117話 天花寺家の影
「いったい、これは!?」
突如自刃し絶命したざんばら髪の男を見ながら、不可解そうに藤堂が問う。
「恐らくは竜殲術。事前に術をかけ、何らかの条件を満たした時に発動するような類の能力だろうね」
対し、翼渡が考察しつつ結論付けると、自身の理解を超越した力に、不安げに呟く二人の家老騎士。
「こ、これが竜殲術……なんとも恐ろしい」
「しかも翼渡様、こやつらを差し向けた首謀者は結局わからずじまいでございます」
すると翼渡はすぐに首を横に振った。
「いや……首謀者は大体目星がついている」
「な、なんですと?」
「それは一体、その者の名は?」
首謀者の見当が付いているという発言に、藤堂達家老騎士と翼羽が生唾を飲んだ。すると、翼渡はゆっくりと口を開き、その名を口にする。
「……天花寺 神鷹」
天花寺家、それは鳳龍院家と那羽地の国を二分する門閥の内の一つ。その天花寺家の七代目当主の名を翼渡が口にした事で、辺りは静寂に包まれた。
「て、天花寺ですと! 鳳龍院家と天花寺家とはこれまで共同で国を治める二大門閥として友好な関係を築いてきました、何故そのような?」
「そ、そうです父様、しかも天花寺 神鷹は翼羽と同い年、まだ齢八の子供ではないですか」
翼羽が驚くのも無理はない。二年前に天花寺家六代目当主が病でこの世を去った事で、齢六という若さで天花寺家の七代目当主に即位した異例の人物であったからだ。そして現在においても齢八、年端もゆかない子供であるのだ。
すると翼渡が、雨の降りしきる青天を仰ぎながら、何かを思い出すように静かな口調で返す。
二年前の即位式の場で見た神鷹という子供の眼、その眼の奥はあまりにも多くの野心に満ちていて、あまりにも深い憎悪を抱き、あまりにも暗い闇のような眼……この子供はいつか東洲に、そして鳳龍院家に牙を剥く、なんとなくそんな予感がしたと。
翼渡の言葉に、様々な憶測が飛び交い、辺りは再び静寂に包まれた。
「あ……いや、ただの勘だよこれは、根拠もなければ証拠も無い。だから君達も決して軽はずみに他言してはいけないよ」
すると翼渡は、あたふたしながら取り繕うようにそう続けた。
直後、民家にこもっていた里の住人達が様子を伺うように外に出て来た。野盗が現れた後、里に漂っていたただならぬ雰囲気が消え去ったからだろう。
「君達は里の住人にこの騒動の説明を頼むよ、勿論色々とうまくね」
「承知しました……あーーーっ!」
すると、翼渡の命令に返事をした直後、藤堂が何かを思い出したように叫びを上げる。
「と、突然大声出してどうかしたのかい藤堂?」
「いえ、今回翼羽様が危険に晒されてしまった原因の全てがこの藤堂にあった事を思い出しまして!」
「え、そうなの?」
突然の申告を受け、きょとんとしながら尋ねる翼渡に、藤堂は偽りなくはっきりと答えた。
「はい、私が嘘を吐くのが下手なばかりに、本日我らが日向の里に向かう事を翼羽様に覚られてしまったのでしょう」
そう言うと藤堂は腰の羽刀を抜刀し、上衣をはだけさせた。
「この責任、自刃にて取らせていただきます」
突然、自責の念から切腹しようとしだす藤堂を見て、顔を青ざめさせる翼渡と翼羽。
「ちょ、藤堂! いいから、もうそういうの今流行らないから……そんな事されてもこっちに何の得もないから!」
「そうよ藤堂、元はと言えば翼羽のせいなのだから、そんな事する必要ないわ、ねっ!」
「……翼渡様と翼羽様がそこまで言うのならば、止めにします」
翼渡と翼羽に止められ、藤堂は渋々と言った様子で羽刀を納め、先ほどの命令の通り住人に事の顛末の説明をしに行った。それを見て心底ホッとしように大きく息を吐く翼渡と翼羽であった。
すると翼渡は、野盗にレイと呼ばれていた少年の元に、おもむろに歩み寄る。
「と、父様! その子をどうするつもりですか?」
それを見た翼羽に、嫌な予感が過った。
「え? どうするって、屋敷に連れ帰るんだけど」
「え、あ、そうなのですね」
あっけらかんと言い放つ翼渡に、翼羽は拍子が抜けた。藤堂の切腹未遂のせいで色々と心配性になっているようだと心の中で漏らしながら、翼羽は胸を撫で下ろした。しかし直後、翼渡の言っている意味を後から理解し、すっとんきょうな声を上げる。
「え! 屋敷に!」
※ ※ ※
暗闇の中、少年は巨大な蛇の魔獣が里の住人に襲い掛かっている光景を眺めていた。一人、また一人と食われていく住人を見つめながら、少年は何も出来ず恐怖で震えていた。
そして、そこには血まみれで絶命する男女と幼い少女が倒れており、少年はその三人に向かって届かない手を伸ばしながら叫んだ。
しかし何故か声は出ず、血まみれの三人は無情にも蛇の魔獣に食われていく。
その光景から目を背け、少年は膝を抱え込んだ。
――俺があの時もっと強ければ、俺がもっと早く自分の力に気付けていれば。
暗闇の中降り出す雨の寒さに震えながら、少年は一人闇の中に沈んでいった。
