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136話 託された希望

 その後、神鷹(じんおう)の訪問と一方的な条件の提示による衝撃に、神鷹(じんおう)達が去った後もどよめきは収まらなかった。


 そんな中一点を見つめ、一人何かを考え込む翼羽の元に零が歩み寄る。


「翼羽……あんな馬鹿げた条件を飲む必要なんてない」


青天目(なばため)の言う通りですぞ翼羽様、あやつの言いなりになれば、鳳龍院家は天花寺家の支配下に置かれるだけです」


 零の提言に、藤堂もまた便乗し、条件を蹴るよう促す。しかし翼羽は俯き沈んだ表情のまま返した。


「……でも神鷹(じんおう)の条件を飲まなければ、天花寺家との戦が始まってしまう」


「だからと言って――」


「――私は父様から鳳龍院家を導く当主になれと言われた。今私が神鷹(じんおう)の求婚を断れば、鳳龍院家は滅びてしまう。だから道はもう一つしかないんだよ!」


「そんなの間違ってる!」


 翼羽の絶望を表すかのような悲痛な叫びに、零もまた声を荒らげ叫ぶ。


「それで一時鳳龍院家が救われたとして、お前の幸せはどうなる? そんな事翼渡様が本当に望んでいると思うのか?」


「……私だって……私だって本当は好きな人と一緒になりたい。でもどうしようもないじゃない!」


 翼羽がそう反論した直後。突然、翼羽の体がふらつきだす。


「これ以上はもう……どうしようも……ない」


 そしてそう吐露しながら、翼羽はその場に倒れ込み、零がその体を支える。


「翼羽! 大丈夫か翼羽!?」


 その手に伝わる違和感に、零は気付く。


 ――凄い熱だ。



 こうして即位式は実質的に中断となり、自室に運ばれた翼羽は何故か医者は必要無いと診察を拒み、女中達に着替えのみを任すのだった。


 そして翼羽の部屋の前で零が待機していると、翼羽の着替えを終えた女中達が部屋から出てくる。また、その中には雪加の姿もあった。


 すると雪加は、心配そうに翼羽の部屋の前で待機する零に声を掛ける。


「よう青天目、翼羽様の着替え終わったっすよ。今は安静にしてる」


「……そうか」


「いつもなら『覗いてなかったすか?』なんて茶化してやるところなんだけど、今はそれどころじゃないっすね」


 すると普段ちゃらけている雪加の神妙な態度に、零は何かを察する。


「何かあったのか?」


 零の真剣な問いに、雪加は少しだけ間を空け、意を決したように答えた。


「翼羽様から青天目(なばため)には言うなって言われたんすけど、そういう訳にもいかないっすよね?」


「何の事なんだ、はっきり言ってくれ火神」


「落ち着いて聞け青天目。さっき翼羽様を着替えさせた時目にしてしまったんすけど、翼羽様の胸元に黒い翼の痣があって……あれってやっぱり」


 何かを言いかけ口ごもる火神。そして零は項垂れ、真っ白で空虚な時間だけがいつまでも流れていた。





 翌日。


 屋敷の縁側に座る零と翼羽、二人の姿がそこにあった。


 突然訪れた絶望に飲み込まれそうになりながら、零は意を決して黒い翼の痣の事を翼羽に尋ねることにしたのだ。


「雪加め、黙っててって言ったのに早速零に言っちゃうなんて口が軽いんだから」


「……いつからなんだ?」


 翼羽の胸元に痣が現れたのは今から一年程前。初めは目を凝らさなければ分からない程に薄い痣であった。しかし痣は日に日に濃くなっていき、次第に黒い翼のような形を造った。それと同時に体が少しずつ重くなり、発作のように熱が出たり、胸が苦しくなったり、様々な症状が出るようになった。


 そう言いながら翼羽は、舞い散る桜の花びらを見る。


「最初は信じたくなかったんだけど、父様と同じ黒死翼病が発症しているんだってもう受け入れるしかなかった」


「何で――」


 何で言ってくれなかった? そう言いかけて零は言葉を飲み込んだ。


 ――違う。言ってくれなかったんじゃない。俺が気付けなかったんだ。辛くて、怖くて、不安でたまらなかった筈だ。でもそれを隠して、明るく振る舞って、一人で抱え込んでいた。何故気付いてやれなかった。


