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132話 翼羽の剣

 すると、牛鬼は零に向かって巨大な前脚を振り回す。風圧で倒壊した建物の残骸を吹き飛ばしながら、鋭い爪が零に襲い掛かった。しかし零はその一撃一撃を全て(かわ)しながら前脚を伝い、牛鬼の胴体に駆け上がると、更に空中に跳び上がった。


「この至近距離なら結界は無意味だ」


 更に零は両手に持つ羽刀(わとう)に刃力を収束させ、それにより羽刀(わとう)の刀身が光り輝いた。


 対し牛鬼は大口を開け、光の波動を収束させていく。


「遅い!」


 しかし、零は牛鬼が先程の攻撃を仕掛けるより一手早く、両手の羽刀(わとう)を牛鬼の額に突き刺した。


 ギュアアアアアアアッ!


 牛鬼は地を震わすかのような低い叫び声を上げ、その場に巨体を倒れ込ませると、その衝撃で大地が揺れた。同時に地へと着地する零は血振りの所作と共に二刀を両腰の鞘へと納刀する。


 すると体を震わせていた牛鬼は、ぴくりとも動かなくなりそのまま絶命するのだった。


 生身で上位魔獣を倒す零の圧倒的な剣技に、翼羽はただただ目を丸くする事しか出来なかった。



 その後、翼羽は残る陰摩羅鬼(おんもらき)を全て倒すと、零と合流し、里の生存者を探す。しかし生存者は一人も残っておらず、この日相武(さがむ)の里は壊滅し、東洲からその名を消した。


 壊滅した里、その悲惨な情景を見つめながら、零と翼羽はただ立ち尽くす事しか出来ずにいた。


「後から、鳳龍院家の者達が亡くなった里の人達を埋葬しに来てくれるって」


「……そうか」


 翼羽の言葉に、零は安堵したように、そして寂し気に呟き、続ける。


「あの時、俺が記憶を失っていなければ、父も母も茜も出雲(いずも)の里の皆も弔ってやれたのにな」


 すると零の発した何気ない一言で、翼羽が察する。


「零、もしかして君……記憶が!?」


「ああ、全部……思い出したよ」


 そう返答する零は遠い目をしながらゆっくりと静かに語った。


 零の本当の名は青天目(なばため) 蒼志郎(そうしろう)。零は西洲出雲(いずも)の里で父と母と妹と暮らしていた。のどかで、静かで、穏やかな毎日であった。しかし零は、そんなありふれた日常が嫌で、いつか天花寺(てんげいじ)家の騎士になって成り上がると毎日我流で剣の修行に励んだ。剣術を修得した者など誰一人居ない片田舎の里、己が強いのか弱いのかすらも分からず、ただひたすらに剣を振り続ける毎日、そんなある日だった。


 すると零は拳を固く握り締め、続ける。突然七歩蛇の群れに里を襲われ、家族も里の皆も死んだ。唯一生き残った零はその光景を見て頭の中が真っ白になった。憎悪でも恐怖でも怒りでもなく、ただただ空虚で空っぽだった。気が付けば落ちていた羽刀(わとう)を握り締め七歩蛇に向かって行った。後は無我夢中で記憶にすら残っていない。気が付けば零は血に塗れ、バラバラになった七歩蛇の死体だけがそこには転がっていた。


 直後、零の眼が悲しみに満ち満ち、翼羽はそれに気付くと、零の話に黙って聞き入った。


 何故この力をもっと早く振るえなかった? 何故自分の力にもっと早く気付けなかった? ありふれた日常も、つまらないと思っていた毎日も、尊いものだと何故もっと早く気付けなった? 後悔している時には手遅れだった。全てを失った。何もかも失った。そうして喪失感と虚無感に圧し潰されそうになりながら、全ての記憶を何処かに隠してしまったのだろうと、零は悲痛に語る。


 そんな零の哀しい過去に翼羽は言葉を失う。言葉を失い、何も言ってやる事が出来ない。そんな自分を情けないと思いつつ、考えるよりも先に自然と言葉が出た。


「零が居てくれたから今の私が居る。零が居てくれたから牛鬼を倒せて東洲の他の里が救われる」


 それはただただ素直な気持ちだった、零に伝えたい翼羽の素直な想いだった。


「それに遅すぎる事なんてないよ、いつか西洲に自由に行ける日が来たら零の家族や出雲の里の人達を弔いに行こう、私も一緒に行くから。だから……もう自分を責めたりしないで」


