115話 竜祖の血晶
一方、須賀の里を出発してから約四刻《二時間》。翼渡と家老騎士である三人の騎士達は日向の里に降り立っていた。
茅葺屋根の民家が建ち並び、周囲の景色は全周ほぼ田である片田舎のこの里にて、翼渡は老齢の里長と話していた。
「まさか翼渡様自ら、遠路はるばるこのような片田舎にご足労いただけるとは」
里長の家、居間では翼渡と里長の二人だけが向き合っていた。
「いや、こちらこそ情報を貰えて助かる。早速だが見せてくれるかい?」
「はっ」
翼渡に促され、里長は布にくるまれたとある物を翼渡に見せる。それを見るなり翼渡は、目の色を変えて前のめりになった。
「これは!」
それは親指の先程の小さな真紅の石。艶めかしく輝き、聖霊石とは別物の宝玉のような何かであった。翼渡は真紅の宝玉を手にした瞬間気付く。その石は生物の心の臓のように、温かくそして鼓動していたのだ。
「これだ! ……これこそが!」
翼渡は歓喜に満ち溢れたような表情を浮かべた後で、窮地に一生を得たかのように、ほっとした様子でゆっくりと目を瞑った。
「まさかこれが本当に那羽地の地にあるなんて……一体これを何処で?」
里長が言うには、これは二十年程前に田を耕していた時、天から突然降ってきたものであり、見た事もない不思議な石であった。もしかしたら天空界から落ちてきたのではないかと思い、それ以来大切に仕舞っておいたのだが、ようやく手放す決心が付いたのだと。
「本来であれば書簡が回ってきた時すぐに連絡をするべきであったのですが」
「そうか、いやとにかくこれを見つけ、大切に保管していてくれた里長殿には礼を言っても言い切れない」
「はあ、も、勿体ないお言葉。それにしてもこの石は一体何なのでしょうか? まるで生きているかのようで少々気味が悪うございましたが」
得体の知れない真紅の宝玉を訝しむ里長に、翼渡は淡々とした口調で答える。
これはとにかく貴重な石であり、是非とも鳳龍院家の家宝にしたいと思い、一年前に情報提供を集う書簡を東洲中の里に送らせてもらったのだと。
「あ、勿論譲ってもらえるならばそれなりの報酬を与えさせてもらうよ」
「ほ、本当でございますか!」
不自然に宝玉の正体を濁すような翼渡であったが、報酬を与えられるという喜びの方が勝り、それを気にする様子は皆無な里長なのであった。
その後、真紅の宝玉を手に入れた翼渡は、里長の家を出ると、三人の家老騎士達が心配そうに詰め寄る。
「どうでしたか翼渡様?」
「やはり昨日の里の時のようにまた偽物であったのですか?」
すると翼渡は静かに顔を綻ばせた。
「いや、今度こそ本物だったよ」
「おおっ、遂に見つける事が出来たのですね?」
「ああ、これで万が一の時でも翼羽に希望を残してあげられる」
翼渡がそう言いながら安堵の表情を浮かべた直後、何者かの気配に気付き、それらに鋭い視線を向けた。
いつの間にか周囲には、体格の良い十人程の男達が立っており、いずれもその顔や体には無数の傷が付いていて、手には羽刀や剣や槍、斧などの武器を携えていた。その出で立ちは騎士と呼ぶにはあまりにもバラバラで、あまりにもみすぼらしく、翼渡達は目の前の集団が野盗の類である事をすぐに察した。
「てめえが鳳龍院家の当主、鳳龍院 翼渡だな?」
集団の一番前に居る野盗の頭領と思わしき、無精髭にざんばら髪の男が翼渡に尋ねる。
「何者だ貴様達!?」
すると、藤堂達家老騎士三人が翼渡を守るように前に出て、腰の羽刀を抜いて尋ね返す。
「質問を質問で返してんじゃねえよ。ははっ、だが配下の犬共が必死こいて守ろうとしてやがる、明らかにお偉い御方ですって言ってるようなもんじゃねえか」
藤堂達の行動を見て、確信を得るざんばら髪の男。
「ふんっ、金目当ての野盗と言ったところか? 鳳龍院家の騎士を舐めるなよ」
