150話 諷意にて不易な想い
それから、ツァリス島で騎士団結成の準備を進めながら、その礎とも成り得る四人の子供達の育成に、翼羽は励んだ。
四人の子供達と共に修行に明け暮れながら過ごす日々。しかしそこには様々な問題が立ちはだかり、翼羽は頭を悩ませるのだった。
四人の中で唯一人、覚醒騎士になれず未だ蒼衣騎士であるエイラリィは、日が沈んだ竹林の中で一人剣を振り続けていた。
そんな必死なエイラリィを見て、翼羽は思わず声をかけた。
「エイラリィ、まだやってるの?」
「翼羽姉さん」
「闇雲に剣を振るえば強くなれるってものでもない、それに休息も修行の内だよ」
するとエイラリィは剣を振る手を止めて、翼羽を見た。そしてどこか思い悩んでいるように俯いて言う。
「どうすればいいかわからないんです」
自分は未だに覚醒騎士になれておらず、このままではいつまで経っても姉であるプルームに追い付けない、そしてラッザとの約束もいつまで経っても果たせないまま……強くなるという言葉が、今の自分にはどうしようもなく遠いと、エイラリィは己の心の内を吐露する。
エイラリィから感じる劣等感と焦り、翼羽はそれを知っていた。
――ああ、この子はあの日の私と同じだ。自分よりも才に恵まれた存在の影に怯え、自分の無力さに打ちひしがれて、それでも届かない何かを追い求める。傷付いて、立ち止まって、もがき続けている。この子はきっと、あの日の私そのものなんだ。
「エイラリィは誰よりも優れた洞察力と冷静な判断力を持っている。そして窮地の中でも他人を思いやる力がある。それは何にも代えがたい才能で、それを持っている者は必ず強くなれる」
その翼羽のその言葉を聞き、エイラリィは目を見開いた。
「その言葉は……」
「そう、あの時のラッザの言葉。あの言葉覚えているんでしょ?」
「…………」
「あなたが信じていた人の言葉、少しは信じてみたらどう?」
――私がこの子に心からかけてあげられる言葉……きっと無い。今のは上辺だけの言葉だ。この子を奮い立たせて、いつか聖衣騎士に覚醒させる。この子が騎士の道を諦めてしまえば、私の目的が遠のくから。だから――
その時、竹林の影から何かが飛び出て、エイラリィに飛び付いた。それはプルームであり、エイラリィの帰りが遅いのを心配したプルームが迎えに来て、たまたま翼羽とエイラリィが話しているのを聞いていたのだった。
プルームはわんわんと泣きながらエイラリィに抱き付きついて頬を摺り寄せ、エイラリィはそんなプルームの様子にたじろいだ。
「ね、姉さん?」
「エイラがそんなに悩んでいたなんて私知らなったよ、ごめんねエイラ」
すると嗚咽しながらもプルームがエイラリィに伝える。
「だけど私はエイラが思っている程全然強くないよ、私だってずっとラッザ先生を死なせちゃった事後悔してる。私がもっと強かったら……私がもっと上手く出来てたらって」
四人の中で一番明るく、いつも悩みがなさそうに振る舞っていたプルームが、心の奥底では責任を感じていた事を翼羽とエイラリィは知る。そしてプルームは続ける。
「だから……強くなろうよ、一緒に。私はエイラと一緒に強くなりたいんだよ」
その言葉を聞いて、翼羽が呆然となる。
一緒に強くなろう。それはかつて零が自分に言ってくれた言葉だった。そして心を救ってくれた言葉だったからだ。
「ごめんね……ごめんね姉さん。一人で悩んでたりしてごめん」
エイラリィもまた涙を流しながら、プルームと抱き合った。しかし涙に塗れるその表情はどこか晴れやかであった。
そんな二人を見て、翼羽は葉桜の木の下での自分と零の姿を重ね合わせ、優しい微笑みを浮かべた。しかし直後、そんな自分に気付くと頭を振って笑みを消すのだった。
四人の中で最も剣の才に恵まれていたデゼルは、恩師を自らの手で死なせてしまった事が原因で、剣を握る事が出来なくなってしまっていた。
「駄目なんだ、僕は剣を握ろうとすると震えが止まらなくなる。僕はきっともう、騎士として戦う事が出来ないんだ」
その事で思い悩み、デゼルは自分の存在価値を見出せずにいた。
「仲間を……この空を守れる騎士になるってラッザ先生に誓ったのに、僕は剣を握る事すら出来ない。僕にはきっと何も守れない。それにきっとラッザ先生は僕の事を恨んでる」
そんなデゼルに、翼羽が伝える。
「剣だけが騎士の道じゃない。それに君の能力は誰かを守る為にある、騎士として戦う事が出来ないなんてある筈が無い」
「…………」
「剣が握れないなら盾になれ。味方を守り抜く強固な盾そのものに。それは君の生き方そのものでしょ」
「盾……僕が」
その言葉に、デゼルは何かを見出したかのように俯いた顔を上げた。
――任意の場所にあらゆる攻撃を防ぐ盾を出現させるデゼルの能力は強力だ。このまま騎士を諦めさせるのは惜しい。私の為に……私の目的の為に。
そう心の中で呟いた翼羽であったが、無意識に言葉を続けていた。
「それに、大切な人に生きていて欲しいと願った者が、その人を恨むなんて事がある訳ないでしょ」
「……翼羽姉」
「ずっと願ってる。大切な人が笑っている事を、大切な人が顔を上げて真っ直ぐに歩んでいる事を」
――何で私、そんな事……だとしたら、零は今の私を見てどう思うんだろう?
