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128話 鳳龍院家になくてはならない騎士

 三年後。


 須賀の里、城下の町には悲鳴がこだましていた。


 城下の町を突如襲った七歩蛇(しちほだ)と呼ばれる魔獣の群れは百匹を超え、その巨躯が、その牙が、その毒が民達を(ほふ)り、町そのものに大きな被害が出始める。


 そして――


 とある民家、息を殺すように台所の土間裏に身を潜めるとある母娘の姿があった。幼い娘を守るように抱き締め、怯えが伝わらぬよう必死で震えを止めようとするが、その本能には抗えずにいた。


 その時だった。民家の扉が勢いよく破られ、首を入れて中を見回す七歩蛇(しちほだ)と視線が合い、幼い娘は思わず悲鳴を上げる。次の瞬間、七歩蛇(しちほだ)は鱗を逆立てて口を大きく開き、先が割れた二枚舌と鋭い牙を覗かせた。


「きゃあああああ!」


 悲鳴を上げながら、固く目を瞑り抱き合う母娘に、七歩蛇(しちほだ)は無情に襲い掛かる。


 ギュアアアアアッ!


 次の瞬間、断末魔と共に頸部が切断され、頭部を失った七歩蛇(しちほだ)は倒れながらその場で絶命するのだった。


 幼い娘が恐る恐る目を空けると、自分達の前には剣を振り切った姿勢で立つ、騎士の佇まいをした少女が立っているのを見た。少女は羽刀(わとう)を下げて振り返ると、幼い娘の頭に手を置く。


「もう、大丈夫だから」


 少女が安心させるように笑顔を向けると、幼い娘は安堵したように頷いた。


「よ、翼羽様?」


 その顔を見て母親は気付く。自分達を寸前の所で救った騎士が、鳳龍院家の嫡子、鳳龍院 翼羽である事を。


 齢十七となった翼羽は、しなやかな黒髪を腰の辺りまで伸ばし、その顔には気品と美しさを伴いながら、少女らしい愛らしさを残していた。


「報せを聞いて飛んできた。今町には私以外にも鳳龍院家の騎士が到着してるからもう安心だよ」


「で、ですが町中にはこの蛇の魔獣の群れが百匹以上居ると聞いております。い、いかに鳳龍院家の騎士といえどそう簡単にいくのでしょうか?」


 不安げに呟く母親に、翼羽は優しく微笑む。


「うん、だって鳳龍院家には……青天目(なばため) 零が居るから」


 そして淀みなく言い切った。

 




 町の中央にある広場。押し寄せる七歩蛇(しちほだ)の群れを鳳龍院家の騎士達数名は背中合わせに剣を構えて応戦していた。そしてその中には鳳龍院家家老騎士、藤堂 慎之助の姿もあった。


 藤堂は肩で息を切らせながら、幾度も七歩蛇(しちほだ)の牙を防ぎ、頸部を裂く。しかし、次から次へと襲い掛かってくる七歩蛇(しちほだ)に疲労を露わにしながらぼやいた。


「ちっ! この程度の魔獣、竜殲騎を使えれば物の数ではないというのに、こう町中では」


 七歩蛇(しちほだ)がいかに巨躯であるとはいえ、竜殲騎に比べれば小さく、藤堂の言う通り竜殲騎を操刃して戦っていれば一瞬で片が付いていたであろう。しかし狭い町中でそれをすれば、民や民家に大きな被害が出る為、この日は生身での戦いを余儀なくされていた。


 次の瞬間、七歩蛇(しちほだ)の群れの隙間を疾風(はやて)の如く駆け抜けながら、幾重にも(はし)る剣閃で切り裂いていく一人の騎士が居た。藤堂達が苦戦していた七歩蛇(しちほだ)を撫でるような剣で軽々と千切っていく竜の瞳を持つ騎士。


「な、青天目(なばため)


 その騎士の圧倒的な剣技に唖然としながら、名を呼ぶ藤堂。その騎士とは青天目(なばため) 零であり、少年らしい幼さは身を潜め、背は伸び、相変わらず目つきの悪さはややあるものの、すっかり端正な顔立ちとなっていた。


 零は肩に羽刀(わとう)を担ぎ、藤堂の前に背を向けて立つ。直後、周囲を遠巻きに囲っていた七歩蛇(しちほだ)十匹程が一斉に零達に向かって襲い掛かって来た。


「……伏せててくれ」


 すると零は右腰の鞘から羽刀(わとう)を抜き放ち、二刀流となると、右手の羽刀(わとう)は順手のまま、左手の羽刀(わとう)逆手(さかて)に持ち、刀身に刃力を収束させた。それにより両手の羽刀(わとう)の刀身が光り輝く。


「よ、よせ零、その技は……民家に被害が!」


 それを見て何かを察したのか、藤堂は他の騎士達と共に身を伏せさせながら零を静止しようとする。


 しかし、零は藤堂の言葉を意に介さず、刃力が収束された羽刀(わとう)を構えたまま横に一回転しつつ剣を振り切った。


都牟羽(つむは) 参式 閃空(せんくう)