そう言いながら、藤堂は羽刀の柄が軋む程強く握り、今まさに目の前のざんばら髪の男に斬りかかろうとした。しかし、その直後。
「まあ待て待て、こいつを見てもまだそんな強気な態度を続けられるか?」
ざんばら髪の男が、品位とはかけ離れた悪意を孕んだ笑みを浮かべてそう言うと、部下の一人だろう男が民家の影から出てきた。
その手には縄を持っており、縄はとある人物へと繋がっていた。縄で縛られた一人の人物を目にし、翼渡達は目を丸くして驚愕する。
「……父様」
縄で縛られた人物とは、翼羽であり、野盗に縄で縛られて捕われ状態となっていたのだった。
「はっはっはっ、道中良い拾い物をしてな。こいつは確か鳳龍院家の一人娘だったよな? 俺にもツキが回ってきやがったって事だ」
優位を確信したのだろう、ざんばら髪の男が笑い飛ばす。しかし、そんな男には目もくれず、翼渡は顔を伏せる翼羽に視線を向けた。
「翼羽、どうしてここに?」
「……申し訳ありません父様、翼羽は父様達が何をお調べになっているのかをどうしても知りたくて黒天丸に乗ってここまで来てしまいました」
「どうしてこの場所が?」
「それは……その」
翼渡の問いに、翼羽は言い淀んだ。正直に言ってしまえば藤堂に迷惑がかかってしまうと考えたからだ。
「ま、まさかあの時ですか?」
しかし藤堂は、昨夜の事を思い出し、自分のせいであることを既に察していた。直後、翼羽を捕えている野盗の一人が叫ぶ。
「何を悠長にくっちゃべってやがる? 娘を殺されたくなかったらさっさとその“竜祖の血晶”をこっちに渡してもらおうか」
竜祖の血晶という言葉が野盗の口から出た事で、何かを覚ったのか翼渡は大きく嘆息した後、目つきを鋭くさせた。するとその瞳孔は縦に割れ、まるで竜の如き瞳へと成る。
「……一拍だけくれてやる、すぐにその娘を解放しろ」
そして先程までの穏やかな口調とは別人のように、起伏が無く、冷たいものへと変貌する。
「ふざけた事言ってんじゃねえ! そうしてほしけりゃ竜祖の血晶を渡せって言って――」
刹那、既に翼渡は野盗の背後に背を向けたまま納刀の姿勢で立っており、鯉口の音が響く。
「警告はした」
そして首から血が噴出し、絶命して倒れる野盗。更には翼羽を縛っていた縄も切断されていた。
「……と、父様」
その凄まじい剣技と、竜の如き威圧感を初めて目の当たりにし、翼羽は目を丸くして足を竦ませた。
「こ、この化け物が!」
仲間の一人が一瞬で殺され、野盗の全員が臨戦態勢を取る。それを見て翼渡は納刀した羽刀を再び抜刀し、正眼に構えた。
「よく見ておけ翼羽、お前がなりたいと言っていた騎士……それがどういうものなのかを」
「…………」
それから数分も経たぬ内、翼渡と家老騎士達により、野盗の殆どが斬り伏せられ絶命していた。残るは頭領であろうざんばら髪の男一人。
「ふ、ふざけんなよ、あの野郎! 鳳龍院家には蒼衣騎士しかいねえからこの仕事は俺達でもこなせるって言ってたじゃねえか」
するとざんばら髪の男は何者かに対する不満を漏らしながら、自身に迫り来る脅威に圧されるように後ずさりしながら辺りを見回した。
「おいレイ、何処にいやがる? てめえの出番だぞ! こいつらを殺せ! こういう時の為にてめえを飼ってやってたんだぞ、少しは役に立ちやがれ!」
ざんばら髪の男がそう叫んだ直後、戦いを遠目で見ていた翼羽が何かに気付く。それは、澄み切った青天から突然温かな雨が降り始めたことだ。
翼羽は日の眩しさを堪えながら空を見上げた、すると同時にもう一つの事に気付いた。羽刀を振り上げつつ民家の屋根から飛ぶ何者かにである。
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