109話 迫り来る者
勝敗は決し、場面はフィランギの操刃室。
ーーまさか、大聖霊獣を一騎討ちで倒す程の騎士がレオ=アークライト以外にもいるだなんて、それもこんな小さな騎士団に。
ヨクハが大聖霊獣イフリートを制したことで自身の目論見が崩れ去り、完全なる敗北を受け入れざるを得ないアルディリア。
そんなアルディリアに、パルナからの伝声が入る。
『……リアお姉ちゃん』
「パルナ」
『どうしてリアお姉ちゃん? 教えて、リアお姉ちゃんは何をしようとしていたの?』
パルナの懇願するような問いに、アルディリアがゆっくりと口を開いた。
「解術師……エリギウス帝国にはそれがいる。だから私はエリギウス帝国からの聖衣騎士派遣依頼に自ら手を挙げた」
『……解術師』
解術師とは、竜殲術の効果を打ち消す竜殲術を持つ聖衣騎士の事であり、世界でも数える程しかいないと言われる非常に希少な騎士の事である。
パルナは、何故アルディリアが解術師を求めているのか解らずただ口を噤んでいると、アルディリアは淡々と告げる。
「以前、醒玄竜教団員である私達は全員記憶を操作されているって言ったわよね? それは教皇ジーア=オフラハーティの竜殲術によるものよ」
『え?』
そんな突然の告白に、パルナが混乱気味に聞き返すと、更に続けるアルディリア。ジーア=オフラハーティは聖衣騎士、そして自分達はジーアの竜殲術の効果で都合良く記憶を改変されている。そしてジーアに憎悪や殺意等の念を抱こうとすれば、改変された記憶が流れ、強制的に情を抱かされて反旗の念を排除されるのだと。
『そ……そんな』
「そして私の目的は、封怨術を盾にして各国を言いくるめるジーアを殺し、奴に食い物にされている教団や教団員を救い、この空の未来を守る事だった」
遠い目をしながら語るアルディリア。たった独りで真実に気付き、たった独りで戦おうとうしていた彼女の心の内を初めて知り、パルナは胸が張り裂けそうな想いに駆られていた。
そんなパルナにアルディリアは続けた。だから自分はエリギウス帝国に解術師を求めた。そして解術師に会わせる条件として、第一騎士師団長レオ=アークライトから提示されたのが、五年で封怨済みの浄化の宝珠を百個献上する事だったのだと。
『封怨済みの浄化の宝珠……一体何の為に?』
「それは解らないわ、でも期限が迫る中で条件を満たす為に、私は怨気を大量に発生させる目的であなた達をこの空域におびき出した。大聖霊獣イフリートの力で敵と……そして自軍すらも殲滅させる為に」
アルディリアの激白を聞き、パルナに嫌な予感が過る。全てを語るアルディリアが、まるで全てを諦めているかのように感じたからだ。
許されない事だと分かっていた、目的を果たす為とはいえ、自分はたくさんの命を犠牲にしようとした。結局頓挫してしまったが、それでも己の罪が消える事はない。そう言いながら、アルディリアは座席の横に置かれた弓銃を自身の頭部へと向けた。
「ごめんねパルナ、私は何も成し遂げられなかった。だけど、贖罪だけはしなくちゃならない」
『リアお姉ちゃん!』
アルディリアがしようとしている事を察し、パルナが叫ぶ。しかしその声が届く事は無く、アルディリアは引き金を引こうとする。その時だった――
『……諦めはっやー』
突然、フィランギの操刃室に、呆れたようなソラの呟きが伝声された。
「何ですって?」
その声に反応し、引き金を引く指を止めてアルディリアは晶板越しに映し出されたソラを睨み付ける。
『あ……いや、何かその、滅茶苦茶潔いなって思ってつい』
そんなアルディリアの迫力に圧されたのか、たじろぎながら返すソラ。
「あなたなんかに何が解るって言うの?」