「気付いてやれなくて……ごめん」


「違うよ零、零が自分を責めるような事じゃない。だって私が零に知られたくなかったの、零にだけは心配や同情をしてほしくなかったから」


「……翼羽」


 すると翼羽は俯く零に笑みを浮かべてみせた。


「それにどうせ私は長くないんだから、昨日の神鷹(じんおう)の求婚を受けちゃったほうがいいと思うんだ。神鷹(じんおう)に不良品押し付けて鳳龍院家が救えるんなら儲けものでしょ?」


「そんな事言うな! 頼むから……言わないでくれ」


 気丈に振る舞う翼羽の姿が、零にとっては辛く、たまらなく苦しかった。


「ごめん」


「本当にもう、どうしようもないのか」


 目の前に迫り来る絶望。そして選択の時。零は、己が何も出来ない無力さに打ちひしがれるしかなかった。その時だった。


「たった一つだけ、黒死翼病を克服する方法がある」


 背後からの声に二人が振り返ると、そこには翅音(しおん)が立っており、零は真偽の分からないその言葉にすがりつくように、翅音(しおん)に駆け寄った。


「教えてくれ翅音(しおん)さん、その方法は一体!?」


 必死に問いかける零に、翅音(しおん)はゆっくりと言葉を返す。


「竜祖の血晶(けっしょう)、そこに黒死翼病を克服する為の鍵がある」


 初めて聞いた単語に、再び問う零。


「その“りゅうそのけっしょう”って一体何なんだ?」


 対し、翅音は語る。竜祖セリヲンアポカリュプシスの生き血には不老とあらゆる病を克服する力がある。彼方に見える世界樹には、セリヲンアポカリュプシスの生き血を吸った事で何百万年も朽ちることなく生き続けているという有名な伝説があるのだと。


「ああ、それは知っている。だがその竜祖はもうこの世には……」


「確かにセリヲンアポカリュプシスは既に死んだ。だがセリヲンアポカリュプシスは神剣を駆る竜殲の七騎士との戦いに敗れ、その死の間際、自らの生き血を結晶に変え、世界中に拡散させた」


 僅かに示された希望、零はそれに必死にしがみつこうとするかのように、翅音(しおん)の両肩を掴みながら問いかける。


「それが竜祖の血晶……それを探せばいいのか? それは何処にある? 俺が探しに行く、必ず探し出してみせる、何処を探せばいいんだ?」


 しかし翅音は無情にも告げた。残念ながら世界に拡散された竜祖の血晶の数はそれ程多くない。その殆どが既に誰かが手に入れているか、誰かの体内に取り込まれている。世界の何処かにはまだ見つかっていない血晶があるかもしれないが、心当たりも無しに探すとすれば数十年、或いはそれ以上かかるかもしれないと。


「そん……な」


 それは途方も無い話であった。少なくとも翼羽を黒死翼病から救う為にはあまりにも時間が足りなすぎる。零はがっくりと項垂れ、翅音(しおん)の肩を掴んでいた手を力無く下ろした。


「おいおい早とちりすんなって、そりゃあくまで今から竜祖の血晶を探そうとした場合の話だ」


 すると翅音(しおん)は言いながら翼羽の目を見て続ける。


「翼羽様、覚えているか? 九年前のあの日、翼渡様がある目的の為に日向の里に出向いた事を」


 それを聞き、翼羽は自身の幼い頃の記憶を呼び戻し、ハッとする。


「父様はあの日何かを探しに……そういえばあの時、野盗が父様に『竜祖の血晶を渡せ』って、確かに言ってた」


 そして蘇っていく記憶と共に、翼羽は確信した。


「父様はあの日、竜祖の血晶を手に入れていた?」


 同時に、翼羽は翼渡のとある言葉を思い出す。



《翼羽が例え騎士の道を諦めるのだとしてもこの羽刀(わとう)は常に持っていてほしい。もし絶望が訪れたとしてもきっと君を守ってくれる》



「もしかして!」


 そして翼羽は、父の言いつけ通り常に身に着け、今腰に差している羽刀(わとう)を手に持つと、見つめた。


 直後、何かに気付いたように柄頭を抜く。すると柄の中から、布に巻かれた何かが出て来た。それは真紅の小さな宝玉のような物で、生物の心の臓のように、温かくそして鼓動している。


「これが竜祖の血晶」


「そうだ、それを飲めば黒死翼病は治る」


 それを聞き、安堵と共に焦りを覚えた零が促す。


「よかった、本当によかった。翼羽、早くそれを飲むんだ」


「まあ待て、話は最後まで聞いておけ。そいつを飲めば確かに翼羽様の病は治る。だが問題が二つある」


「問題?」


 意味深な言葉と共に、竜祖の血晶を飲む事を制止する翅音(しおん)を零は訝しんだ。

136話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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