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137話 内通者

「竜祖の血晶はあらゆる病を治す力と同時に、不老の力(・・・・)までも与えてしまう」


「……不老の力」


 勿論老いる事が無いというのは一見魅力的であるし、不老の力欲しさに竜祖の血晶を求める者も多く居た。だが話はそんな単純なものではないと、翅音しおんは改まったような口ぶりで、姿勢を正した。


 不老とは永遠の孤独、自分の大切な者が老いさらばえ、次々といなくなっていく。終わりの無い道を歩き続け、先の見えない道で惑い続ける。


 幸い竜祖の血晶が与える力は不老ではあるが、不死ではない。自ら命を断つか誰かに命を断たれるかすれば死ぬ事は出来るであろうが、結末は悲惨な末路しか訪れない。


 翅音しおんが語る不老になる事に対する深刻な問題に、二人は言葉を失う。しかし、零はそれでも前に進もうと声を振り絞るように尋ねた。


「もう一つの問題は?」


 神鷹じんおうが言っていた鳳龍院家の至宝とは竜祖の血晶の事である。もし鳳龍院家に竜祖の血晶が無いと知れれば、最初の宣言通り鳳龍院家を滅ぼしにかかるだろう。つまり竜祖の血晶を飲むという事は、同時に天花寺てんげいじ家との戦いが避けられなくなるという事なのだ。


 翅音しおんの話を聞き、自分が竜祖の血晶を飲むという事が未来にとてつもなく重大な影響を与えることを知り、翼羽は息を呑み、再び言葉を失う。


「ごめん零、翅音しおん、少しだけ一人にさせてくれる?」


 そしてそう言いながら、翼羽は一人で考え込むように庭に落ちる桜の花びらを見つめていた。



 翼羽の気持ちを汲み、その場から静かに立ち去る零と翅音しおん。すると翅音しおんは一度振り返り翼羽の背中を見つめた後、天を仰ぎながらそっと呟く。


「行くも地獄、行かぬも地獄……だが道は必ず、何処かへと繋がっている」


 一方、神妙な面持ちで屋敷の廊下を一人歩く零。訪れた絶望、その後突如現れた希望、しかしその希望には深刻な問題が付きまとう。だが自分では出せない答に惑い続ける零に、雪加が不意に声をかけた。


青天目なばため、翼羽様の体調は大丈夫なんすか?」


「ああ、とりあえずはな」


 含んだ答え方をする零に、雪加が更に言う。


「……翼渡様は黒死翼病で亡くなったって聞いたっす。翼羽様のあの黒い痣は、そういう事なんすよね?」


「…………」


「そうなんすね青天目?」


「ああ、そうだ」


 零の肯定に、雪加は項垂れるように肩を落とした。しかしすぐに顔を上げ、どこか希望を抱いているかのような表情で続ける。


「翼羽様……でも、きっと大丈夫っすよ、鳳龍院家には翼渡様が昔手に入れた竜祖の血晶がある、それがあればきっと助かる筈っす」


 雪加の言葉に、零が顔色を変えた。


「何故、火神が竜祖の血晶の事を知っている?」


「翼渡様が亡くなってから一ヵ月で私もたくさん調べたんすよ黒死翼病の事、そしてそれを治す唯一の方法が竜祖の血晶にあるって」


 自分を訝しむ零の態度に気付いたのか、雪加が必死に取り繕うとした、だが零は更に追及する。


 翼渡の為に黒死翼病の事について何年も調べていた翼羽でさえ、竜祖の血晶の存在は知らなかった。更に翼渡が竜祖の血晶を手に入れた事をこれまで家老騎士以外の人間は誰も知らなかった筈である。零も……翼羽ですらも直接は聞いていなかったと。


「……それは私が昔、翼渡様と家老騎士の人達が話しているのをたまたま聞いたから」


 すると零は、俯きながら更に続ける。


「五年前の祭りの帰り道、翼羽が襲撃されたあの日、俺と翼羽が祭りに行く事を知っていたのは火神、お前だけだった」


「…………」


「心の何処かで理解していたが、信じたくは無かった、受け入れられずにいた。だがもうこれ以上否定する事は出来ない」


 顔を上げ、真っ直ぐと雪加の目を見る零。


「内通者はお前だ、火神」


 瞬間、雪加は零との間合いを一瞬で詰め、懐から取り出した短刀を抜いて斬りかかった。


「くっ!」


 しかし零は咄嗟に抜刀し、その一撃を受け止めた。すると刃を交え、膠着しながら雪加は不敵な笑みを浮かべた。


「やれやれ、バレたもんは仕方ないか。でももう私の役目も終わる予定だったしな」


「……火神」


「さすがは青天目 零、こんな玩具おもちゃれる筈ないか」


 短刀の刃を舐めながらぼやく雪加を他所に、零は狼狽えた様子で問いかける。


「何故だ火神? 子供の頃から鳳龍院家に仕えていたお前が何故!?」


「聡明なお前でも動揺すると頭が回らなくなるのか? それとも未だに十七年前の八神様の反乱の話を聞いていないのか?」


 対し口の端を上げながら雪加が返すと、零はその言葉の中のとある部分に反応を示す。


「八神“様”だと!」


「その様子だと知っていたみたいだな……なら教えてやる、私は十七年前の戦いで死んだ夜刀神やとのかみ一族の竜、その竜醒の民だ。つまり人として生まれた瞬間から私は神鷹じんおう様のしもべだ」


 雪加の激白に、零は目を見開く。


「ついでに教えてやる、私の人としての真名まな御巫みかなぎ 雪加。天花寺家の分家、御巫家の人間だ」


 そう言いながら雪加は零と距離を取り、短刀を鞘に納めた。瞬間、無数の剣閃が零に向かって襲い掛かった。


塵化御巫じんかみかなぎ葬炎そうえん


「ちっ!」


 短刀から放たれる高速の連続居合。零はそれらを全てさばく。しかし、そこへ追撃。雪加が連続居合に混じらせ放った蹴りが頭部を掠め、仰け反る零。


 それでも零はすぐに体制を立て直し、視線を雪加に戻そうとする。だが、目の前に雪加はおらず、気配が消えた。


 直後、開放された窓に視線を向けると、そこには八咫烏やたがらすに跨り、空へと浮遊する雪加の姿があった。


「はあ、翼羽がどちらの選択をするにせよ、竜祖の血晶だけでも持ち帰れば神鷹じんおう様に喜んでもらえる、そう思って最後の最後に欲が出た」


 すると、八咫烏は更に浮上し、屋敷からの離脱を謀る。


「もう鳳龍院家に用は無い。次に会う時は敵同士か否か、全ては翼羽の選択次第だ。じゃあまたな青天目」


 そう言い残すと、雪加を乗せた八咫烏が飛び立ち、空の彼方へと消えていった。


「……火神」


 照れくさく、はっきりとは口にした事は無かった。だが零にとって唯一の友とも言える存在、火神 雪加の裏切りは、零に深い傷を残す。そして零は雪加の飛び去った後の虚空を、いつまでも眺めていた。

137話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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