120話 劣等感と目指すべき背中
後日、翼羽と零は屋敷の庭にて“聖霊花の儀”を行った。
聖霊花の儀とは、開花した花の色で自身の守護聖霊を判別させる為に、聖霊花――異国ではエレムマリーと呼ばれる特殊な花の種に血液を垂らし、土へと埋める儀の事である。
そして翼羽と零がそれを行ってから一週間の時が経った。
この日は、聖霊花が開花する日。翼羽にとっては自身の運命を決める大事な日でもあった。
翼羽は心臓の鼓動を高鳴らせ、聖霊花の種を植えた庭の花壇へと向かいながら思いを巡らせていた。
――鳳龍院家の騎士は、父様も、婆様も皆守護聖霊は光だった。諷意鳳龍院流で戦うのなら、鳳龍院家の騎士となるのなら、私も守護聖霊は光でなくちゃならない。でもきっと大丈夫、だって私は父様の娘なんだから。
翼羽が想いを馳せながら花壇へ着くと、そこには既に翼渡と零の姿があった。
「おはよう翼羽」
「おはようございます父様」
「零と翼羽の聖霊花、ちゃんと咲いているよ」
翼渡の言葉に、翼羽は二人の間を縫って急いで花壇に咲く花を見る。花壇には二つの花が咲いており、左の花が零の聖霊花、そして右の花が翼羽の聖霊花であった。
それを見た翼羽は、しばしの間呆然と立ち尽くす。
何故なら、右の聖霊花の花弁の色は灰色、つまり翼羽の守護聖霊は雲であったからだ。自身の守護聖霊が切に願った光では無かった事は勿論だが、更には自身が避けたかった属性の守護聖霊であった事もその要因である。
属性にはそれぞれ特性があり、駆動竜殲騎を操刃した際、その属性によって相性の良い騎種と悪い騎種がある。白刃騎士は主に刃力剣を使用して白兵戦を行う騎種であり、また刃力剣は光の聖霊石を利用した聖霊騎装である為、相性が良い光、雷、炎、土属性を守護聖霊に持つ者が白刃騎士となる事が多い。逆に光属性と相性が悪い水、風、そして雲属性を守護聖霊に持つ者は白刃騎士となる事は少ない。
そして、鳳龍院家に伝わる諷意鳳龍院流は剣を主体とした流派であり、専ら白刃騎士の為の流派であると言っても過言ではないのだ。
「……雲属性」
心に降り注ぐ絶望を必死に払いながら、翼羽はふと左の聖霊花、つまり零の聖霊花に目を向ける。その花弁の色は白、つまり零は光属性であったのだ。
「どうやら翼羽は雲属性で、零は私と同じ光属性みたいだね」
「光、それって強いんですか?」
零の疑問に翼渡が答える。属性によって強いや弱いというのは無く、ただ属性にはそれぞれ特性がある為、相性の良い聖霊騎装や相性の良い騎種というのはどうしてもあり、零の光属性は白刃騎士、つまり諷意鳳龍院流との相性はとても良いとのことだ。
「成程」
すると、明らかに落ち込んだ様子の翼羽を見て、翼渡は慰めるように翼羽の肩に手を置き伝える。
守護聖霊が光では無かったからからといって落ち込む事はない、それに雲属性というのは確かに諷意鳳龍院流との相性は悪いかもしれないが、鳳龍院家の歴史の中に雲を守護聖霊に持つ騎士が居なかったわけではないと。
「最終的に騎士として大成するかは、結局の所本人の資質や努力次第だ」
「……はい」
翼渡の言葉で、少しだけ気を持ち直す翼羽だったが、聖霊花にもう一度視線を向けると、ある事に気付いた。
「あの……父様、この二つの聖霊花、形が違くはありませんか?」
「ん? ああ、これは形というよりは花弁の数が違うからそう見えるんだろうね」
翼渡が言う通り、二つの聖霊花は大きさこそ同じであるが、花弁の数が違い、翼羽の聖霊花の花弁の数は三枚、零の聖霊花の花弁は十六枚もあったのだ。
「どうして、こんなに花弁の枚数が違うのですか?」
翼羽の疑問に、翼渡は言い辛そうに口ごもると、観念したように答える。
「その……実は聖霊花の儀では、守護聖霊だけじゃなく刃力の量も判別出来るんだ」
刃力は竜殲騎を操刃する際の動力となり、聖霊騎装を使用する際の糧ともなる。刃力量が多ければ多い程、竜殲騎を長時間稼動させられるし、強力な聖霊騎装をより多く使用出来る。つまり刃力量とは竜殲騎を操刃する際の戦闘力に直結するのだ。
「……父様、開花した聖霊花の花弁の数は、普通の騎士でどの位なのでしょうか?」
覇気の無い声で翼羽が尋ねる。
「……大体八枚が平均の花弁の数、つまり刃力量だよ」
それを聞き、翼羽に再び絶望の雨が降る。平均で八枚、翼羽はその半分にも満たない三枚と遥かに少ない刃力量しか持っていない事が判明したからだ。
一方零はというと、花弁の数が十六枚、平均的な騎士の倍の刃力量を持つ。
竜域に達する能力、剣の才、光の守護聖霊、そして優れた刃力量。自分が持ってない物を、自分が望む物を全て持ち、自分とはあまりにも違いすぎる零の事を思うと、翼羽は羨望と嫉妬の念でどうにかなりそうだった。そしてそんな自分がたまらなく惨めだった。
※
その日の夜。間もなく日付が変わろうとしていた。そんな夜中に、火の聖霊石を利用した小さな灯の点る道場で一人、一心不乱に羽刀を振り続ける翼羽の姿があった。
