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113話 鳳龍院 翼羽

 遥か昔、天空にはオルスティアと呼ばれる世界が存在するという神話が伝えられ、地上に広がる世界はラドウィードと呼ばれていた。


 地上界ラドウィード。そこは海と呼ばれる広大な水の世界が広がり、更にそこには大陸と数多の島々が存在していた。


 その地上界にて、かつてラドウィードを支配していた竜祖セリヲンアポカリュプシスが目覚め、セリヲンアポカリュプシス率いる竜族と人類との最大の戦役、〈つるぎと黒き竜の火〉が巻き起こった。


 そして……神剣と呼ばれる絶大な力を持つ七振りの駆動竜殲騎(りゅうせんき)と、それを駆る竜殲りゅうせんの七騎士と呼ばれる七人の騎士達を主戦力とした人類側の勝利で戦いが終結し、それから二十年の月日が経とうとしていた。


 竜族が滅び、人々は平穏の中で戦いの無い日々に埋もれ、やがてそれはただの凡庸な日常へと変わっていくのだった。


 そんなラドウィードの地にとある孤島国家があった。


 ラドウィードには唯一の大陸国家であるエリギウス王国と、四つの群島王国を合わせて五大王国と呼ばれる国家があり、エリギウス大陸の東方に存在するその孤島国家は、それら五大王国とは比べるべくもない矮小な国家であった。


 そして、天花寺てんげいじ家と鳳龍院ほうりゅういん家、二大門閥(もんばつ)の当主により統治されるその国の名を“那羽地なはじ”と言った。


 孤島であり、長らく他国と鎖国状態を続けていた歴史のあるこの国は、五大王国とは全く別の発展を遂げ、建築や装飾や食事、言語や文字そして剣技などにおいて独自の文化を築くに至る。



 場面は東洲須賀(すが)の里。孤島那羽地(なはじ)を山脈が東西に隔て、その東方の地を治める鳳龍院ほうりゅういん家の本家が存在する里である。そこは、土を固めて焼いた瓦と呼ばれる塊を重ねて作られた屋根を特徴とする民家が建ち並び、その中央には巨大な門に囲まれた一際広大な屋敷があった。


 淡紅色の花を咲かせる桜と呼ばれる樹に囲まれる屋敷の庭で、一人の壮年の男性が、一人の少女の肩に手を置いた。


「まだむくれているのかい?」


 不満そうに頬を膨らます幼い少女にそう尋ねるのは、那羽地なはじの民の特徴である黒い髪を後ろで一つに結んだ、静謐な雰囲気の、優しい目をした壮年の男性。袖広の着物にはかまを履き、袖を通さない羽織をまとい、その上から襟巻を巻く。腰には羽刀わとうと呼ばれる反りを見せる細身かつ片刃の剣を二本差す。羽装わそうと呼ばれる那羽地なはじの騎士の出で立ちである。


 名は鳳龍院ほうりゅういん 翼渡よくと、鳳龍院家六代目にして現当主であった。


 そんな翼渡に対し背を向けたまま拙い抗議の意を示すのは、黒髪を顎の辺りで切り揃えられた赤い着物の少女。名を鳳龍院ほうりゅういん 翼羽よくはといい、鳳龍院 翼渡の一人娘であった。


「だって父様……今日こそは翼羽に剣の稽古を付けてくれると約束したのに」


 すると翼渡は、翼羽の頭に優しく手を置いた。


「すまない翼羽、今日はどうしても調べなくてはならない事があってね」


「調べなくてはならない事とは何なのですか?」


 その問いに対し、翼渡は少しだけ口を噤み、そして答える。


「それはまだ言えないんだ。この里の民達に余計な心配をかけることになるかもしれないからね」


「…………」


「それと翼羽は女の子なんだ、無理して剣を学ぶ必要なんてないんだよ?」


 その言葉に翼羽は振り返り、涙目で反論した。


「女だから何だと言うのですか? 私だって鳳龍院家の跡取りなのです」


 翼羽の必死で真っ直ぐな眼差しを見て、翼渡は少しだけ寂しそうな表情を浮かべると、再び翼羽の頭にそっと手を置いた。


「翼渡様、そろそろ」


 すると、家老騎士と呼ばれる鳳龍院家の中で最も位が高い騎士が三名、翼渡を迎えに来るのだった。


「すまない、それでは行くとするか」


 そして翼渡が指笛を鳴らし、それに追随するように他の騎士達も指笛を鳴らす。直後空が陰り、三本足の巨大な烏が上空から四羽現れた。それは那羽地なはじに生息する八咫烏やたがらすと呼ばれる幻獣である。


