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116話 竜瞳の少年

「藤堂、上!」


 翼羽の声で藤堂が上を見上げると、何者かが落下と共に振り下ろしの斬撃を放ち、藤堂はそれを羽刀わとうで防いだ。


「ぐっ!」


 落下の速度が加わった一撃は重く、膝を付く藤堂。更に怯んだ藤堂に追撃、その人物が藤堂の側頭部に蹴りを炸裂させ、藤堂は吹き飛び地へと倒れこむ。


「き、貴様!」


 それを見た残る二人の家老騎士が同時にその人物へと斬撃を放つ、しかしその人物は双方から迫り来る斬撃を一瞬でいなし、姿勢を低くさせ二人の家老騎士の間をすり抜けると、瞬く間に翼渡の間合いへと入った。そして下方に大きく構えた後、高速の振り上げを翼渡に放ち、それを羽刀わとうで受け止めた翼渡と鍔迫り合いのような形になる。


 ――子供!


 突如現れ、疾風の如き身のこなしを見せたその人物に対し、翼渡は二つの事に気付く。


 ぼさぼさに荒れた黒髪と、薄汚れたぼろぼろの衣服を着たその人物が、齢十にも満たない幼い少年であるという事と、そして鋭い眼光を放つその瞳が、竜の如きそれへと成っている事にである。


「この餓鬼、まさか“竜域りゅういき”に入って……」


 少年の蹴りを受けた藤堂が立ち上がり、少年が竜域に入っている事に気付き驚愕した。


 竜域、それは興奮と沈着、憤怒と悲哀、恐怖と安堵、ほんの僅かなずれすらも許されない無の極致。極限の修練と闘争の果て、選ばれたほんの一握りの騎士だけが到達出来るという領域。現鳳龍院家では翼渡を除いて入る事が出来る者がいない域に、年端も行かない少年が居るというのはまさに、あり得べからざる事なのだ。


「翼渡様、今加勢します」


 そして翼渡と鍔迫り合いをした状態の少年に向かい、藤堂達三人の家老騎士が斬りかかろうとする。


「来るな!」


 しかし、それを静止する翼渡。


「よ、翼渡様?」


「こいつの相手は私がする。お前達の仕事は翼羽の護衛と、そこの男を生け捕りにする事だ」


「はっ」


 翼渡の命令で家老騎士達は、それぞれが翼羽と、ざんばら髪の男の元へと向かった。


 一方、鍔迫り合いの状態は解除され、少年は翼渡に猛攻を仕掛ける。


「ふーっ、ふーっ、ふーっ!」


 激しい息遣いで、荒々しい剣を連続で振るう少年。その一撃一撃の疾さは凄まじく、土埃を舞わせながら少しずつ翼渡を後方へと追いやっていく。


 しかし、翼渡はその全てを片手持ちの羽刀わとうで、顔色一つ変えず、汗一つかかず、いなし続けた。


「この歳で竜域に入れるとは末恐ろしい。その才能には目を見張るものがある。だがお前の戦い方は剣術と呼ぶには程遠くその太刀筋は出鱈目、獣が剣を咥えているに等しい」


 そう言うと翼渡は、少年が放った袈裟斬りに対し、下方からの振り上げ斬り――逆風さかかぜを放つ。


 瞬間、少年の羽刀わとうの刀身が破断され、宙を舞い、そして地へと刺さった。


「がああああっ!」


 羽刀わとうの刀身を失い唖然としながらそれでも尚、折れた刀身の羽刀わとうで斬りかかろうとする少年をかわして、翼渡は背後に回ると、少年の後頚部を羽刀わとうの峰で殴打した。


「ガハッ!」


 その一撃で少年は両膝を地に付き、前のめりに倒れると、ピクリとも動かなくなった。


 また、藤堂達は既にざんばら髪の男を捕える事に成功しており、ざんばら髪の男は喉元に刃を向けられ地に這いつくばっていた。



 そうして突如始まった戦闘は終わりを告げ、翼渡はざんばら髪の男に尋問する。


 血晶の事はどこで? 西洲の人間なのか? 誰に雇われたのか?


