目覚め、翼羽の元に集う。
そして翼羽が泣いている事に気付くと、それぞれの反応を見せる。
心配そうに顔を覗き込むエイラリィ。
「まだどこか痛むんですか?」
翅音を睨み付けるフリューゲル。
「翼羽姉を虐めんなよ翅音さん!」
再び寝かせようとするデゼル。
「まだ寝てた方がいいよ翼羽姉」
そんな四人を翼羽は抱き寄せた。
「大丈夫だよ……もう、大丈夫だから」
そして笑顔を浮かべながら優しく伝えた。それは新しい決意と、新しい希望が生まれた瞬間だった。
すると、翅音が不意に言う。
「いやあ、翼羽が死ななくて本当に良かった」
「師匠も心配してくれたの?」
「ん? いや、お前が死んじまったら俺が密かに造ってたあれが無駄になっちまうとこだったからな」
「なによそれ……っていうか密かに造ってたあれって何?」
翅音が自分を心配してくれてた訳ではないと分かり、目を細めて不服そうに尋ねる翼羽に、翅音は無邪気な笑みを浮かべた。
「見たいか? ん? 見たいだろ?」
それから……あからさまに肯定を期待する翅音に、翼羽は仕方なく付いて行き、聖堂の隣に建てられた格納庫へと辿り着く。
「こ、これ!」
そこにそびえるとあるものを見上げ、翼羽は目を丸くした。そこにあったのは灰色の彩色、つまり雲の聖霊石を核とした一振りのソードであった。しかもそのソードはある宝剣とそっくりであったのだ。
「このソード……天十握と瓜二つ」
「このソードは叢雲つってな、天十握の設計を元にして翼羽専用に造り上げた宝剣だ」
「宝剣……私の?」
自分の宝剣を翅音が造ってくれていた事が不思議だったのか、翼羽はまだ呆けた様子で叢雲を眺めていた。そんな翼羽に翅音が照れ臭そうにそっぽを向いて伝える。
「お前昔言ってたろ、俺に宝剣造ってくれってよ」
それを聞き、翼羽は不意にくすくすと笑みを零した。
「それ、百年以上昔の話でしょ? もう忘れちゃったよ」
「んだよ、造ってやって損したぜ」
「あ、でも師匠、っていうことは私が立派な騎士になったって認めてくれたって事?」
「ちゃんと覚えてんじゃねえか!」
翅音の指摘を受け、翼羽は再び笑みを零した。そして再度、ゆっくりと叢雲を見つめた。
すると叢雲の姿が天十握と重なって見え、かつて天十握を操刃していた翼渡と零の姿が目に浮かぶ。
翼羽はそっと目を閉じると、胸に手を当て朗らかに笑んだ。
「ありがとう、師匠」
※
その後、翼羽は島の中央にそびえる桜の大木の下で、舞い散る花びらを見上げていた。
この桜は昔、翅音が植えた苗木が成長した桜であった。
また、この日は雲一つ無い青天、しかし翼羽が零と出会った日のように雨が静かに降っている。
そして、須賀の里にある小高い丘で咲き誇っていた桜を思わせるような桜吹雪に抱かれながら翼羽がそっと言う。
「随分と時間がかかっちゃった。そして遠回りもした。でも、私もここから始めるよ。零から……一歩ずつ。そして私もいつか君のように、大切な誰かを守れる騎士になってみせる、君と並んで歩けるように」
翼羽は桜の木を背にすると、ふと空を見上げた。
「私も好きだよ零……大好きだよ」
青天の中、静かに降りしきる温かな雨の下、翼羽はゆっくりと歩き出した。
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