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133話 竜醒の民

 その後、須賀の里に帰陣し、蔵へと陣太刀を着陸させる翼羽。するとそこには藤堂の姿があり、待ち構えるように腕を組んで口をへの字にさせていた。勝手に出陣してしまった事を咎めようとしているのだと思った翼羽は、恐る恐る陣太刀から降りた。


 同時に零も陣太刀の掌から飛び降りる。


「牛鬼討伐ご苦労だった青天目なばため、宣言通り上位魔獣を一人で倒すとは恐れ入った。と、それよりも翼羽様――」


 すると藤堂は翼羽の顔に視線を向け、翼羽は零の影に隠れる。


「ごめんなさい藤堂、もうこんな事は金輪際しないから」


「その事については後で説教するとして、それよりも翼羽様!」


「はい!」


「翼渡様が目を覚まされました」


「えっ!」


 藤堂の言葉に翼羽と零が顔を見合わせる。半年間目を覚まさず、このまま目を覚ますことは無いと心の何処かで思ってしまっていた二人にとって、それはこの上ない朗報であった。


青天目なばためと翼羽様、二人で部屋に来るようにと翼渡様から言伝を頼まれております。急いで翼渡様の部屋に向かってください」


 それを聞き、翼羽と零は息を切らせながら翼渡の部屋へと足を急がせた。



 翼渡の襖が勢い良く開かれると、中になだれ込むように翼羽と零が入って来る。


「父様!」


 そして翼羽がすぐに、布団に横になった状態で目を開けている翼渡に声をかけた。


 すると翼渡はゆっくりと顔を横に向け、翼羽の方を見る。


「やあ翼羽、久しいね。少し見ない内にまた綺麗になったかい?」


 力無く、か細くはあるが、半年ぶりに聞く翼渡の声に、翼羽は目に涙を溢れさせて翼渡の傍へ駆け寄り、その手を両手で握り締めた。


「父様、私は父様が再び目を覚ます日をずっと夢見ておりました」


 その言葉を聞き、翼渡は痩せ細った手で翼羽の頭を撫で、返す。


「心配をかけてすまないね翼羽」


 直後、零が少し遅れて翼渡に歩み寄る。


「翼渡様」


「やあ零、君も少し見ない内に逞しくなったね」


「いえ、勿体ないお言葉です」


 零は翼渡にそう返すと、この場に翼渡以外の人物が二人居る事に気付いた。一人は翼羽の祖母である飛美華と、もう一人は鳳龍院家の鍛冶かぬち翅音しおんであった。


 翼渡は横になったまま神妙な面持ちで翼羽と零を交互に見て言う。


「牛鬼が相武さがむの里を壊滅させた事は既に聞いている。恐らくは神鷹じんおうが上位魔獣を操り、けしかけて来たんだろう」


 そして天井を見つめながら一拍空けて続ける翼渡。


 二人にはいつか話さなくてはならないと思っていた。だがその決心が付かないまま病状が進行し、話す機会すら無くなってしまっていた。それでも今日目覚める事が出来たのは運命なんだろうと。


「……父様、話さなくてはならない事とは何なのですか?」


 翼渡の意味深な言葉に、怪訝そうに尋ねる翼羽。


「竜と覚醒騎士の関係、そして和羽の死との関係だ」


 それを聞き、零と翼羽は表情を強張らせた。


「竜と覚醒騎士? それが母様の死とどう関係があるというのですか?」


「十七年前、翼羽が生まれた年、和羽がとある戦で戦死したという事は話したね?」


「は、はい」


 和羽の名が突如出た事で、緊張した様子で言葉を待つ翼羽に、翼渡は改まって告げる。


 十七年前に和羽はある男と相討ちになった。男の名は八神やがみ 咬真こうま。翼渡の祖父の代、つまり四代目当主の代から鳳龍院家を支えてきた熟練の騎士であり、鳳龍院家の長い歴史の中で唯一の聖衣騎士だった。だが八神はただの覚醒騎士とは違う、八神は“竜醒りゅうせいの民”と呼ばれる存在であったのだ。


「……りゅうせいの民?」


 初めて聞くその言葉に首を傾げる零と翼羽。翼渡はそんな二人になおも語る。


 古代生物である竜は二つの能力を有していた。一つは竜哮りゅうこうと呼ばれる個体ごとの固有の特殊能力。そしてもう一つは全ての竜に共通する能力……死後、他の生物へと転生する能力なのだと。


「なっ!」


 他の生物に転生する。竜がそのような特異な能力を持っていた事を聞き、唖然とする零と翼羽に、翼渡は更に続けた。


 竜が他の生物に転生し、人に仇成す存在となったものを魔獣、人と共に生きるものを幻獣と人々は知らずに呼んでいる。この那羽地に住まう八咫烏も七歩蛇も牛鬼も、幻獣と魔獣、呼び方は違えど竜の血を継ぐ生物なのだと。