※ ※ ※
「父さん……母さん……茜」
どこからか頬を撫でるそよ風と、降り注ぐ光の眩さが、少年の目をゆっくりと覚ます。
少年が重たい瞼を静かに開けると、目の前には見覚えの無い高い天井があった。そして自身が柔らかな何かの上に寝ていて、温かなものが掛けられており、それが何年も味わった事が無かった布団の温もりである事に少年は気が付いた。
「どうやら目が覚めたようだね」
突然聞こえる声、しかも遠くない過去に聞いた事のある声、少年は少しずつ覚醒する意識の中で、それを発するのが自身の敵であった事に気付き、布団から飛び起きて壁を背にする。
素早く辺りを見回すと、そこはどこかの屋敷の一室で、畳張りの広い部屋、どこまでも高い天井、ここが身分の高い者が住まうのであろう場所である事は容易に理解出来た。
そして先ほど声をかけて来た人物に視線を向けると、自身を倒した騎士である事を確信する。また、そこには他にも日向の里で目にした騎士達や少女の姿も確認出来た。
「お前らは! ……ここは何処だ? 俺をどうするつもりだ!?」
最大限の警戒をしながら問いかけると、少年を倒した騎士……翼渡が正座をしたまま答える。
「言葉は喋れるみたいだね、ここは鳳龍院家の屋敷だよ。話は奴らから聞いた、君は記憶が無い事をいいことに野盗に利用されていた、だから保護したんだ」
「保護だと? あいつらはどうした?」
少年の問いに翼渡がしばし口を噤むと、少年はすぐに何かを察する。
「死んだのか? お前が殺したのか?」
「……私が憎いかい?」
翼渡は肯定を示すように、否定をせずに問い返した。すると、少年は表情を変えず答える。
「別に……奴らの事なんてどうでもいい。俺は奴らの名前すら知らない、奴らは俺を利用し、俺は食う為に奴らに飼われていただけだ」
「食う為に飼われる……か、それならば君はここで騎士を目指してみたらどうだい?」
すると、翼渡が突飛な提案をしだし、周囲を驚かせた。特に鳳龍院家の騎士を目指している翼羽は、並々ならぬ思いで食い付く。
「父様! 突然何を言っておられるのですか? このような何処の馬の骨かもわからぬ者が鳳龍院家の騎士になれる筈が!」
「まあまあ翼羽」
翼渡は、そんな翼羽を宥めるような口調で返すと、再び少年に視線を戻す。
「あの時君は竜域に入っていた。今の鳳龍院家で竜域に入れる騎士はもはや私一人なんだ、いつか君が鳳龍院家の騎士になってくれれば心強いんだけど」
翼渡の言葉に、その場に居る家老騎士も、翼羽も俯いた。自分達の不甲斐なさを恥じるかのように。そう、翼渡の言う通り、鳳龍院家で竜域に入れる騎士は翼渡ただ一人である。
かつて、まだ騎士が生身で竜と戦っていた時代、騎士が唯一竜に対抗し得る手段、それが竜域であった。極限の集中状態の中で己の潜在能力を最大源に発揮する竜域は、騎士として戦うには必須の技能でもあったのだ。
しかし、やがて銀衣騎士や聖衣騎士と呼ばれる所謂覚醒騎士が出現するようになってからは、竜域に入って戦う騎士は一人、また一人と姿を減らしていった。また、突如力に目覚め、超常的力を常時発揮する覚醒騎士は天空界オルスティアからやって来た騎士――オルスティアの騎士と呼ばれるようになり、対し人間の力の延長でしか戦えない竜域の騎士はやがてラドウィードの騎士と揶揄されるようになる。
そして、多数の覚醒騎士を有する天花寺家に対し、鳳龍院家は覚醒騎士を有しておらず、覚醒騎士に対抗する唯一の手段である竜域、それに達する事が出来る騎士は翼渡唯一人。
那羽地を治める二大門閥といえば聞こえはいいが、その実双方の国力の差には明確な開きがあったのだ。
「りゅういき……お前も俺の力を利用するつもりという訳か?」
するとそんな少年の問いに、翼渡は眉をひそめ、くすりと笑みを漏らす。
「え、いやいやいや力を利用って……」
「な、何がおかしい?」
「だってまだ全然弱いし、君」
翼渡の直球に、少年は赤面した。そんな少年に追い打ちをかける翼羽。
「そうよ、あなたなんて父様に手も足も出なかったくせに」
「なんだと女!」
「きゃっ!」
しかし、少年に凄まれ翼羽は翼渡の背中の影に隠れるのだった。
「こらこら君達喧嘩は止めなさい……少年、君がここで騎士を目指すというなら衣食住は提供する。ただし騎士に相応しい礼儀や作法、知識を学び、剣術や操刃を学んでもらう」
「そうじん?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる少年に、翼渡が説明する。駆動竜殲騎……異国では“ソード”とも呼ばれている。わかりやすく言えば巨大な絡繰人形みたいな物で、騎士となればいずれはそれに乗って戦う事になる、それを操刃というのだと。
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