123話 新たな暗雲
五年後。
東洲、最東端の海上、その中空にて激突する二つの赤い閃光があった。
それは二騎の陣太刀であり、蒼い騎装衣を翻し、海面から激しい飛沫を舞わせつつ飛翔しながら、互いの羽刀型刃力剣を幾度となく交差させた。すると、一騎の陣太刀が騎体を瞬時に上昇させると、高速器動を繰り返しもう一騎の陣太刀を翻弄する。
そして――高速騎動から繰り出された羽刀型刃力剣からの振り下ろしに、もう一騎の陣太刀は反応出来ず、頭部すれすれに刃を寸止めされた。
※
戦闘は終了し、二騎の陣太刀は近くの浜へと着陸すると、双方の鎧胸部が開かれ、中からそれぞれ騎士が降り立つ。
「同じ騎体でもこれだけ動きに差が出るなんて、やっぱり零には敵わないなあ」
そうぼやくのは、羽装と呼ばれる鳳龍院家の騎士の正装に身を包む齢十三の翼羽であった。
背は竜殲騎を操刃出来る程には伸び、顎の辺りで切り揃えていた髪を肩の辺りまで伸ばし、愛らしさが殆どだった顔には美しさが備わりつつあった。
「一概にそうは言えない、陣太刀の核となっているのは炎の聖霊石。翼羽との相性が悪いというのもある」
そう慰めとも取れるような言葉をかけるのは、翼羽と同じく羽装に身を包み、翼羽よりもやや背が高くなり幼い顔立ちが抜けつつある零であった。
鳳龍院家の正式な騎士として認められてから一年、二人は竜殲騎 陣太刀を与えられ、今日も今日とて稽古を繰り返していた。しかしそこには以前のように翼渡の姿は無かった。
「それに生身の時程の差は無い。それは翼羽の純粋な操刃技能が俺よりも高いという事だと思う」
それを聞き、翼羽は僅かに表情を明るくさせて返す。
「ようやく一つだけ、零より優れているものがあったってことかな」
「一つだけじゃないだろ? 弓も翼羽の方が上手かった」
「でも私は刃力が低いから、刃力弓を使うとあっという間に刃力が切れちゃう。だから私はやっぱり白刃騎士として刃力剣一本で戦う道しかないと思う」
五年の歳月の間、翼羽と零との距離は相も変わらず開いたままであったが、翼羽は零の背中を追いながら着々と成長を続け、遂に一年前、零と共に翼渡から鳳龍院家の正式な騎士として認められる事となる。
しかし翼羽の剣の実力はまだ、零はおろか鳳龍院家の熟練の騎士達の域には至っておらず、またその低い刃力は、竜殲騎の稼動時間、聖霊騎装の選択の幅に影響し、あらゆる面で騎士として戦い抜くには課題が山積みであった。
だがそれでも、翼羽はあれから絶望する事はもう無かった。それは五年前、葉桜の木の下で零がくれた言葉と、交わした約束があったからだ。
そのように一歩ずつ歩みを進める翼羽であったが、そこには新しい暗雲が立ち込めつつあった。
※
その後、二人は屋敷の隣にそびえる蔵へと陣太刀を戻し、操刃室から降りる。するとそこには別の陣太刀を整備中の翅音の姿があり、翼羽は翅音の背中に話しかける。
「ねえ翅音」
「おう、稽古から戻ったか、調子はどうだ翼羽様?」
作業をしながら顔だけを翼羽に向けて尋ねる翅音。
「うーん、やっぱり私じゃ陣太刀を全然扱いきれないよ」
「まあ雲が守護聖霊の翼羽様じゃ炎属性の陣太刀は性能の半分しか引き出せねえからなあ」
それを聞き、翼羽が悪戯な笑みを浮かべた。
「ねえねえ翅音、私には雲属性の宝剣が必要だと思うんだけどどう思う?」
すると、翅音は大きく嘆息し、黒子頭巾越しに頭を掻きながら答える。
「簡単に言うなよ翼羽様」
宝剣というのは完全なるワンオフ騎、一から竜殲騎を作り上げるのは時間も費用も尋常ではなく掛かる上、那羽地では宝剣の核になる程の純度の高い雲の聖霊石というのは中々手に入らないのだと翅音が説く。
「わんおふ器?」
「ん、あーこの世に一つしか無いって意味だ、まあとにかく翼羽様がこの鳳龍院家を担う程の立派な騎士になった時は考えてもいいけどよ、まだまだひよっこなんだ、今は陣太刀で我慢しといてくんな」
歯に衣着せない職人気質の翅音から突っぱねられ、頬を膨らます翼羽であった。
※
「んもう翅音め、誰がひよっこよ」
そして屋敷へと繋がる渡り廊下を歩きながら一人憤る翼羽に、その少し後ろを歩く零が声をかけた。
「前から思ってたけど、不思議な人だなあの人」
何故か黒子頭巾を被り顔を隠している翅音。翼羽が生まれる以前に、翼渡が鳳龍院家に鍛冶として雇ったらしいが、詳しい事は翼羽も知らないのだという。
すると、零は何かを考え込むように口元に手を当て、その後に言った。
「初めて会った時から感じた。あの人、翼渡様と同じ匂いがする」
「えっ、父様と同じ匂いって……父様はもっとこう爽やかな匂いっていうか――」
