122話 駆動竜殲騎
その後、屋敷の自室にて翼羽と零の帰りを待つ翼渡。すると――
「ただいま戻りました」
帰りを告げる零の声に、翼渡は固唾を飲む。そして、翼渡の部屋の襖が開かれると、そこには申し訳なさそうに不安げな表情を浮かべて佇む翼羽の姿があった。
「あの……ただいま戻りました父様」
翼渡に心配をかけただろうという思いから、気まずそうに俯く翼羽。そんな翼羽の元に、翼渡は全速で駆け寄って抱き寄せた。そして顔を涙と鼻水で濡らし、嗚咽しながら言う。
「すまない翼羽、翼羽がそんなに悩んでしまっているのを気付いてあげられないなんて父失格だ私は」
「と、父様?」
激しく狼狽える翼渡に対し、たじろぐ翼羽。そんな翼羽を他所に、翼渡が打ち明ける。
自分は翼羽と零を比較している訳でも、零を贔屓している訳でも無かった、ただ零と出会ったあの日から、零がきっと鳳龍院家の力になってくれるという思いと同時に、零ならば翼羽の騎士になりたいという思いを断ち切ってくれるだろうと考え、零と翼羽を一緒に育てようとしたのだと。
「そうだったのですね……でも、どうして父様はそこまで私を騎士にしたくなかったのですか?」
「君の母、和羽が鳳龍院家の騎士であり、八年前のとある戦で戦死したからだ」
翼渡の激白に、翼羽は驚き目を丸くした。翼羽は和羽が騎士である事を知らなかった。自分が生まれた半年後、病で亡くなったとずっと聞かされていたからだ。
「今まで嘘を吐いていてすまなかった翼羽」
しかし、和羽が騎士であった事を知れば、翼羽は更に騎士になろうという想いを強くしてしまう。だから言えなかったのだと翼渡は続けた。
翼渡は切実な思いを吐露し、その嘘が親の愛である事、優しい嘘である事を翼羽はすぐに理解した。しかし――
「父様、父様が翼羽の事を想って嘘を吐いていた事は解っております。ですが、翼羽はやはり騎士になる道を諦めたくはありません。真実を知ってしまった今は尚更そう思うのです」
強い決意、それは揺ぎ無い頑なな意志である。翼渡は抱き締めている腕を解き、両手を翼羽の肩に置きながらその眼を見た。そして翼渡もまた決意する。
「分かったよ翼羽……もう私は翼羽の道を遮ろうとはしない。翼羽は翼羽の道を信じて進めばいい」
「父様」
すると翼渡は、零の顔を一瞥した後で、再び翼羽の眼を見て続ける。
「だがその道を行けば、これまで以上に険しい道を行き、あらゆる挫折に阻まれる事になる、その覚悟はあるのかい?」
その問いに、翼羽は淀みなく答える。
「はい、もう大丈夫です。翼羽は翼羽なのですから……零が、そう教えてくれました」
すると翼羽は言いながら、両掌を胸の前に重ね、頬を赤くした。その様子を見て、翼渡は何やら察すると、零の元に歩いていく。そして零の両肩に手を置き、不自然な笑顔を浮かべた。
「零、確かに私は翼羽を元気付けてやってくれと言った。言ったよ?」
「は、はあ」
「でもね、誰がそこまでやれと言った?」
狂気を孕む笑みと、凄まじい威圧感に、零はたじろぎながら後ずさりをするのだった。
「父様、何をこそこそと話しているのですか?」
「あ、いや何でもないよ、ははは」
こうして一難去り、翼羽は零と共に、再び騎士となる為の道を歩み出すのだった。
※
場面は西洲、芦原の里。里の中心に造られた広大な堀、その内にある城郭の中にそびえ立つ巨大な天守閣がそこにはあった。そして金色の屏風が備え付けられた最上階の大広間、上段の間にて膝を立て、頬杖をしながら座す一人の少年の姿があった。
狩衣と呼ばれる白い装束に身を包み、黒い髪を後ろで束ね、蛇の如く鋭い眼光を放つ幼い少年の名は、天花寺 神鷹。天花寺家七代目にして現当主であった。
「竜祖の血晶を手に入れたにも関わらず、未だその身に取り入れておらぬとは、単なる愚か者なのか、それとも……」
神鷹は何やら対面に居るであろう何者かに語りかけていた。
「しかし人へと転生してから八年、人というのはかくも成長が遅い生物なのだな。この未熟な肉体ではまだ奴を殺す事は出来まい。ましてや塵に喰らい付く事しか出来ない野盗如きでは尚更だ」
「…………」
「だが、連中に仕掛けた竜殲術、やはりかつての力に近い物を持っている事が改めて分かった、それだけでも収穫があったと言えよう」
すると、神鷹はまるで餌を前にした蛇のように舌なめずりをしながら続ける。
「いずれにせよ、機が熟すまではしばしの時が必要だな。それまでせいぜい足掻き、苦悩しろ、鳳龍院 翼渡」
※
場面は再び変わり、東洲須賀の里。
鳳龍院家の屋敷の外にそびえる巨大な蔵に、翼渡、翼羽、零の三人は訪れていた。
