145話 僅かに灯る小さな希望だとしても
場面はエリギウス王国の増援部隊。エリギウス王国第一世代主力量産剣カートルを二百五十器率いる部隊長は、自身が操刃するカートルの中で嘆息しながら心の中でぼやいていた。
――こんな辺境の島国の片割れを滅ぼす為に、よもや一個師団相当の戦力を投入するとは。しかも聞けば鳳龍院家の騎士というのはラドウィードの騎士と、ラドウィードの騎士にすらなれない騎士もどきしかいない。俺達オルスティアの騎士のように進化も出来ず、地を這いずり回る事しか出来ない連中。ましてや戦力はもう尽きかけているではないか。
国王の独断的な命により、戦力を過剰に割かれているこの現状に、部隊長は嘆きにも近い感情を抱く。
「陛下はそうまでして竜祖の血晶とやらが欲しいというのか」
部隊長は一人そう呟きながら、再び深く嘆息し、部隊を須賀の里に向けて進軍させるのだった。
一方、間もなくエリギウス王国の部隊との接触が迫る零は現状の把握に努める。操刃室内の刃力貯蔵量の計測器を確認すると、既に自身の刃力量は枯渇寸前であった。
――あと俺はどれだけもつ? あと俺はどれだけ戦える?
退く訳にはいかない、すぐに終わる訳にはいかない、それでも刃力の量という絶対的な現実がその決意を嘲笑う。
零は思考を巡らせ、走馬灯のように過去を振り返り、自身が戦い抜く為の方法を摸索し続けていた。
そして遂に辿り着く。
「そうか……俺にはまだ刃力がある」
零は一人呟きながら、かつて翼渡に稽古を付けてもらっていた時の事を思い出した。
※ ※ ※
「零、これから君に諷意鳳龍院流秘伝 都牟羽の奥義を伝授するよ」
「お、奥義を?」
奥義という響きに、普段感情の起伏をあまり見せない零が珍しく目を輝かせた。
「翼渡様、その奥義というのはどういう技なのですか?」
前のめりになって奥義について尋ねる零を見て、翼渡は軽く微笑み、そして答える。
人の体内には刃力になる前の刃力、いわば刃力の種が存在する。この奥義は刃力の種を強制的に開花させ、萠刃力と呼ばれる力に変えて戦うというものであり、これをする事によって一時的に刃力の絶対量を増やす事もでき、刃力が切れたとしても少しだけ長く戦う事が出来ると。
それを聞き、零はあからさまに興味を無くしたように目から輝きを失わせ無表情になった。
「え、何その反応?」
「……いやだって、翼渡様が奥義っていうから凄い技なのかと思ったら地味というか、何というか」
「じ、地味って零、何を言っているんだい! 刃力量を少しだけ増やせるんだよ! 少しだけ長く戦えるんだよ!」
「え、いや、だからそれが……」
“地味”だと零は言いかけたが、必死に食い下がる翼渡を見て不憫になり、零は渋々奥義の修行を開始するのだった。
それから半日かけ、零は竜域に入りながら自身の体内に存在する刃力の流れを読みつつ、その中で更に矮小で僅かにしか存在しないという刃力の種の存在を探す。しかしそれは極限の集中状態の中ですら困難を極め、更にはその先に刃力の種を開花させるという微細かつ高難度の刃力操作が待ち受けていた。
零は幾度も幾度も奥義修得に尽力するも、遂には……
「駄目だ、刃力の種が全然見つけられない」
「ははは、いくら零でも初日で会得するのは無理だと思うよ。もっと深く、もっと濃く自分自身を知り、刃力の流れを知り、刃力の声を聞かなくてはこの奥義は使えない」
すると零は竜域を解除させると、溜息混じりに言う。
「はあ、もういいです」
「ええっ! もういいってどういうあれ?」
「別にこれはもう修得しなくてもいいって事です」
「修得しなくていいって、これ奥義だよ! 零、君は奥義ってものに浪漫を感じないのかい!?」
再び必死に食い下がる翼渡を、今度はあしらおうとする零。
