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135話 宣戦布告

 翼渡の死から一か月後。


 この日、鳳龍院家の当主代理としてその任を担っていた翼羽が、正式に七代目当主として即位する事となる。


 屋敷の庭には淡紅色の花びらがゆっくりと舞い散っていた。


 そしてそんな花びらのゆらめきを眺めながら裏庭にそびえる一本の桜の木の下で、零は小さく嘆息しながら一人物思いに耽るのだった。


 すると、そんな零の姿を見つけた雪加が声をかける。


「おい青天目なばため、でかいため息吐いてどうしたんすか?」


「……いや別に」


「ははーん」


 皮肉交じりの問いに無表情かつ冷静に返す零に対し、雪加は目を細めて悪そうな笑みを浮かべて見せた。


「さては愛しの人が遠い存在になっちまうって落ち込んでんすね?」


 そんな雪加の発言に、今度は必死になって反論する零。


「なっ! 別にそんなんじゃない!」


 零と雪加がそんなやり取りをしていると、そこへ一人の少女がやってくる。黒髪を後ろでまとめ、金色の髪飾りを着け、赤い着物にも似た羽服わふくを纏っている、それは鳳龍院家の位の高い女性がする正装であり、重要な礼式に用いられる。


「こんな所に居たの零? もうすぐ即位式が始まるんだからちゃんと近くに居てよね、君は私の近衛騎士でしょ!?」


 そして少し怒り気味に零を窘めた羽服わふくの少女は翼羽であった。


「よ、翼羽……様」


「ちょっ、急にどうしたの零? 今までそんな呼び方一度もしなかったくせに、何か怖い!」


「そうは言ってもお前は……いや、あなたは今日から鳳龍院家の当主なんだから今まで通り呼び捨てにする訳にはいかないだろ……でしょう」


 突然零が翼羽に対しぎこちなく接し始め、その不自然な喋り方にぎょっとする翼羽と雪加。


「なんすかその気味の悪い喋り方は?」


「それもそうだけど、何だか物凄く距離を感じるなあ。まっ、零がそうしたいんなら別にいいけどね」


 翼羽はむっとしながらそっぽを向く。すると雪加は正装に身を包み化粧をした翼羽の顔をまじまじと見つめながら呟く。


「いやあ、それにしても綺麗っすね翼羽様、ほら青天目なばためも何か言ってやったらどうっすか?」


「た、大変お美しゅうございます」


「……しっかしとてつもない程のぎこちなさっすね、無理すんな青天目なばため


 言いながら雪加は一人、腹を抱えて笑っていた。一方、翼羽は不満気に零を睨むと、背を向ける。


「とにかく行きますわよ零、わらわに付いてまいれ」


 そして仕返しだと言わんばかり、零に負けない程ぎこちない喋り方で伝え即位式の場へと向かうのだった。また、零は後頭部を掻きながら翼羽の後を付いていく。そんな二人のやり取りを眺めながら雪加は涙目で更に笑うのだった。



 その後、屋敷の大広間には全騎士が集結し、左右の壁沿いに建ち並ぶ。荘厳かつ厳粛な雰囲気の中、上段の間には正装した翼羽が立ち、鳳龍院家第七代目当主即位式が開始された。


 また、堂々とした立ち振る舞いの翼羽を見ながら、零は一瞬寂しそうな表情を浮かべる。


 そして宝具承継の儀、正殿の儀など、即位の儀を順に行い、やがて即位式は終盤に近付く。


 ――父様、父様の意志はきっと私が引き継ぎます。まだまだ私は力不足です。騎士としての道も諦め、当主として周囲を引っ張っていく能力もまだ無い。でも父様と……そして母様の守ったこの鳳龍院家を、この東洲は私が必ず守ってみせます。


 翼羽が心の中でそう誓いを立てたその時、大広間の戸が開かれた。即位式の途中で響いた大きな音と、戸が開かれるという不測の事態に、その場に居る全員がその方向を注視した。するとそこには戸を守っていた一人の騎士が血相を変えて入って来る。


「貴様、今は即位式の途中だぞ!」


 藤堂が即位式の途中で入って来た騎士に対し、怒鳴りつけた。


「そ、それが藤堂様……天花寺てんげいじ家の者達が――」


 騎士が激しく動揺したように言いかけたその時、その騎士を押しのけて六人程が大広間へと入って来た。その出で立ちは、袴を履き、上半身のみ軽装の甲冑を身に着け、袖を通さず羽織を羽織っている。 


 そして腰には長尺の羽刀わとう斬馬羽刀ざんばわとうを携えていた。それは天花寺てんげいじ家の騎士の羽装わそうであり、その姿で、この場に入って来た六人が天花寺てんげいじ家の騎士である事に気付いた鳳龍院家の騎士達は激しく動揺する。