 翼渡が語るのは、書物にも歴史にも記されていない事であり、零も翼羽も衝撃を受け言葉を失っていた。そして零と翼羽は更に言葉を失うこととなる。


「そして竜から人へと転生した者こそが“竜醒の民”であり、やがて人に紛れて生きるようになった。そしてその竜醒の民の血を引く者達こそが君達が覚醒騎士と呼ぶ存在なんだ」


 真相は定かでないとはいえ、翼渡の語る言葉はとても作り話とは思えない。零と翼羽に再び衝撃が走った。


「銀衣騎士とは竜の力を引き出し人間を超える力を持つ者。更に聖衣騎士とは竜が所持していた竜哮りゅうこうという特殊能力を扱えるようになった者を指す」


 それを聞いた翼羽が、とある事実に気付く。


「そうか、だから父様や零のように、いくら優れた騎士だとしても竜の血を引いていないから覚醒騎士になれなかったという事なのですね?」


「そう、東洲には開祖から辿って竜醒の民の血を引く者が居なかった。だから鳳龍院家には覚醒騎士が現れなかったんだ……竜醒の民そのものである八神 咬真を除いて」


 そう言うと翼渡は深く目を瞑り、語る。


 八神 咬真はかつてこの国で八岐大蛇やまたのおろちと呼ばれた竜の転生者――竜醒の民だった。鳳龍院家と天花寺家の開祖、鳳龍院 素戔嗚すさのおと天花寺 建御雷たけみかづちはこの地に君臨していた八頭の竜、八岐大蛇を倒し、この那羽地という国を開国した。


 しかし八岐大蛇は百年の時を経て東洲の地に人として転生し、八神 咬真という名の騎士としてその名を馳せた。鳳龍院家の騎士として潜り込み、長く貢献しながら復讐の機会を待っていた八神は、十七年前に突如として反乱を起こす。竜族最後の生き残りである自分の息子、夜刀神やとのかみとその一族と共に。


 戦いは熾烈を極めた。聖衣騎士であり、密かに造り上げていた竜殲騎 蛇之韓鋤おろちのからさびを操る八神と、山のように巨大な蛇の姿をした竜、夜刀神やとのかみ一族の強さは凄まじく、鳳龍院家の多くの騎士が死んだ。激闘の末に夜刀神やとのかみ一族は滅ぼせたとはいえ、翼渡も重症を負い、八神を倒せる者はいなくなり、まさに絶対絶命だった。


 しかし翼羽を身籠った時に騎士を退いていた和羽が戦線に復帰し、翼渡から宝剣 天十握あめのとつかを受け継いだ。そして自らの命と引き換えに八神を討ち取る事に成功した。


 こうして鳳龍院家と東洲は救われたが、この戦で竜域に入れる騎士の殆どが戦死し、鳳龍院家は力を失う。対照的に天花寺家は多くの若き覚醒騎士を有するようになり、今や鳳龍院家と天花寺家の力の差は歴然となったのだった。


 竜と覚醒騎士の関係、自身の母の死の真相、十七年前の壮絶な戦い、あらゆる真実を知り、翼羽はなおも言葉を失い続けた。


 すると、長らく話を黙って聞いていた零がハッとしながら言う。


「まさか?」


 そう、十七年前の戦で命を落とした夜刀神やとのかみ一族が竜醒の民として転生し、天花寺家に入り込み騎士となった。そして今の天花寺家当主こそが――


 覚った零と翼羽が生唾を飲み込む。


「八岐大蛇の子、夜刀神やとのかみ改め天花寺てんげいじ 神鷹じんおうだ」


 その場が静寂に包まれ、時が止まったかのようにゆっくりと流れていく。


「……神鷹じんおうが、あの男が竜の転生者」


 零は呟きながら思い返す。視線を合わせれば凍てつかされるようなその眼、竜域に入った自分に対し言い放った“俺達の真似事”という嘲笑の台詞、強大な獣を思わせるような威圧感。神鷹じんおうが元々竜であったとすればそれも違和感が無い。


 零と翼羽は、乱れに乱れた脳内を必死に整理しながら、翼渡の話を受け入れようとしていた。


「いきなりこんな話を聞いて混乱しているだろうと思う。でももう一つ君達に……特に翼羽に打ち明けなくてはならない事がある」


 翼渡の前置きに、翼羽は畏まって翼渡の顔をまじまじと見つめて言葉を待った。


「私の病の事だ」


 その言葉に、翼羽は特段驚いた様子もなく、落ち着いた佇まいで再び言葉を待つ。


「すまない、少々語りすぎたみたいだ、少し疲れたよ。ここからは翅音しおん、君に任せてもいいかい?」


 翼渡は途中で翅音しおんに託すと天井を向いて目を瞑った。それに対し翅音しおんは黙って頷き、続けた。


「翼渡様の病の名は“マリスウィングシンドローム”……この国では――」


 すると、翅音しおんの言葉に翼羽が被せる。


「――“黒死翼こくしよく病”と、そう呼ばれている」

133話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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