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146話 紅蓮の神気

 場面は屋敷の大広間。零の天十握(あめのとつか)に訪れた変化を、鏡に映し出された映像越しに目にした翅音(しおん)が驚愕の表情を浮かべた。


「零の奴、滅・附霊式を会得してやがったのか。だがまさか、事前情報無しで“クサナギノツルギ”を発動させるとはな」


 翅音(しおん)が口にした聞きなれない言葉に、翼羽がもの問いたげに呟く。


「クサナギノツルギ?」


萠刃力呼応式殲滅形態(クサナギノツルギ)。開花したばかりの刃力、つまり萠刃力に呼応して、一時的に騎体性能を爆発的に上昇させる器能だ」


 それを聞き、翼羽は希望を抱いたように表情を明るくさせる。


「性能を爆発的に……じゃ、じゃあ――」


「いや」


 しかし、翅音(しおん)はすぐに首を横に振った。


「萠刃力の元となる刃力の種っていうのは、体内に僅かにしか存在しねえ、恐らくそう長くは保たねえ」


「……そんな」



 場面は再び零と増援部隊が激突する戦場。


 増援部隊の部隊長は恐怖で顔を歪め、その体を激しく震わせていた。


 天十握(あめのとつか)は紅蓮の隻翼を羽ばたかせながら空を翔け巡り、まるで流星を彷彿とさせる程の高速騎動を見せながら、次々と増援部隊のカートルを斬り裂いていく。


 十騎……二十騎……五十騎……百騎……そして……


「そ、そんな馬鹿な! たった一騎でひゃ、百四十騎のカートルを撃墜させたというのか! 何だ、何なんだあの化物は!」


 部隊長は、体だけでなく声も震わせながら、零に対する畏怖に満たされていた。



「ハアアアアアッ!」


天十握(あめのとつか)の赤い双眸が瞑色の空に線を引き、羽刀型刃力剣(スサノオ)が幾重にも奔る閃光を放ち、斬り裂かれ爆散する騎体が闇を払う。


 そんな圧倒的な力を発揮する天十握(あめのとつか)と零、神速と比喩すべき騎動性と、神業と言うべき操刃技能及び剣技であった。


 とは言え当初二百五十騎からなる竜殲騎から一斉攻撃を受けては無傷を保つ事は不可能であり、天十握(あめのとつか)の装甲は既に崩壊しつつあった。


『何を手こずっている! 奴の騎体は吹けばバラバラになる程損傷している、もはや虫の息だ!』


 部隊長の言う通り、恐らくあと一撃損傷を受ければ騎体の爆散は免れない。しかし零の天十握(あめのとつか)が増援部隊を半壊させたのは、その状態に陥ってからだ。そして未だその勢いは衰える事を知らない。


「まだだ……まだ!」


 零は迫り来る光矢の雨を搔い潜りながら、羽刀型刃力剣(スサノオ)を更に奔らせる。一騎、二騎、カートルが一刀の元に両断され、二刀の元に四散する。


 そして複数のカートルが一斉に天十握(あめのとつか)に向けて突撃し、刃力剣を振るった。しかし天十握(あめのとつか)は一瞬で、突撃してきた騎士の視界から消えると、背後から輪状の光刃を放ち、拡張していくそれが複数のカートルの胴をまとめて切断し、爆散させた。