その蔵の中の、とある物を翼渡から見せられ、零は口を開けたまま唖然とし、ただただ立ち尽くすのみだった。
そこに並んでいたのは、見上げる程に巨大な人型の駆動兵器。駆動竜殲騎と呼ばれる存在であった。
「これが……竜殲騎、これが動くのか!?」
唖然としながら呟く零に、翼羽が答える。
「勿論動くし、空だって飛べるのよ」
「え、そ、空もか!」
普段冷静な零が驚く様が可笑しくて、翼羽は笑いを堪えていた。
すると、蔵の奥から一人の人物が三人に近付いてきた。煤塗れの衣服に、黒子頭巾を被って顔を隠した不思議な出で立ちの人物に、零は警戒する。
「おっ、翼渡様に翼羽様に、そっちの餓鬼は初めてだな」
そんな零を見て、黒子頭巾の男が声をかける。
「やあ邪魔するよ翅音、ちょっとこの子に竜殲騎を見せてあげたくてね」
「ああ、そいつが翼渡様が拾ってきたっていう例の餓鬼か。いいぜ、まあ好きなだけ見てけよ」
「ありがとう翅音。この子は青天目 零、いずれこの鳳龍院家を守る騎士となる子だ」
「……ども」
翼渡から紹介を受け、零は翅音と呼ばれる男に軽く会釈をする。
「零、この人は翅音。鳳龍院家の鍛冶を務める人物だよ」
「れんきしょう?」
「竜殲騎やその武器である聖霊騎装の整備や修繕、そして開発を行う人物の事だよ」
「こ、これを、あんたが造ったのか?」
それを聞き、零の翅音を見る目が、怪しい男を見る眼差しから尊敬のそれへと変わった。
「ふふん、ここにある竜殲騎の解説を俺がしてやろうか?」
するとそれに気を良くしたのか、翅音が申し出ると、零は目を輝かせた。
「ああ、頼むよ翅音さん」
そうして、零は蔵の中を案内されながら翅音に竜殲騎を見せてもらい、その説明を受け、翼渡と翼羽もまたその後を付いて行く。
まず翅音は蔵に二十振り程並んでいる、同じ姿をした竜殲騎の解説をする。
「こいつは陣太刀、炎の聖霊石を核とした竜殲騎で、鳳龍院家の主力量産剣だ」
陣太刀と名付けられたそれは、赤を基調とした色彩に、かつて那羽地の騎士が着けていた甲冑を模した鎧装甲、兜飾りもまた、甲冑の兜に備えらえていたという鍬形と呼ばれる金色の二本角。左の腰には羽刀の形状を持つ羽刀型刃力剣と名付けられた刃力剣が備えられ、更には背部の四枚の推進翼も羽刀の形状をしていた。
零は興奮気味に、左右の陣太刀を交互に眺めながら歩を進める。そして蔵の最奥、そこに鎮座するある一振りの竜殲騎に零は目を奪われた。
陣太刀と同じ竜殲騎ではあるが、雄々しくそして美しく、一器だけ形状の違うその騎体は、陣太刀とは一線を画していた。
かつての那羽地の騎士の甲冑を模しながら比較的軽装な鎧装甲、兜飾りは陣太刀よりも大きな鍬形を着け、左右の腰に羽刀型刃力剣が備えられており、背部には羽刀の形状をした推進翼を四つ備える。
「これは……」
その竜殲騎に見惚れるように零が尋ねると、すぐさま翅音が答える。
「こいつは翼渡様の専用騎……宝剣 天十握だ」
「天十握、これが翼渡様の……」
初めて見る駆動竜殲騎に終始圧倒される零に、翼渡が言う。
「戦、そして強大な魔獣との戦闘ではこの竜殲騎での戦闘が必須となる。今やこの竜殲騎は騎士の剣と言っても過言では無いんだ」
「騎士の剣……翼渡様、俺はいつこの竜殲騎を扱えるんです?」
翼渡の話に食いつき、竜殲騎を所望するような零の発言に、翼羽が呆れたように返す。
「零、あなたがいくら強くて才能があっても竜殲騎を扱うのはまだ無理だよ」
「何でだ?」
「身長が足りないもの」
「そ、そうなのか?」
それを聞き、がっくりと肩を落とす零。
「ははは、確かに翼羽の言う通りだ。でも焦っては駄目だよ」
竜殲騎を扱うのは鳳龍院家の正式な騎士となってからであり、それに竜殲騎での戦闘では普段の騎士としての剣技や力が反映される。だから今は騎士としてとにかく剣を磨く、そして幾年か経ち、零と翼羽がもう少し大きくなったら竜殲騎の操刃の仕方を教えると、翼渡が告げた。
すると翼渡の言葉に、翼羽は少し遅れて驚いた表情になる。
「わ、私もですか父様?」
「当然じゃないか、翼羽も鳳龍院家の騎士になるんだろ?」
自分の道を照らしてくれるような翼渡の言葉に、翼羽は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「はい!」
そして振り返り、天十握を見つめながら、零もまた顔を綻ばせた。
舞台は五年後へと移る。
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