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127話 己を奮い立たせてくれるもの

 翼渡の部屋。そこには零と藤堂、そして翼羽の三人が神妙な面持ちで翼渡の前に座して並び、藤堂が翼渡に事の顛末を報告する。


 今回、青天目(なばため) 零が翼羽を城下の祭りへと無断に連れ出し、その際に狼藉者に襲われた。翼羽は狼藉者から何等かの竜殲術を受け、気を失った状態で屋敷へと戻った。幸いにも怪我は無かったが、この失態は目に余るものがあると。


 すると、藤堂の言葉に続けるように零が発言する。


「言い訳はしません。どのような処罰も甘んじて受ける覚悟です」


 そして零は、(こうべ)を垂れて謝意の念を示した。すると、それに対し零を庇うように翼羽が言う。


「違います父様、零は翼羽を元気付けようとしてくれただけなのです。零を処罰するのなら私も処罰を受けます」


「な、何を言っているのですか翼羽様、翼羽様は鳳龍院家の嫡子ですぞ! 処罰などある筈がありません」


「そうだ、今回の事は俺の独断でやったことだ、翼羽は関係ない」


 自分も処罰を受けるという翼羽に、藤堂と零は引き下がらせようと異を唱える。しかし翼羽は納得いかないといった様子で食い下がった。


「だ、だけど!」


 そんな三人のやり取りを他所に、翼渡は一人、どこか嬉しそうに何度も頷いていた。


「そうかそうか……零、君は僕に代わって翼羽を祭りに連れて行ってくれたんだね」


「え、あ、はい」


 翼渡の予想外の反応に、零は素っ頓狂に返事をする。


「一昨年も昨年もそうしてくれればいいと思っていたんだが、ようやく重い腰を上げてくれたんだね」


「え?」


 零だけではなく藤堂と翼羽もまた、翼渡の和やかな態度にぽかんと佇むのだった。


「あ、あの翼渡様?」


 何故か感極まっている翼渡に藤堂が声をかけると、翼渡は我に返った。


「ああごめんごめん、まあ処罰とかそういう話はいいよ、どうでも」


「ええっ、よろしいのですか?」


 そんな事よりも、何故か翼羽の動向が漏れていたというのも不思議であるし、零と互角以上に渡り合う騎士というのも並大抵ではなく、色々と不安は尽きない。と翼渡は思考を巡らせながらぼやく。


 すると零は先ほどの戦いを思い出しながら報告をする。


「奴は不思議な剣技を使っていました」


「……どんな剣技だい?」


 翼渡の問いに、狼藉者の男が使っていたのは斬馬羽刀(ざんばわとう)を用い、巧みな剣さばきで目や頸等の急所を的確に狙ってくる剣技であると零が言う。


 それを聞き、翼渡は口元に手を当てながら考え込み、答えた。


「なるほど、それは恐らく鏖威天花寺(おういてんげいじ)流の剣技だね」


天花寺(てんげいじ)!?」


 翼渡が天花寺(てんげいじ)家に伝わる鏖威天花寺(おういてんげいじ)流の名を出し、その場の全員が唖然とした。


 それを他所に、翼渡は淡々と続ける。特徴的な剣と剣技、そして竜殲術を扱える聖衣騎士である事からも、その男は間違いなく天花寺(てんげいじ)家の人間であると。


 それを聞いた藤堂が零の方を向き、尋ねた。


「……その男は青天目(なばため)と同じくらいの齢ではなかったか?」


「ああ、多分そうだと思います」


 零の肯定に、藤堂と、そして翼渡が何かを確信したように視線を合わせた。


「間違いない、恐らく零と翼羽様を襲ったその少年こそが、天花寺(てんげいじ)家七代目当主、天花寺(てんげいじ) 神鷹(じんおう)だ」


 零と翼羽はその名を聞き驚愕する。自分達に襲い掛かって来た人物が、まさか天花寺(てんげいじ)家の現当主であるとは思いもしなかったからだ。そして翼羽は思い出す。五年前に日向(ひむか)の里で襲い掛かって来た野盗の首領に、死の術を埋め込んでいたのも天花寺(てんげいじ) 神鷹(じんおう)であると翼渡が予測していた事を。


天花寺(てんげいじ) 神鷹(じんおう)……あいつが」


 零もまた少年の顔を思い出しながら呟く。


「翼渡様、これは鳳龍院家に対する宣戦布告に他なりません」


 憤りながら拳を固める藤堂に対し、翼渡は渋い表情を浮かべて返す。それでも状況証拠だけでは追及も出来ない。それに、今天花寺(てんげいじ)家と全面的な戦になれば鳳龍院家と須賀の里だけでなく東洲すらもひとたまりもないと。


「しかしそれでは、我々はここまでの事をされ、今後も泣き寝入りし続けなくてはならないという事なのですか?」


 暗に天花寺(てんげいじ)家への報復を示唆する藤堂に対し翼渡は難色を示すが、それでも藤堂は食い下がるのだった。すると翼渡はふと、零と翼羽の顔を見た。


「零、翼羽、君達にはいつか話さなくてはならないね」


「え?」


「即位式の場で見た蛇のように鋭く暗い闇の眼、そして他者を操るという竜殲術。……少しずつ解ってきた。天花寺(てんげいじ) 神鷹(じんおう)の目的は恐らく僕を、翼羽を……いや、鳳龍院家そのものを滅ぼす事だ」


