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125話 忍び寄る牙

 それから、次の屋台に向け歩く翼羽と零。


「くっ、何で皆水に濡れた紙で魚がすくえる! 角度か? それとも何か仕掛けが……」


 先ほどの金魚すくいに納得がいかないようにぶつぶつと呟く零に、翼羽が吹き出した。


「ぷっ、こんな零の姿初めて見たかも」


 すると顔を赤くさせ、零はそっぽを向いた。



 続いて、次の目的の屋台にたどり着いた翼羽は、店主からある物を受け取り、零に手渡す。


「何だこれ?」


 それは指先に乗る程の小さく四角い板のような物で、そこには鳥のような形が刻まれている。そしてその屋台の周囲を見渡すと、何人もの人間が台の上で、様々な形が刻まれた四角い板に無言で針を刺していた。


 これは型抜きと言い、この板に刻まれた形に針を使って上手く型を抜くと、型の難易度に応じて金銭が貰えるのだと翼羽が説明する。


「え、金を? それは凄いな、よし」


 それを聞き、目の色を変えた零はさっそく腰を下ろして台の上で型と向き合う。そして台に刺さっている針を型に刺す。


「あっ」


 瞬間、型は真っ二つに割れ、目論見は失敗に終わる。


「えーもう終わり?」


 意地悪そうな翼羽の笑みに、再び闘争心を燃やす零。


「親父、もう一つ!」


 しかしその後、零は何度も型抜きに挑戦するも、一度も成功する事は無く――


「やった、出来た」


「なっ!」


 一方、黙々と最初の一枚目の型を抜き続けた翼羽が遂に成功を示す声を上げた。その掌には番傘の形に抜かれた型が乗せられていた。


「またまた私の勝ち」


「ぐっ!」


 勝ち誇った笑みの翼羽を見て、零は悔しそうに逆襲の機会を待つのだった。



 しかし、その後もいくつかの屋台を回り、輪投げ、水風船釣り、果てはくじに至るまで、零は翼羽に勝つ事は一度も無かった。


 並んで歩きながらほくほくと満足げな翼羽と、対象的に肩を落とす零の姿がそこにはあった。


「零って何でも器用にこなすように思えて、意外と剣以外の事はからっきしだよねえ」


「う、うるさいぞ」


 不服だと言わんばかりにそっぽを向く零。


「まあまあ」


 すると翼羽は、零の手を取って引きながらある屋台に向かう。


 握られた手、その状況に心臓の鼓動を早めながら零は一つの事に気付く。小さく、綺麗な女の子らしい手。しかしその掌は幾度も幾度も剣を振るってきた騎士の掌だった。


 その屋台の暖簾には林檎飴と書いてあり、そこには割り箸に刺した林檎の周りに飴をまとわせて固めた菓子が売っていた。


「林檎飴ご馳走してあげるから、機嫌を直して。ねっ」


 そう言いながら翼羽は二つの林檎飴を買うと、零に一つ手渡す。


 初めて見る菓子に少し戸惑ったが、零はとりあえず無作法に噛り付いた。


「……うまい」


 飴の甘さと林檎の瑞々しさ、それが口の中で調和され、何とも言えない幸福感に満たされる。零は自然と顔を綻ばせた。


 ふと隣を見ると、そんな自分の顔を嬉しそうに覗き込む翼羽の姿があり、零は顔が熱くなる。次の瞬間、轟く音と共に空が明るくなった。


「あ、ほら零、花火だよ」


 それは恒例の打ち上げ花火であり、祭りの夜空を彩り始めた。


「せっかくだから場所変えようか、良い場所があるんだ」



 そう言いながら翼羽は再び零の手を引き、祭りの会場からはやや離れた場所へと歩いて行く。


 そこは川沿いの静かな土手、二人はそこに腰を下ろし、ゆっくりと花火を見上げた。


 打ち上げられ、夜空に咲く大輪の花。それは手が届きそうな程近く、屋敷で遠目に見ていたものとは比べ物にならない程美しかった。いくつもいくつも夜空を彩るそれは、いつしか二人の時間を忘れさせた。