四人の中で唯一復讐心を抱き、スクアーロを殺す為に強くなろうとしているフリューゲル。
黙々と長距離から的に向けて弓銃から矢を放ち、鍛錬を続けるフリューゲルに、翼羽が声をかける。
「フリューゲルは以前、白刃騎士を目指してたんでしょ? しかも狙撃騎士になる事を嫌悪していたって聞いた」
「ああ、それがどうした?」
「でも今は、狙撃騎士となる道を選んだ。それもラッザとの約束だったから?」
すると、フリューゲルは弓銃を下げ、ゆっくりと返した。
「俺にとってはそれが一番強くなる為の近道だからだ。奴を殺せるならどんな手でも使う、プライドだって拘りだって捨ててやる」
そしてフリューゲルは拳を握り締め、怒りに満ちたような鋭い瞳で続ける。
「俺は必ず殺してやる、スクアーロの野郎を必ず!」
そんなフリューゲルを見て翼羽はハッとした。
――まるで今の自分を見ているようだ。復讐に憑り付かれ、憎悪に身を焦がす。この子にそんな道を歩ませてはいけない……けどどの口がそれを言う?
※
翼羽は一人、切株に座りながら、深い溜息を吐いた。そんな翼羽の様子を見て、翅音が話しかける。
「よう翼羽、随分とお疲れじゃねえか?」
すると俯きながらそっと呟く翼羽。
「師匠……人を育てるのって難しいね」
「ど、どうした急に?」
皆色々悩みを抱えていて、皆を強くしなくてはならないのに上手く導けない、皆を上手く引っ張っていけない自分が情けないと、翼羽は返す。そして、少しは力を貸してくれてもいいと、我関せずな翅音に対し不満を漏らした。
「俺は今、未来の騎士団の鍛冶として竜殲騎……ソードを造ってて忙しいんだ。それにあいつらはお前が拾ってきたんだ、ならお前があいつらの親代わりだろ」
自身の悩みを打ち明ける翼羽を突き放す翅音。直後、翼羽は自信なさげに小さく呟いた。
「でも……私こんな見た目だし、ちゃんと親代わりなんて出来るのかな? いずれは皆の方が大人になっていくし」
すると、目を伏せながら消え入りそうな声で漏らす翼羽に、翅音は嘆息混じりに提案した。
「そんなら威厳出るように、お前の母さん――は覚えてないか、んじゃ婆さん、飛美華様の喋り方でも真似てみれば……なんて」
それを聞き、顔を上げて表情を明るくさせる翼羽。
「師匠、それいいかも!」
「え、あ、そう? 本当にそんなんでいいの?」
適当に言ってみた案が採用され、翅音は戸惑いながら返した。
「もう、師匠が言い出したんでしょ!」
その日、修行を付ける為に、翼羽は竹林の鍛錬場に四人を集めた。そして四人の前で腕を組みながら言う。
「今日の修行は集団戦、お主達四人は連携を駆使してわしに一撃でも当てれば合格、日没までに一撃も当てられなければ失格、よいな?」
突然口調が変わった翼羽に、どこか動揺した様子の子供達。触れていいのか触れてはいけないのか探ろうとしていると、プルームが切り込む。
「どうしたの翼羽姉、何か喋り方変だよ?」
それを皮切りに、フリューゲルとエイラリィも続く。
「ああ、何か婆さんみたいだぞ翼羽姉」
「頭でも打ったんですか?」
すると翼羽は笑み一つ零さず、威圧感を漂わせながら怒鳴る。
「やかましいぞ、一々茶化すな阿呆共!」
「な、何か怖い」
そんな翼羽に怯えた様子のデゼル。そして翼羽は四人に対し言う。
「とにかく始めるぞ、さっさと来い!」
「「「「はい!」」」」
――おっ、作戦成功かも。
※
いつしか……翼羽は四人と触れ合う内に、失いたくない日々が心に刻まれていくのだった。
目的を果たす為だけに四人を連れ帰ったつもりだった。しかし、ひたむきに、真っ直ぐに、一生懸命に、ただ未来へと突き進もうとするその姿を見て、翼羽はいつの間にか自分の中で何かが変わり始めているのを感じていた。
それでも翼羽はそれを認めようとしなかった。必死にそれを否定し続けた。神鷹を殺す、エリギウスを滅ぼす、ただそれだけが自分の生きる糧であり、生きる理由だと信じていたからだ。
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