「だってこの奥義、刃力になる前の刃力を強制的に使えるようにするって事は、単に前借りして刃力を増やす為のものって事ですよね」
「いや、まあ、確かにそうなんだけど」
「俺は刃力が人より多いです、そこまで苦労してこの奥義とやらを修得しても使う時が来るとは思いません。それよりも俺の場合他の都牟羽を更に磨いた方が効率的だと思うんですが」
「そ、そんな冷めた事言わないでくれよ零」
奥義の有用性を否定され、伝授までも拒否されたことで、翼渡はあまりの寂しさから涙目になって零にすがりついた。
「な、何で泣いてるんですか翼渡様」
※ ※ ※
ーーすみません翼渡様、俺が間違っていました。少しでも長く戦えるという事は、それだけ長く誰かを守れるという事なんですよね。でも今なら分かる、己の刃力の流れが、刃力の声が。
「だから翼渡様……諷意鳳龍院流の奥義、お借りします」
すると零は深く目を瞑り、己の体内に存在する刃力の種を探り……そして開花させた。
「都牟羽 滅・附霊式!」
零が開眼と同時に奥義を発動させた次の瞬間、体内から光のような淡い輝きが立ち上る。そして、操刃室内の刃力貯蔵量の計測器を確認すると、枯渇寸前であった刃力量が僅かに回復していたのだ。
同時に零の天十握は、二百五十器のカートル、エリギウス王国の増援部隊の元へと到達した。
「刃力量が増えた、まだ戦える……だが」
――天十握の損傷が直った訳でも、性能が上がった訳でもない。それにこの数!
覚悟を決め、奥義を発動させ、それでも尚、絶望的な戦力差を前に零は無意識の中で、改めて勝ちの目が無い事を覚る。
直後、増援部隊を率いる部隊長からの伝声が零に入った。
『その器体識別信号、貴様は鳳龍院家の騎士だな? たった一器で我らの前に立ち塞がるとは何のつもりだ?』
それを聞き、羽刀型刃力剣を構えて臨戦態勢を取る零を見て、そのあまりの無謀さに部隊長は唖然とする。対し、零は敵増援部隊全器に向け伝声を送った。
「この先に進もうとする者は、誰であろうと斬って捨てる」
瞬間、空域にエリギウス王国の騎士達の笑いがこだました。目の前には隻腕の宝剣がたった一器。零の言葉はただの虚勢。否、それすらも通り越し、大軍を率いるエリギウス王国の騎士達には戯言にしか聞こえなかった。
事実、本人ですらも己が滑稽に見えている事は理解していた。
――くそ、脅しにもなりはしない、それでも……少しでも時間を稼ぐんだ。
だが無情にも、エリギウス王国の騎士達は零の天十握を撃墜させるべく、複数器が刃力弓を抜き、そして構えた。
退くつもりは無い、命が惜しい訳でも無い、それでも零の心が折れかける。その時、不意に過ったのは、かつて翼羽が落ち込む自分を元気付けようと教えてくれたとある詩だった。
《じゃあ零に元気が出るおまじないを教えてあげるね》
《元気が出るおまじない?》
《そっ、父様に教えてもらった詩なんだけど……諦めそうになったり、挫けそうになったり、もう駄目かもって思ったら思い出しなさいって》
そして零は、ふとその詩を口にする。
「緋き其の想いは諷意にて不易、恐れるな、背けるな、刃の如く、焔の如く、紅蓮の神気を誘い纏え」
次の瞬間、天十握の双眸が赤い閃光を放つ。更に天十握の各推進器から放出される刃力の色が透明となった事で形成されていた騎装衣は消失し、代わりに右背部の排出口のような部分から大量の赤い粒子が放出され、紅蓮の隻翼を形成させていた。
「何が起きたんだ?」
天十握に突然起きた現象と、その変化に零は戸惑う。しかし湧き上がる凄まじい力を感じると、零はすぐにそれを受け入れ、戦闘態勢を取った。
「関係無い、使える力なら使うまでだ!」
そして零の天十握と、増援部隊である二百五十器のカートルが紅蓮の空で激突する。
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