「お前はあの時の!」


 零は、五人の騎士を引き連れるように先頭に立つ、一人の若い騎士を見て気付く。その男はかつて城下の祭りの帰り道、翼羽を襲った狼藉者であった……つまり。


「……天花寺てんげいじ 神鷹じんおう


「いかにも俺が、天花寺てんげいじ家七代目当主、天花寺てんげいじ 神鷹じんおうだ」


 不敵に言い放つ神鷹じんおうに、藤堂が恐る恐るといった様子で尋ねる。


「そ、その天花寺てんげいじ家七代目当主殿が一体何用で? 即位式招待の書状に返答も無く、まさか今頃になって参列しに来たと言うつもりはないでしょう?」


 対し、神鷹じんおうは不遜に返す。


「成程、確かに書状が来ていたな……だが確かにお前の言う通り、俺は別に即位式に参列しに来たわけではない。俺の目的の頃合いがたまたま今日であっただけだ」


「も、目的とは一体!?」


 そう問われ、神鷹は口の端を上げながら答えた。前々から不思議に思っていた、はたして一つの国を治めるのに二つの頭が必要なのか、と。


「なんですと?」


 すると神鷹じんおうは、上段の間に立つ翼羽の顔に視線を向けて続ける。


「俺の妻となれ、鳳龍院 翼羽」


 その一言に、その場に居合わせる鳳龍院家の騎士達が激しくざわめいた。


 そして、零は神鷹じんおうの前に出ると、羽刀わとうの鯉口を切りつつ構える。


「即位式の場で唐突に何のつもりだ? 無礼だぞ神鷹じんおう!」


「ほう、抜くつもりか? 鳳龍院家は中々獰猛な犬を飼っているようだな」


「何だと貴様!」


 怒りに震えるように羽刀わとうの柄を握り締める零に、神鷹じんおうは終始浮かべていた不敵な笑みを消し、その眼に殺気がこもる。


「それに無礼なのはどちらの方だ? 一家臣如きとはいえ、鳳龍院家の人間である貴様が天花寺てんげいじ家の当主たる俺に牙を剥けばもはや個人の問題では済まされんぞ」


「くっ!」


 その時だった。


「下がりなさい零」


 翼羽が零の肩に手を置き、たしなめるように言う。


「翼羽……様、だが!」


「これは当主としての命令です」


 凛としながら言い放つ翼羽の圧におされ、零は羽刀わとうの柄から手を離すと、渋々下がる。そして相対する鳳龍院家の当主と天花寺てんげいじ家の当主、翼羽と神鷹じんおう


「ほう、あの時はただの小娘だったが、もう当主としての風格が出ているようだな。であれば俺の妻に相応しい」


 襲撃の件を隠す事もせず、不遜に言い放つ神鷹じんおうから視線を切らさず、翼羽は睨み付けるように真っ直ぐに神鷹じんおうを見た。


「――と、言いたい所だが、今回俺がこの須賀の里を訪れたのは何も妻をめとりたいからではない」


「……では何の為に?」


「宣戦布告の為だ」


 その言葉に再び場が激しくざわつくが、零も翼羽も何処かそれを予測していたかのように冷静であった。


 すると神鷹はすかさず告げる。初めに言った通りこの国には二つの頭は必要無い。そして機は既に熟している。自分は当主たる騎士として力を蓄え、天花寺てんげいじ家は多数の覚醒騎士が育ち、竜殲騎の数も鳳龍院家よりも遥かに多く揃っている。対し鳳龍院家には覚醒騎士は一人もおらず、鳳龍院 翼渡は死んだ。そしてーー


「竜の猿真似しか出来ない騎士ですらもそこの野良犬一匹だけ。今天花寺(てんげいじ)家が鳳龍院家に攻め込めば結果は火を見るより明らかだ」


 不遜この上ない神鷹じんおうの物言いだが、藤堂を含めたその場に居る騎士達も、零も、翼羽も、反論出来ずにいた。そんな空気を察してか、神鷹じんおうは再び不敵な笑みを浮かべながら続ける。


「だがその前に機会をくれてやろうと言っている」


 鳳龍院家の当主となった翼羽が自分の妻となれば天花寺てんげいじ家と鳳龍院家は一つとなる。そして鳳龍院家の竜殲器と騎士、鳳龍院家が何処かに隠し持っているであろうある至宝(・・・・)天花寺てんげいじ家のものとなる。さすればこの那羽地なはじは他国に負けぬ盤石な地位を得るだろう。


 言い終えると神鷹じんおうきびすを返し、再び家臣であろう騎士達を引き連れて大広間の入り口へと歩く。


「返答の猶予は三日。三日後までに答をよこせ。選んだ選択は常に運命を大きく変える、せいぜい誤らぬことだな」


 更にそう言い残すと、その場から去っていくのだった。

135話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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