 その技により、放たれた輪状の光刃が零を中心にして広がっていくと、襲い掛かって来た周囲の七歩蛇(しちほだ)は頸部を断たれ絶命していく。


 直後、広がる光刃は民家に迫ろうとした瞬間、消失するのだった。


 刃力の微細な操作、零の卓越した技能に感心しつつ、ほっと胸を撫で下ろす藤堂。


「大丈夫か藤堂さん?」


 竜域を解除し、通常の瞳となった零が、腰の鞘に両手の羽刀(わとう)を納めながら藤堂に尋ねる。


「むっ、ああ……いやそれより青天目(なばため)、お前には町に居る民を守るように命じていた筈だ! 何故こんな所に居る?」


 民を守れという命令を無視し、今この場に居る事を咎めるように藤堂が言うと、零は冷静に返す。


「ああ、町中の七歩蛇(しちほだ)ならもう全部倒した。七歩蛇(しちほだ)は今ので最後だ」


 あっけらかんと言い放つ零に、藤堂とその他の騎士は目を丸くすることしか出来なかった。すると藤堂はどこか誇らしげに笑みを漏らす。


「まったく、お前という奴は」


 直後、翼羽が広場へと辿り着き、零達の元に駆け寄った。


「皆大丈夫?」


 するとその姿を見て、藤堂が逆に駆け寄る。


「翼羽様、ご無事でしたか?」


「うん、私七歩蛇(しちほだ)を一匹倒したんだよ藤堂」


「無茶をなさらないでください! 翼羽様は民の救護優先で七歩蛇(しちほだ)とは戦わないと約束したから連れて来たのですぞ!」


「そ、そんな事言っても、緊急事態だったんだから仕方ないでしょ」


 自分を必要以上に心配する藤堂に、翼羽はそっぽを向いて反抗の意志を見せるのだった。


 こうして、町を襲う七歩蛇(しちほだ)との戦闘は終了した。

すると、町中に転がる七歩蛇(しちほだ)の死体を見回しながら、零はどこか虚ろな表情を浮かべる。


「……この光景」


 そして頭を押さえ、一人呟いた。


「どうかしたの零?」


「いや……なんでもない」


 しかし、零は首を振って、自分に対する翼羽の心配を払うのだった。そんな零の様子を気にしつつ、町中に向かって歩き出す翼羽。


「今他の騎士達がやってくれてるけど、私達も怪我人の救護に向かおう」


「ああ」


 すると突然、零の前を歩いていた翼羽の膝が崩れ、その場に倒れ込みそうになる。


「翼羽!」


 零はそれを見て、すぐさま横に寄り添い、肩を支えた。


「翼羽こそ急にどうした?」


 心配そうに尋ねる零に、翼羽はすぐに支えてもらっていた肩を解き、返す。


「ごめんごめん、さっき七歩蛇(しちほだ)と激闘を繰り広げてたから、ちょっと疲れたのかも」


 すると遠巻きに翼羽の異変に気付き、走り寄っていた藤堂がその言葉を聞いて顔色を変えた。


「ま、まさか翼羽様、七歩蛇(しちほだ)の毒を受けたのですか!」


「違う違う、いつも心配しすぎだよ藤堂は。いつまでも私は子供じゃないんだからね」


 翼羽はそう苦言を呈すると、軽い足取りで歩み出すのだった。


「…………」


 そんな翼羽の背中を、零は何かを考察するように見つめていた。





 翼渡の部屋。そこには翼渡の傍に座し、そっと語り掛ける翼羽の姿があった。


「父様、父様が目を覚まさなくなってから今日で半年が経ちました。今日も父様にお話ししたい事がたくさんあります」


 病状が進行し、翼渡が寝たきりとなり、更に目覚めなくなってから半年の月日が経っていた。三年前よりも更に痩せ細り、物言わぬ翼渡に翼羽は語り掛ける。


「今日は、七歩蛇(しちほだ)の群れが城下の町に襲い掛かって来るという事件がありました。民からの報せを受け、すぐに鳳龍院家の騎士達が駆け付けたので被害は最小限に抑えられました」


 すると翼羽はどこか誇らしげな表情を浮かべ、続ける。


「ですがこの日も、零の活躍は目を見張るものがありました。城下町の被害を最小限に抑えられたのは零がいてくれたからなのです。あの日父様が連れ帰った少年は、今や鳳龍院家になくてはならない存在となりましたよ」


 翼渡が話せたとしたらきっと「君はいつも零の話ばかりするね」と、寂しそうに笑うだろうと思いながら、尚も続けた。


 零はやはり今も銀衣騎士への覚醒を果たさない。零の正確な年齢は分からないが恐らく自分と同じ程の齢であろう筈なので、もう銀衣騎士に覚醒することはない。それでも零は、翼渡と同じ竜域の騎士でいられることを喜んでいる……と。


 そして翼羽は、ふと天を仰ぎながら最後に翼渡に問いかける。


「私もいつか父様のように、そして零のように、竜域の騎士となれる日が来るでしょうか?」

128話まで読んでいただき本当にありがとうございます。もし作品を少しでも気に入ってもらえたり続きを読みたいと思ってもらえたら


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どうぞ宜しくお願い致します。


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