 翼渡と三名の家老騎士達は、それぞれ八咫烏に跨る。


「それでは行ってくるよ翼羽、良い子にして待っているんだよ」


「あっ父様!」


 空へと飛び立っていく父に向って、翼羽は届くはずの無い手を伸ばした。





 それから、翼羽は屋敷の庭で脇差という名の刃長の短い羽刀わとうを手に、一人とあるものと向き合っていた。


 とあるものとは竹を芯にして周囲に藁を巻き、主に試し斬りや剣術の鍛錬に使用する巻き藁であり、翼羽はその物言わぬ巻き藁に向かい、幾度となく羽刀わとうを振るう。


「たああああ!」


 翼羽の振るった自己流の袈裟斬りは、巻き藁を切断する事なく刃が食い込む。


「むっ、くっ、抜けない」


 食い込んだ刃を抜こうとする翼羽であったが羽刀わとうは言う事を聞かない。しかし次の瞬間、突然巻き藁から刃が抜け、その勢いで尻持ち付く。


「きゃっ!」


 いかに刃長の短い脇差とはいえ、剣術も習った事の無い齢八の少女にとって、扱うには一朝一夕でいく筈もなく。


 そんな翼羽の姿を、縁側に腰かけて見守る老齢の女性が一人。品の良い草色の着物、頭頂部で丸く纏め上げた黒髪が特徴の老婆の名は、鳳龍院 飛美華ひみか。鳳龍院家五代目当主の妻にして翼渡の母である。


 すると飛美華は湯呑みの茶をすすった後、溜息交じりに翼羽に声をかける。


「いい加減にせんと怪我をするぞ翼羽」


ばば様……だって」


 飛美華にたしなめられ、翼羽はしょんぼりとした様子で言い淀んだ。そんな翼羽を見て、飛美華は湯呑みを置くと、ゆっくりと翼羽の元へと歩み寄る。


「翼羽よ、何故そうまでして必死になる。翼渡はお主が騎士になる事など望んでおらぬのではないか?」


 飛美華の言葉に、翼羽は更にしょんぼりとした様子で答える。


「解っています。どんなにお願いしても父様は、いつもお茶を濁して翼羽に稽古を付けてはくれません。きっと翼羽に剣術の才が無いから呆れておられるのです」


 巻き藁の、刃が食い込んだ痕を見ながら、翼羽がそう自虐すると、飛美華は短く嘆息し、翼羽の頭にそっと手を置いて諭す。


 親馬鹿になるかもしれないが、剣の才といえば確かに翼渡は鳳龍院家の歴史の中でもずば抜けていた。翼渡と比べてしまっては、翼羽は確かにそれを持たないかもしれない、だが鳳龍院家の当主となる者が騎士である必要は必ずしもないのだと。


 飛美華の言葉に、翼羽は俯かせていた顔を上げ、必死に耳を傾かせていた。


「お主の祖父、つまりわしの夫であった鳳龍院 暁渡あきとは騎士では無かったが、五代目当主として立派に鳳龍院家をまとめ上げておったぞ」


じじ様が?」


 暁渡あきとは礼儀や作法を重んじ、人格に優れ多くの家臣に慕われていた。部隊の指揮などの戦術面にも長け、〈つるぎと黒き竜の火〉では人類側の勝利に大きく貢献したと飛美華は語る。


 初めて聞く自身の祖父の話に、翼羽は目を丸くさせて聞き入っていた。


「鳳龍院家の跡取りとして、お主にはそのような生き方もある」


 しかし、飛美華のその一言に、翼羽は再び俯いた。そして――


「それでも翼羽はなりたいのです……父様のように立派な騎士になりたいのです! それがいけない事だというのですか?」


 思いの丈をぶつけるように飛美華に向かって叫ぶと、翼羽はその場から走り去っていってしまった。そんな翼羽の背中を見つめながら、飛美華は深く嘆息するのだった。

113話まで読んでいただき本当にありがとうございます。もし作品を少しでも気に入ってもらえたり続きを読みたいと思ってもらえたら


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どうぞ宜しくお願い致します。

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