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129話 友と夢

 屋敷の大広間。


 そこでは、零を含め鳳龍院家の騎士達が集い、藤堂達家老騎士を中心として会合が開かれていた。


 ここ最近の魔獣の数の多さは異常であり、しかも七歩蛇(しちほだ)は西洲にしか生息しない魔獣であるため、何故あのような大群が突然この東洲の地に出現したのか……そんな考察を交えながら、藤堂は一つの仮定に辿り着く。


「……七歩蛇(しちほだ)を含む魔獣が西洲で人工的に繁殖させられ、それが解き放たれているのだとしたら」


 突然の藤堂の言葉に、大広間はざわめいた。


「で、ですが藤堂殿、それは一体何者が何の為に?」


 激しく動揺した様子で騎士の一人が尋ねる。


「何の為にと問われればこの東洲の地を混乱に陥れる為としか言いようがない。そして何者かと問われれば……」


 大広間に居る騎士達が生唾を飲む。


「――天花寺(てんげいじ)家の人間であろう」


 それを聞き、大広間が再びどよめいた。しかし、藤堂は更に続けた。


 混乱を招く為、他の家臣達には話していなかったが、八年前の日向(ひむか)の里での野盗襲撃をけしかけたのも、三年前の翼羽を襲った狼藉者も、そして此度の魔獣襲撃も、天花寺(てんげいじ) 神鷹(じんおう)の仕業であると考えていると。


 その話を知っていたのは、これまで翼渡、翼羽、零、そして藤堂と他二名の家老騎士だけであった。証拠は無く、いたずらに噂を広めれば混乱は免れない。しかし、藤堂がその話を公にしたという事は、もはや天花寺(てんげいじ)家との戦が避けられないという事を示唆していた。


 それぞれの騎士達があらゆる思慮を張り巡らせながら、沈黙と喧騒が交差し続けるのだった。



 こうして会合は終了した。すると、大広間から出ようとする零を藤堂がこっそりと呼び止めた。


「おい青天目(なばため)


 対し、零は藤堂に背を向けたまま返す。


「藤堂さん、本当にさっきの話、公にして大丈夫なのか?」


「ああ、もはやこれ以上隠しても仕方あるまい。それよりも……」


 神妙な面持ちで藤堂は零の肩越しに囁く。


「俺が先ほどの話をした時、おかしな反応を見せた者はいたか?」


 藤堂の問いに、零は首を横に振った。


 尻尾を出さぬか、それとも騎士の中に居る訳ではないのか……だが八年前、日向(ひむか)の里で翼渡の動向と目的が野盗に知れていた事、三年前、城下の祭りに翼羽が赴いている事が知れていた事、そして今回の件、七歩蛇(しちほだ)が城下を襲ったのが警備の薄い日であった事。信じたくは無かったが、もはや疑う余地は無い。


 そう言いながら藤堂は拳を握り締め、一拍置いて続けた。


「鳳龍院家には内通者が居る」


「…………」


「青天目、お前もしっかりと目を光らせておけ」


「……ああ」

 

 

 零は大広間を出ると、藤堂の言葉を反芻(はんすう)しながら思いを巡らせる。


 すると、少し俯き気味に歩く零の進路を塞ぐように着物姿の少女が現れる。その少女とは鳳龍院家女中、火神(かがみ) 雪加(せっか)であった。


 翼羽と同い年である雪加は齢十七。しかし、相も変わらず背は低く、幼い顔と相まって童女であると言われれば納得してしまう程である。


火神(かがみ)


「おっ、ようやく会合終わったみたいっすね青天目(なばため)