 翼渡の発言に、その場の全員が再び唖然とせざるを得なかった。


 神鷹じんおうがたった一人で乗り込んで来たのを鑑みるに、今はまだ機が熟すのを待っている状態でありすぐには行動には起こさない筈である、故にそれまでにこちらも準備を整える必要がある、と言いながら翼渡はまず、藤堂の顔を見て指示する。


 藤堂はこれからの鳳龍院家を担う騎士の育成に努め、そして翅音(しおん)と協力して竜殲器 陣太刀を出来るだけ多く製造する。資源と資金の確保はどうしても必要になってくるが他の家老騎士と共に協力し、そして尽力するようにと。


 対し、藤堂は深く頭を下げて返事をする。


「はっ!」


 続いて翼渡は零の顔を見て伝える。


「零は……今よりもっと強くなって早く僕を超える騎士になってくれるかい? そうなったらこれ以上に心強い事はないからね」


「はい」


 そして翼渡は最後に翼羽の顔を見た。


「翼羽は……鳳龍院家を導く当主になるんだ、君ならきっと出来る」


「父様、それは……」


 まるで自分が長くないとも取れる発言に、翼羽は俯き哀しい表情を浮かべた。


「ははは、いや別に私はまだまだ元気だよ、いつかってそういう話だから、驚かせてすまないね」


「もう、父様は」


 おどけて発言の補足をする翼渡に、翼羽は安堵したように小さく息を吐いた。


 そうして話は終わり、三人は翼渡の部屋から出ると、それぞれ分かれるのだった。





 それから、零は一人道場の隅に座り項垂れていた。自分が戦った男が天花寺(てんげいじ) 神鷹(じんおう)であると翼渡から聞かされた事は勿論衝撃であったが、零はそれよりも自身の行動で翼羽が危険に晒されてしまった事を悔いていた。


 すると、暫くして道場の戸が開かれ、そこに翼羽が入って来た。そして零の姿を見つけると、ほっとしたような表情を浮かべ近付いた。


「こんな所に居たの零? 父様の部屋から出た後、零が何だか思い詰めた顔をしていたから心配になって……」


 翼羽がそう言うと、零は俯いたままそっと口を開く。


「……翼渡様はああ言っていたが、俺は翼羽を危険に晒した。鳳龍院家の騎士失格だ」


 そして自責の念に駆られる零を見て、翼羽は思わず返す。


「な、何で零の方が落ち込んでるのよ? 言っておくけど私も落ち込んでるんだからね。私だって騎士なのに零にお荷物扱いされるし、未だに守られてばっかりだし」


「けど、俺は……」


 翼羽が零を元気付けようとしたのか、心情を吐露しながら自虐をするが、零は何かを言いかけそれでも俯く顔を上げようとしなかった。すると翼羽は、ゆっくりと零の隣に寄り添うように座り、そっと微笑みかける。


「じゃあ零に元気が出るおまじないを教えてあげるね」


「元気が出るおまじない?」


「そっ、父様に教えてもらった詩なんだけど……諦めそうになったり、(くじ)けそうになったり、もう駄目かもって思ったら思い出しなさいって。死んだ母様が昔、戦場に赴く父様の為に送った詩なんだって」


和羽(かずは)様が翼渡様に?」


「うん、意味は難しくてよく解らないんだけど、でも口にすると元気が出るんだ、何だか母様が傍にいてくれるような気がして……だから零にも元気を分けてあげようと思って」


 すると、翼羽はそっとその詩を口にする。


(あか)()の想いは(ふう)()にて不易(ふえき)、恐れるな、背けるな、刃の如く、(ほむら)の如く、紅蓮の神気(しんき)(いざな)(まと)え」


 零はそれを聞き、詩に込められたであろう深い意味を探りつつ、どこか不思議な心地よさに包まれるのだった。


「ね、元気出たでしょ?」


 そして零に明るく微笑みかける翼羽。それを見て、零の中にあった鬱屈とした感情が吹き飛び、零は俯いた顔を上げ、小さく微笑み返す。


「ああ、出たかもな。ありがとう翼羽」


「ほら、やっぱり母様のこの詩は凄いんだ」


「あ、いや……まあ、そうだな」


 その詩は何かを奮い立たせるような不思議な力を持っていた。それは確かだ。しかし、言葉よりも零を奮い立たせたのは翼羽の笑顔であった。


 ――やっぱり俺は翼羽には笑っていてほしい。翼羽が笑うと嬉しい、力が湧く。でも違う(・・・・)。これはきっとそれ(・・)じゃない。俺はただ翼羽に恩義を感じているから……だから。


「次は必ず守る」



 舞台は三年後へと移る。

127話まで読んでいただき本当にありがとうございます。もし作品を少しでも気に入ってもらえたり続きを読みたいと思ってもらえたら


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どうぞ宜しくお願い致します。


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