 憐憫(れんびん)かもしれない、同情かもしれない、それでも零は嬉しかった。一人じゃない、誰かが隣に居てくれる。そしてそれが他の誰でもない翼羽である事が零にとっては希望そのものであったのだ。


「ありがとう」


 零はふと、自然に翼羽に微笑みかけた。その笑みを見て、翼羽もまた。





 牛鬼討伐任務を終え、零は翼羽の陣太刀の掌に乗り、帰路を行く。


『ねえ零、こんな所でなんだけど零に話したい事があるんだ』


 すると畏まったように翼羽が零に拡声器越しに声をかける。


「何だ、あらたまって?」


『あ、そういえばその前に、これからは零じゃなくて蒼志郎って呼んだ方がいいかな?』


 零が記憶を取り戻し、本当の名が判明したことで、翼羽は零をどう呼べばいいのか戸惑っていた。


「いや、今まで通り零でいい。俺は零として過ごした時間の方が長いからな」


『でも、せっかく零のご両親が蒼志郎って名を与えてくれたのに……』


「別にその名を捨てる訳じゃない。俺は出雲の里の青天目(なばため) 蒼志郎で鳳龍院家の騎士、青天目(なばため) 零だ」


 それを聞き、翼羽が少しだけ嬉しそうな声で言う。


『そっか、そうだよね』


 そんな翼羽に、零が返す。


「俺は恵まれている」


『え?』


「俺には両親が付けてくれた蒼志郎という名と、翼羽がくれた零という名、二つも大切な名を持っている」


『うん』


 零の言葉に、翼羽は再び嬉しそうな声で返事をした。


「ところで話ってなんだ?」


 すると、最初に翼羽が零に話があると言っていた事を思い出し、零が尋ねると、翼羽は少しだけ間を置いてから答えた。


『今日の事で良くわかった。ずっと考えてはいたんだけどね、でもそれを選べば逃げた事になる、投げ出した事になる。それが怖くて言い出せずにいた』


 遠回しな言い方ではあるが、零は翼羽が何を言おうとしているのか、何を伝えようとしているのかをすぐに理解した。


『私は父様のような騎士になる、そして母様のような騎士にもなる。そして二人が守って来た須賀の里を、東洲を守ってみせる……それが私の夢で私の全てだった。だから零と一緒に強くなる、あの日そう誓った』


 翼羽が今から言うであろう言葉を思い浮かべ、零は翼羽が居る操刃室に背を向けたまま少しだけ寂しい気持ちを抑える。


『でもこれ以上私が騎士でいる事に拘れば、結果的に誰かを傷付けてしまう』


 零はそれを聞き、牛鬼の攻撃から翼羽を庇った時の事を思い出す。


『勿論今までやって来た事は無駄じゃないし、これからも剣の稽古は続ける、だけど――』


「…………」


『私の夢はあなたに託す。勝手なことを言ってるのはわかってる。でもあなたになら託せる……託したいって思うから』


 そう言いながら言葉を詰まらせる翼羽に、そっと返す零。


「逃げなんかじゃない」


『え?』


「翼羽はずっと戦っていた、自分の可能性と、自分の運命と……抗って、立ち向かって、誰よりも必死に戦っていた。俺は知ってる、その決断は翼羽の勇気と、優しさそのものなんだって」


『……零』


 すると声を震わせ、零の名を口にする翼羽に零は更に続ける。


「俺は翼羽の剣だ。翼羽の夢は俺が叶える。翼羽の守りたかったものは俺が必ず守ってみせる――だから安心して託せ」


 零は言いながら、横顔を見せて朗らかに笑んだ。


『ありがとう、零』


 そして翼羽もまた朗らかに言う。


『あの時、一緒に強くなろうって言ってくれて……嬉しかったよ』


132話まで読んでいただき本当にありがとうございます。もし作品を少しでも気に入ってもらえたり続きを読みたいと思ってもらえたら


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どうぞ宜しくお願い致します。


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