「何か用か?」


「用がなきゃ声掛けちゃいけないんすか? 相変わらず不愛想な奴っすね」


 考え事をしている最中に話しかけてきた自分を面倒くさそうに扱う零に、雪加はむっとしながらぼやいた。


「俺は今忙しいんだ、用が無いなら行くぞ」


「あーもう、ちょっと待て!」


 あしらうようにその場を去ろうとする零にしがみ付く雪加。


「お前今日はもう任務も無いんだろ、知ってるんすよ!」


「だったら何だ?」


「少し付き合ってくれないっすか?」


「付き合う? 何で俺がお前に……」


 怪訝そうな表情で問う零に、雪加は子供のように頬を膨らませて不満気に返す。


「そんなつれない事言わないで欲しいっすね、友達じゃないっすか」


「俺がいつお前の友達になった?」


「はいはい、照れ隠しはもうその辺にして、さっさと行くっすよ」


 すると、今度は雪加が零をあしらうようにして、背中を押した。


「誰が照れ隠しだ! そもそも行くって何処へだ?」


 零の問いに、雪加は零を押すのを止めて答える。


「この里の隣にある阿岐(あぎ)の里っす」


阿岐(あぎ)の里? な、何で俺が阿岐(あぎ)の里まで行かないといけないんだ?」


 今回の魔獣の襲撃で、屋敷に備蓄していた薬草や傷薬や解毒薬などを町の民に多量に使用したため、阿岐(あぎ)の里から新しく買い付けてくるように女中頭から頼まれてるのだと雪加は答えた。


「こんな華奢な娘一人にそんな重労働押し付けるなんて酷いと思わないすか?」


「まあ、確かに火神(かがみ)の場合、背負(しょ)い籠に背負われる事になるからな」


 ぼそっと呟いた零の一言に、雪加は目を血走らせた。


「おい青天目、お前仮にも年頃の娘に向かってなんつー失礼な暴言吐いてるんすか!?」


「じょ、冗談だ、本気にするな」


 迫真の表情で自身に迫って来る雪加に、たじろぎながら取り繕う零。


「もう遅いっすよ。許してほしければ手伝え、そして背負(しょ)い籠三つ分お前一人で背負え」


「な、何で俺が……」


 こうして雪加の迫力に圧され、零は渋々買い付けの手伝いをさせられる事となったのだった。



 その後、零は雪加と共に阿岐(あぎ)の里へと足を運び、薬屋で薬草と傷薬と解毒薬を大量に購入すると、背負(しょ)い籠にそれらを入れ帰路に就く。


 雪加の宣言通り、零は三つ分の背負(しょ)い籠を背負わされ重い足取り、対照的に手ぶらの雪加は軽い足取りで里の小道を歩くのだった。


「いやあ助かったすよ青天目(なばため)


「ドウイタシマシテ」


 雪加の礼に対しどこか不服そうに返答する零を他所に、雪加は小道の先に見える一つの露店に視線を向ける。


「おっ! 見ろ青天目(なばため)、あそこに茶屋があるっすよ」


「ん、ああ」


「あそこで団子でもどうっすか? 手伝ってくれたお礼に奢ってあげるぜ」



 その後、茶屋の長椅子に並んで座り、二人は煎茶と一緒に団子をつまむ。


「はあ、のどかな一日だなあ」


 すると雪加は茶をすすりながら、青い空と流れる雲を眺めながら一息吐いた。そんな呑気な様子の雪加を見て零がぼやく。


「……あのなあ、午前は大変だったんだぞ」


「勿論知ってるに決まってるじゃないっすか! だから今こうして薬の買い付けに来てる訳だし――お茶する時のただの決まり文句っすよ」


 零の指摘に対し、雪加は必死に反論するのだった。


「そういえば、今日も大活躍だったらしいじゃないすか青天目(なばため)