「いやそうじゃなくてだな、あの人多分かなり強い。もしかしたら翼渡様と同じかそれ以上に」
突拍子も無い零の発言に、翼羽は眉をひそめた。
「父様と同じかそれ以上? 翅音が? ないない、そんな訳ない! 父様は東洲……いえ那羽地最強の騎士なんだからね」
顔を近付け、不満げに睨みを利かせる翼羽に、零はたじろぎながら返す。
「そ、そんなに意地になるな。もしかしたらって話だ、ただの勘だ」
そんなこんなで二人が話し込んでいると、渡り廊下の先から一人の少女か近付いて来た。
「おっ、何すか何すか? こんな所で痴話喧嘩すか二人とも?」
その少女は五年前、女中見習いとして働いていた火神 雪加。今では鳳龍院家の正式な女中として住み込みで働いている。すると、野次馬根性で近付いて来た雪加に対し、翼羽と零が順に言う。
「だ、誰が痴話喧嘩よ」
「不敬罪だ、腹を切れ火神」
直後、零の呟いた台詞に反応し、食い付く雪加。
「何が不敬罪すか、翼羽様を呼び捨てにしている青天目なんかに言われたくないっすね」
「俺はちゃんと許可を取ってる」
「許可した覚えなんてないんだけど!」
そんな取り留めのないやり取りをしていると、翼羽はふと我に返る。
「あ、こんな事してる場合じゃない、私父様の所に行ってくるから」
そしてそう言い残すと、その場から急いで走り去ってしまった。
そんな翼羽の背中を見ながら、雪加が悲しげな表情を浮かべた。
「翼渡様の具合、あまり良くないんすか?」
その問いに、零は少し俯き気味になり、ゆっくりと返す。
「……最近は、二日に一回は臥せてる。勿論元気な日もあるけど……翼渡様と最後に剣を交えたのは、もう一年も前の話だ」
すると雪加は、しばし黙した後で、再度不安げに零に問う。
「翼羽様、気丈に振る舞ってたっすけど、大丈夫なんすか?」
しかしその問いに、零は答える事は出来なかった。
※
翼渡の部屋。
敷かれた布団の上で横になる翼渡。翼羽はそんな翼渡の傍に座り、心配そうな表情を浮かべるのだった。
五年前と比べ翼渡の頬はこけ、明らかに瘦せ細り、顔色も青白く目にはどこか力が無い。五年前から月に一度、こうして臥せるようになり、それが数週間に一度、数日に一度と五年かけて病状は悪化していった。
医者によると原因は不明との事であり、翼羽は少しずつ弱っていく翼渡を見ながら何も出来ない自分が、ただただもどかしかった。
「父様、お体の具合はいかがですか?」
「うん、昨日は比較的良かったんだけどね、今日は少し体が痛む」
か細く言う翼渡に、翼羽は胸が締め付けられそうになった。そして涙が込み上げて来そうになるが、翼羽は必死にそれを堪えて笑顔になった。
「明日はきっと良くなります。そしたら一緒に庭を散歩しましょう」
もう何度繰り返しただろう。しかし、翼渡に会う度に悲しい顔を浮かべていては翼渡もきっと辛くなる。だからこそ翼羽は明るく振る舞うしかなかった。
すると、翼渡はゆっくりと上半身を起こし、そっと翼羽の頭に触れた。
「すまない翼羽、今年も城下の祭りには連れて行ってあげられそうにない」
そして申し訳なさそうにぽつりと呟いた。
夏の季節、城下町では毎年盛大な祇園祭が開催されており、翼羽はこの時期になると翼渡に連れられて忍びで祭りを楽しんだ。しかし翼渡が病床に臥せるようになってからは二年程、祭りに行く事をしていなかった。
「何を言うのですか父様、翼羽はもうすぐ十四になります。親に連れられて城下の祭などという齢ではございません」
翼羽の精一杯の強がりではあったが、翼渡はあからさまに肩を落として言う。
「はあ、昔は父様父様と足元にしがみ付いて来て愛らしかったというのに……いつの時代も子供というのはいつの間にか親の元を去って行ってしまうものなんだね」
そんな寂しそうなぼやきを聞き、翼羽は思わず本音を吐露しそうになる。すると翼渡は笑みをこぼしながらすぐに続けた。
「――なんて、本当は解っている。私に負い目を感じさせないようにという君の優しさを」
「父様」
「でも翼羽、可哀想だけど祭へは決して行ってはいけないよ」
いくら騎士になったとは言っても、翼羽のように身分の高い人間が、不特定多数が集う祭りのような場所に赴けばどのような危険に晒されるかは解らないからだと翼渡は説く。
「……はい、勿論分かっております」
すると翼渡がおもむろに腕を組み、天を仰いだ。
「ただ、私に匹敵する程の騎士が守ってくれるというのなら話は別なんだけどね」
そう含んだように呟く翼渡に、翼羽は不思議そうに首を傾げた。
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