 やがて祭りの終わりを告げるように、花火の音と光が止み、夜の静寂の中に鈴虫の鳴き声だけが響いていた。


 名残惜しそうにしばらく空を見上げ続けた二人。すると、先に零が腰を上げる。


「そろそろ帰ろう」


「うん、そうだね」


 そう返しながら、翼羽もまた腰を上げた。直後零はふと我に返る。


 ――今頃翼羽が屋敷を抜け出している事がばれて騒ぎになっているかもしれないな。それに俺が翼羽を連れ出した事がばれれば、何か処罰を受けるかもしれない。


 零はそう考えながら、騎士としての規則や戒律を重んじ、いつも厳しい指導をしてくる藤堂の顔を思い浮かべ溜息を吐いた。


「ありがとね零、今日は楽しかった」


 すると、そう言いながら不意に翼羽が幸せそうな笑顔を浮かべた。


 ――まあいいか。


 それを見て、零に巻き起こっていた不安や鬱屈とした感情が吹き飛ぶ。


 ――お前が焚き付けてくれたお陰だ、ありがとな火神。


 そして心の中で、きっかけを作ってくれた雪加に礼を言うのだった。



 その後、二人は帰路を歩く。城下町から屋敷に繋がる小道は、人気が無く、夜天に煌々と輝く満月の光が差していた。


 そんな静かな雰囲気の道の先に、その男(・・・)は居た。


 異様な雰囲気を感じ、零と翼羽は立ち止まる。


 小袖と(はかま)姿、騎装衣のような外蓑(がいとう)を纏い、顔は浪人傘を被って隠している。そしてその腰には身の丈にもなろうかという程の長尺の大太刀、斬馬羽刀(ざんばわとう)を差していた。


「鳳龍院家嫡子、鳳龍院 翼羽だな?」


 その出で立ち、そして台詞から零はすぐさま目の前の男が脅威である事を覚り、腰の鞘から羽刀(わとう)を抜いた。それを見て、一拍遅れて翼羽もまた、懐から短刀を取り出し構えた。


 その男は浪人傘を被ってはいるが、肌に刺さり、ひりつきを覚える程に鋭い眼光を持つ。するとその男は浪人傘越しに翼羽の顔に視線を向けた。瞬間、翼羽は冷や汗を流し、上位捕食者に睨まれた被捕食者であるような錯覚に陥った。


「やはり似ているな、あの女に」


「……え?」


 意味深な男の呟きに、翼羽は反応する。


「貴様に恨みは無いが……と言えば嘘になるか。まあ、とりあえず貴様の命、貰い受けておこう」


 明確な敵意と殺意を放ちながら男は、腰に携えた斬馬羽刀(ざんばわとう)を抜き放つ。


「何のつもりだ貴様!?」


 対し、羽刀(わとう)を構えながら零は問う。


「二度言わせるな、その女の命を貰い受けると言っている」


 それを聞き零は一瞬、凄まじい怒気を孕ませ、しかし瞬時にそれを心の内に納めて無になった。直後、零は深く目を瞑り、そして開眼する。すると、その眼の瞳孔は縦に割れ、竜の如き瞳へと変貌する。


「俺の前で翼羽の命を狙うとはいい度胸だ、お前は生かしては帰さない」


 すると、竜域に入った零の眼を見て、男は嘆息交じりに呟く。


「くだらん、所詮は俺達(・・)の真似事。浅ましく、薄汚く、虫唾が走る」


 更に凄まじい殺意を放つ男がただ者ではない事を察した翼羽が零に提案する。


「零、私も戦う」


「来るな! こいつの相手は俺がする」


「……でも」


「退がっていろ、邪魔になるだけだ」


 しかし零は冷淡な口調で翼羽の加勢を拒み、そしてその言葉が正論でしかない事を翼羽自身が一番解っていた。すると零は翼羽を男から遮るように前に出ると、背中越しに言う。


「俺を信じろ、お前を守ると約束した」


「……うん」


 次の瞬間、零は地を爆裂させ、放たれた矢の如く一瞬で男の間合いに入る。そして高速の横凪ぎで男の胴を狙った。


 だが、男は斬馬羽刀(ざんばわとう)でその一撃を遮ると、力ずくで零を弾き返して距離を空けさせた。


 続く反撃、男は上段から下方への真向(まっこう)斬りを放つ。


「くっ!」


 長尺の斬馬羽刀(ざんばわとう)からの一撃は凄まじく、零はそれを受け止めながら膝を付く。すると男は動きの止まった零に向け横蹴りを放ち、鳩尾(みぞおち)にそれを受けながら零は再び後方に吹き飛んだ。


 そこへ男からの追撃、零の剣の間合いの外から、右方へ向けて水平に振り抜く斬撃、右下方から左上方への斬り上げ、左下方から右上方への斬り上げ、上段からの斬り下ろし、猛攻を仕掛ける。


 しかし、零はその一撃一撃を全て読み、紙一重で躱し続けていた。


 ――左一文字、逆袈裟、左逆袈裟、真向斬り。


 そして次に来るであろう一撃を受け流し、零は反撃を目論んだ。


 ――抜き胴!


 零の読み通り、男は更に開いた距離から突進しつつ、すれ違い様に斬馬羽刀(ざんばわとう)を奔らせた。零は自身の胴に迫る刀身を遮るように羽刀(わとう)を構え防御の姿勢を取る、しかし。


春花(しゅんか)哭文目(なきあやめ)


 ――軌道が変わっ――


 突然、迫り来る斬撃の軌道が変化し、その一撃は零の両目を狙った。


「零!」


 零の顔面から血が噴き出るのを見た翼羽が、思わず叫んだ。


「はあっはあっはあっ」


 しかし、紙一重で斬撃を回避していた零の両目は無事であり、代わりに左頬から流血する。

125話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に感謝しかありません。


誤字報告も大変助かります。これからも是非宜しくお願いします。

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