「別に……普通だ」


「女中達の間でも最近すこぶる人気なんすよ。青天目(なばため)様は鳳龍院家一の騎士であるだけじゃなくて、顔も整ってて男前で素敵だって」


「そうか、別にどうでもいい」


 そんな雪加の誉め言葉に対し、至極冷淡に返す零に雪加はこめかみを押さえながらぼやいた。


「かああ、つまんない奴だなあ。ま、青天目(なばため)は翼羽様一筋だから仕方ないのかもしれないっすけどね」


 瞬間、普段冷静沈着な零がお茶を噴き出し、顔を真っ赤にして激しい動揺を見せる。


「ば、ばばば馬鹿な事を言うな、翼羽は鳳龍院家の次期当主。俺は一介の騎士。そこに私情なんて挟まる余地はない」


「おっ、やーっと可愛い反応見せてくれるじゃないっすか。そういうのを待ってたんすよねえ」


 そんな零の様子を見て、悪戯な笑みを浮かべながら雪加が呟いた。


「そ、そんな事より、お前夢とかあるのか?」


「はあ? 何だその不自然かつ下手糞極まりない話題逸らしは」


 するとそんな零の唐突な問いかけに、呆れたように溜息を吐く雪加。しかし直後、微笑みながら続ける。


「まっ、買い付けを手伝ってくれたお礼に団子をご馳走している事だし、意地悪はこのくらいにしておいてやるっすよ」


 その言葉を聞き、零は安堵したように息を吐くのだった。


「うーん、それにしても夢っすか?」


 すると、夢を語ろうとする雪加を他所に、零は茶を口に含ませた。


「おい、お前が聞いてきたんだろ、何興味無さそうに茶なんてすすってるんすか!」


「あ、いや、単純に喉が渇いただけだ」


「まったく……まあ、無いこともないっすよ夢」


 雪加は空を見上げながら、指を絡めながら気恥ずかしそうにする。


「誰にも言わないっすか?」


「ああ、言わない」


青天目(なばため)は絵本っていう読み物は知ってるっすか?」


「えほん?」


 絵本とは、異国で出回ってる画付きの読み物で、那羽地(なはじ)で言えば草双紙というものに近いが、もっと子供向けで可愛らしい画の読み物である。そして雪加は今それを書いていて、いつか自分の作品が世界を渡って、色々な国の子供に読んでもらうというのが今の夢なのだと語った。


「子供向けの読み物か……今書いてるのはどんな話なんだ?」


 零が尋ねると、雪加はゆっくりと空の向こうを指さした。その先には遥か遠くにそびえ立つ巨大な樹、世界樹があった。


 雪加が書いているのは、雪加達がいつも見ているあの世界樹にまつわる冒険の物語で“世界樹の女神”という題の絵本である。ちなみに、その世界樹の女神の容姿は翼羽を参考にさせてもらって描いてるのだそうだ。


「ちゃんと許可取ったのか?」


「あ、いや……でも翼羽様はそんな心の狭い方じゃないっす。ちょっと似ている登場人物描いたからって怒るようなお人じゃないっすから……とはいえここだけの話っすからね、告げ口したら許さないからな」


 必死にごまかそうとする雪加を見て、零は小さく噴き出した。


「おっ、珍しく笑ったっすね青天目(なばため)


「気のせいだろ」


 あまり馴れ合ったり、他人と距離を縮めたりする事が得意でない零であったが、そんな零の心に雪加はいつも土足で入り込むように近付き、いつの間にか歩速に巻き込まれる。だが零は、不思議とそれが嫌では無かった。


「さっ、そろそろ帰るとするか」


 すると、空が焼け始めた事に気付き、零は長椅子から腰を上げた。


「なあ青天目(なばため)


「何だ?」


「あの世界樹、いつか一緒に見に行ってみないっすか?」


「世界樹……エリギウス王国にか?」


 雪加の言葉に、零は怪訝そうな表情を浮かべた。〈(つるぎ)と黒き竜の火〉で、世界は一致団結し竜祖セリヲンアポカリュプシスに立ち向かった。しかし、それから二十年以上経った今では、各国は各々が完全に独立して国境の壁を張り、自由な国交には至っていない。特に那羽地(なはじ)はどこの国とも国交を結んでおらず、他国に渡る事は実質不可能であると言えるからだ。


「今はまだ無理っすけど、いつか世界が一つになって、どこの世界にも自由に行き来できるようになったらって話っすよ」


「もしそんな日が来たとしたら、考えてやってもいいぞ」


「ほんとか? 約束っすよ」


「ああ」


 零の返事に、雪加は満面の笑みで念押しする。


「さ、それじゃあ帰るっすか」


 そして、雪加もまた長椅子から立ち上がった。


「おい、一つくらい持ってくれてもいいんじゃないか?」


 零は三つの背負(しょい)い籠を背負いながら、雪加に漏らす。


「駄目っす、私じゃ背負(しょい)い籠に背負われちゃうっすからね」


「うっ、まだ根に持ってる」


「あっはははははは」


 雪加は腹を抱えて笑うと、ふと振り返って空の向こうの世界樹を見つめた。そしてそっと言う。


「……いつかそんな日が来るのなら」


 すると、雪加は一瞬寂しそうな眼をした後、再び前を向いて歩き出した。

129話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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