それらの問いに対し沈黙を貫くざんばら髪の男。翼渡はそれを見て深い溜め息を吐く。


「この子の前で、あまり残酷な事はしたくないからね……拷問の類いはするつもりはない」


 諦めたような翼渡の台詞に安堵したのか、ざんばら髪の男は大きく息を吐いた。


しかし直後、翼渡は腰の鞘から羽刀わとうを抜き放ち、ざんばら髪の男の頸元に刃を向ける。雨で濡れる白銀の刃が妖しい光を放った。


「――だから、苦しませずに一思いで終わらせるよ」


 そう言いながら羽刀わとうを振り上げる翼渡、その眼は鋭く、かつ一点の曇りもなく、翼渡の言っている事がはったりではないと悟ると、ざんばら髪の男は全身から冷や汗を噴出させた。


「待て! 待ってくれ! 言う、何でも話すから命だけは助けてくれ!」


 無様に命乞いをするざんばら髪の男を見て、翼渡は静かに羽刀わとうを納刀した。そして氷のように凍てついた表情を一変させ、普段のおっとりとした柔らかな表情に戻る。


「よし、それでは詳しく答えてもらおう。まず、あの少年の事についてだ」


 核心めいた質問よりも、少年の事を真っ先に聞こうとする翼渡に、翼羽や藤堂達家老騎士達はきょとんとし、そしてざんばら髪の男までも首を傾げた。


「え、あ……あいつは……レイは一年前に西洲の出雲いずもの里で拾ったんだ、あんたが言う通り俺達は西洲の人間だ」


「出雲の里……確かそこは一年前に魔獣の群れの襲撃を受けて滅びた里、拾ったとは?」


 ざんばら髪の男が答える。出雲の里が七歩蛇しちほだと呼ばれる魔獣の群れの襲撃を受け壊滅寸前だという噂を聞き、どさくさに紛れ金目の物を奪うつもりで出雲の里を訪れた。予想通り里は死体で溢れかえっていた。しかしそれは人のものだけではなく、七歩蛇のものもであった……討伐隊はまだ来ていない筈なのにである。


「俺達はとんでもねえものを目にし、その目を疑った」


「とんでもないもの?」


 翼渡が聞き返すと、ざんばら髪の男が気を失っている少年に視線を向け、生唾を飲みながら続けた。


 まだ年端もいかない子供が、羽刀わとう一本で魔獣の群れと戦っていた。恐ろしく速く、恐ろしく強く、魔獣は血を撒き散らせながら一匹、また一匹と息絶えていった。そして最後に立っていたのはその子供だけであったのだと。


「まるで竜のような瞳を持つその餓鬼は魔獣を倒し終えると力尽きて気を失った。俺達は討伐隊が来る前に急いで金品を回収し、その餓鬼も連れていった」


 火事場泥棒の如き行い、その人道に反したある意味野盗らしさに、翼渡は僅かに怒りを漏らすが、ざんばら髪の男は気にせず更に続け、やがて自分達の根城で目を覚ましたその子供は何故か自分の名前を含む一切の記憶を失っていたのだと明かした。


「記憶を……そうか、だからあの子を道具のように利用してきたんだね」


「い、いや違う、確かにレイの力を利用してきたのは事実だ、だがあいつはまだ餓鬼なんだ、親のいない餓鬼なんて野垂れ死ぬのがおち、俺達は持ちつ持たれつの関係だったんだ!」


 必死で自己弁明をするざんばら髪の男を見て、翼渡は嫌悪と侮蔑に塗れた視線を向けながら嘆息した。


「もういい……じゃあ次の質問だ。私達が竜祖の血晶を手に入れようとしていた事をどうやって嗅ぎ付けた?」


「そ、それは依頼主から聞いたんだ」


「そうか、では最後の質問だ……その依頼主とは誰だ?」


 翼渡の核心めいた問いと、発する威圧感に、ざんばら髪の男は本日何度目かもわからない生唾を飲み込んだ。


「わ、わかった答える……俺達をあんたに差し向けたのは――」


 だが、ざんばら髪の男が依頼主の名を口にしようとしたその時だった。


「あ、がああああっ……がっ!」


 ざんばら髪の男から目の光が消え、男は声にならない声を漏らし、全身を震わせながら、懐に忍ばせていた短刀を抜くと、突如自分の腹部に突き刺した。


「がっ……あっ……たすけ……が……ごはあっ!」


 そして、口から大量の血を吐きながらその場に倒れ込み、息絶えた。


その壮絶な光景を見て、藤堂は自身の着物の袖で翼羽の目を覆い、残る二人の家老騎士は唖然とその光景を眺めていた。

116話まで読んでいただき本当にありがとうございます。もし作品を少しでも気に入ってもらえたり続きを読みたいと思ってもらえたら


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どうぞ宜しくお願い致します。


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