「ハアッ、ハアッ、ハアッ! まだ……だ!」


気が付けば既に日は沈んでおり、空は完全に闇へと染まっていた。


 この時点で零の、カートルの撃墜数は百五十を超える。


 だがその瞬間、天十握(あめのとつか)の紅蓮の隻翼が消失し、動きが停止した。


『奴の騎体が止まった、今だ! 討ち取れええええ!』


 部隊長の懇願にも似た叫びが闇夜にこだます。





 屋敷の大広間では、日没を待っていた翅音(しおん)が動く。


「日が沈んだ、行くぞ翼羽様」


 翅音(しおん)は、呆然としながら目前の鏡を見つめ続ける翼羽の手を引いて立たせようとした。しかし、翼羽はその手を振り払う。


「嫌、離して翅音(しおん)! 零がまだ戦っているのに私だけ逃げるなんて、そんな事出来る訳ない!」


 その時、翅音(しおん)の怒号が大広間に響いた。


「馬鹿野郎!」


「…………」


「零が今たった一人で何の為に戦ってるのかも理解出来ねえのか! 零はお前を守る為に戦ってるんだ。あんな馬鹿げた戦力差で、ただの一度も逃げようともせず、たったの一歩も退く事もせず。お前がここに残って奴らに殺されれば零のやってる事は全て水泡に帰す。お前は零を那羽地一の間抜けにするつもりなのか!?」


 翅音(しおん)の叫びに、翼羽は抵抗する力を無くすと、翅音(しおん)は翼羽を引いて翼獣舎へと足を急がせた。


「……行くぞ」


 二人が翼獣舎に辿り着くと、既に翅音(しおん)から脱出を促されていた伝令役等の家臣達が、八咫烏に乗って各々空へと飛び立っていった。


 すると、翅音(しおん)は常に被っていた黒子頭巾を取り払い、翼羽の前で初めて顔を露わにさせた。


 銀色の髪と無精髭、先端が尖った耳。その容貌は異国の民、イェスディランの民の特徴を持つ老年の男性であった。


 続いて翅音(しおん)が深く目を瞑ると、額に剣の紋章が輝いた。


「いける、今なら……この道筋を通れば敵に発見される事はねえ」


 翅音(しおん)は何かが見えているかのように呟いた後、翼羽を愛鳥の八咫烏 黒天丸へと跨らせ、自身も黒天丸へと跨ると、翼羽の背後から腕を回して手綱を握った。そして黒天丸を夜天へと飛び立たせるのだった。


 

 およそ百騎のカートルが、零の天十握(あめのとつか)に一斉掃射を開始した。


 動きの止まった天十握(あめのとつか)がその光矢の嵐を受け崩壊していく。


「…………」


 崩れていく騎体、その操刃室の中で、零は穏やかな表情を浮かべながらそっと目を閉じた。




※      ※      ※      



 翼羽、お前が(れい)という名前をくれたあの日、俺の人生は始まったんだ。


 そして(ぜろ)から一歩ずつ、お前と一緒に進んだ。

 初めは翼渡様を倒したくて騎士を目指して強くなった。でもいつの間にか翼羽の笑顔を守りたくて騎士をやっている自分に気が付いた。


 そして約束したんだ、翼羽から託された夢を叶える。翼羽の守りたかったものは俺が守ると。


 でもその約束……守れそうにないみたいだ。


 翼羽との約束、破ってばかりだな。


 ごめんな……俺は翼羽の大切なもの、何も守れなかった。……何一つ。


 だけど、お前が生きる未来だけはそこにあってほしい。


 俺はいつも側にいるから、側でずっと見守ってる。それだけは約束するよ。だからどんな時でも絶望を受け入れないでほしい。


 ……翼羽に会えて……よかった。



※      ※      ※      




 黒天丸の背中に乗り夜天を翔びながら、翼羽はふと振り返る。


 ――今、零の声が聞こえた気がした。


 次の瞬間、遠い空の向こうに一つの閃光が瞬き……そして消えた。


 翼羽は静かに、全てを悟った。その両目に涙を溢れさせながら嗚咽する。


「零、私まだ零に何も伝えてない……零に何も返せてないのに。零……零」


 こぼれ落ちる涙は、暗き空へと誘われて消えた。

146話まで読んでいただき本当にありがとうございます。もし作品を少しでも気に入ってもらえたり続きを読みたいと思ってもらえたら


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どうぞ宜しくお願い致します。


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