幾度も幾度も、届かない何かに手を伸ばし続けるかのように、翼羽はただ羽刀を振り続け、手の皮が擦り剝け、豆が潰れ、羽刀の柄は赤く染まり始めていた。
すると道場の戸が開き、誰かが入って来る。それは零であり、零は黙々と羽刀を振り続ける翼羽の姿をただ黙って見つめていた。
そんな零に気付き、翼羽は零の方を向かずに言う。
「……なに?」
「別に、ただ随分必死だと思って」
その言葉に、翼羽は振っていた剣を止め、零を睨みつけ冷たく返す。
「必死じゃいけない?」
すると、零は翼羽の元に歩み寄り、腕を掴んだ。
「いけないとは言ってない、でも掌がこんなになるまで無茶して、そんな哀しそうな顔で剣を振り続けて、それで強くなれるとは俺には到底思えない」
「……あなたに何が分かるの!?」
零の一言で、翼羽は思いの丈をぶつけるように叫ぶ。
「私は父様のような騎士になりたい。鳳龍院家を、須賀の里を、東洲を守れるような立派な騎士に。でもこのままじゃなれない、私の守護聖霊は雲で、刃力量も零よりもずっと少なかった。だから零より何倍も努力しないと追い付けない、父様にも届かない。そう思う事の何が悪いっていうのよ!?」
そんな必死な叫びに、零は何も答える事が出来なかった。そして掴んでいた翼羽の腕を離す。
「出て行って、零の顔なんて見たくないんだから!」
自身を拒絶するような翼羽の言葉に、零は少しだけ哀しげな表情を浮かべると、背を向けた。そして――
「……無理はするなよ」と、だけ言い残し、道場を後にした。
翼羽は零の去った残影を見つめながら、酷い言葉を投げかけてしまった事を激しく後悔した。それを振り払うように、忘れてしまおうとするように、翼羽は朝まで剣を振り続けた。
※
それから、翼羽は何かに憑り付かれたように夜な夜な剣を振り続けた。目の下にくまが出来、体は悲鳴を上げ、剣術の稽古では明らかに精細さに欠けていた。そんな自分を叱咤するように翼羽は更に剣を振り続けた。
翼渡はそんな翼羽の異変に気付いてはいたものの、何か考えがあるのだろうか、あえて何も言う事は無かった。
しかし、そんな無茶が続く筈も無く、翼羽は剣術の稽古中、遂に倒れてしまうのだった。
その後、部屋に敷かれた布団の上で横になる翼羽は、過労から来る発熱で体を動かせず、暫くの間大人しく時を過ごしていた。
そんな折、翼羽は仰向けになったまま、手に持ったとある髪飾りを見つめていた。それは桔梗と翼を模した髪飾りであり、翼羽にとって何よりも大切な物であったのだ。
すると、そっと翼羽の部屋の襖が開かれ、飛美華が様子を見に来た。そして、哀しげな表情で一人物思いに耽る翼羽が、その手に桔梗と翼の髪飾りを持っている事に気付き、声をかける。
「それは……和羽の形見の」
「……婆様」
飛美華の存在に気付き、自身の中の葛藤を悟られないように、髪飾りを布団の中に隠す。しかし飛美華はそんな翼羽をお見通しだと言わんばかりに、冷静に続けた。
「そういえばお主は、その髪飾りを一度も着けた事が無かったのう」
すると翼羽は大きく溜息を吐き、布団の中に隠した髪飾りを見せながら返す。
「……翼羽は、母様が美しく聡明で、優しくそして強いお方だったと聞きました。翼羽はきっとまだ母様のようにこの髪飾りが似合う素敵な女性には到底なれておりません」
「…………」
「と言っても母様は翼羽が赤子の頃に病で亡くなり、実際に母様がどのようなお方だったのかは翼羽には分かりかねます」
翼羽は言いながら体をゆっくりと起こし、強い決意を表明するように、淀みのない声と真っ直ぐな視線で飛美華へと告げる。
「だから翼羽は父様のようになりたいのです、父様のように立派な騎士になり、この髪飾りに相応しい女性になれた時が来たら、これを着けようと思っているのです」
翼羽の決意と想いをただ黙って聞き入る飛美華。すると翼羽は、再び哀しげな表情を浮かべて続ける。
「ですが、その日はまだまだやって来そうにはありません」
「どうやら、大きな壁にぶち当たっているようじゃな」
飛美華の言葉を聞き、翼羽はすぐに零の顔を思い浮かべた。そしてそれを払拭するように、何度も頭を振った。
「急いては事を仕損じる、過ぎたるは及ばざるが如し。とにかく今はゆっくり休む事じゃな、何事も程々が大事じゃからな」
「……はい」
暗に無茶をした事を飛美華に窘められ、翼羽は不満げに返事をして布団を顔まで被るのだった。
120話まで読んでいただき本当にありがとうございます。もし作品を少しでも気に入ってもらえたり続きを読みたいと思ってもらえたら
【ブックマークに追加】と↓にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にポチッとしていただけると作者として大変励みになります!
どうか宜しくお願い致します。