しかしその問いに対し、ソラは気圧される様子もなく堂々と返す。確かに解らない、自分だったらこうするというのがあり、それすらやらずにさっさと逃げようとするのは理解出来ないし共感出来ない、と。
『もし俺がリアさんだったら捕虜になったふりして逃げる機会を待ったり、さっさと醒玄竜教団から離反してエリギウス帝国からもとんずらして、自分で解術師探したり、あとは〈因果の鮮血〉に協力するふりして今度はそっちで解術師を紹介してもらったり』
「……あなた」
ソラの突飛な発案に、目を丸くさせるアルディリア。
『本当に果たさなきゃならない目的があるなら、守りたいものがあるなら、俺はどんなにみっともなくても、どんなに恥ずかしくても、しがみついてでも生きる。そして恥も外聞も捨てて、やれる事をやる……あ、これただの独り言だよ、別にリアさんにそうしろとか言ってる訳じゃなくて』
最後にどこかお茶を濁すような態度であったが、ソラのその瞳と、その声は、決して上辺だけの言葉ではない事をアルディリアはすぐに理解した。
しばしの沈黙が流れた後、アルディリアはその手に持つ弓銃を下げ、操刃室の床に落とす。
「完敗ね……大人しく投降するわ、煮るなり焼くなり好きにすればいい」
だが、その表情は不思議と、どこか晴れやかであるようにも見えた。
※
こうして紅玉の空域での戦いは終結し、ソラは戦意を失ったアルディリアを〈因果の鮮血〉の騎士へと引き渡すと、カナフと〈因果の鮮血〉の騎士数名と共にイフリートとの戦いを終えたヨクハの元へと駆け付ける。
すると道中で、王城の伝令室で戦いを見ていたと思われるフリューゲルとプルームからの声が届いた。
『ソラ君凄かったよ、思念操作式飛翔氷刃もしっかり射ち落とせたし、空間浮遊式刃力跳弾鏡もばっちり決まったし』
『まあでも小さくなった思念操作式飛翔氷刃は射ち落とせてなかったからまだまだだな』
称賛の言葉を贈るプルームと、厳しい言葉を贈るフリューゲル。対照的ではあるが、どちらもソラの勝利と躍進を称えるものに違いは無かった。
「いやあ負けたら二人に顔向け出来ないと思ってとにかく必死だったよ」
ーーでも、だから勝てた……ありがとな、プルームちゃん、フリューゲル。
そんな二人に、ソラは心から感謝の意を示すのだった。
※
その後、本拠地城塞へと辿り着くソラ達。
ヨクハは既にムラクモを本拠地城塞の前に降り立たせており、デゼルとエイラリィと合流をしていた。
そしてソラとカナフ、〈因果の鮮血〉の騎士数名も騎体を城塞の前へと降り立たせ、ヨクハ達と合流を果たす。
「団長、何なんだ? あのイフリートを圧倒した物凄い動きは、ムラクモの器能? それとも団長の技?」
「まあ、両方と言ったところじゃな。それよりお主こそ師団長を倒すとは、中々やるようになったではないか」
「いやあしんどかった、もう本当しんどかった、どれくらいしんどかったかと言うと――」
「いや、その話はもういい、そんな事よりお主」
すると、ソラの愚痴を冷たく遮るヨクハに、ソラはショックを受けたように思わず漏らす。
「え、スルー?」
「アルディリアから玉鋼の子の行方はしかと聞いたのか?」
それを聞き「あっ!」と、ソラが固まった。アルディリアとの激闘や、彼女のその後の事に気を取られていて、玉鋼の子の行方を聞き出すタイミングを、すっかり失っていたからだ。
「せっかく生け捕りにしたと言うのに、一番重要な事を聞きそびれてどうする阿呆!」
「あーほら多分この城塞に居そうだよ雰囲気的に、だからデゼルとエイラリィちゃんが守ってたんだし……あ、それにリアさんのフィランギはまだ伝声出来るから、パルナちゃん経由で聞く事も出来るよ……おーいパルナちゃん」
自分が重要な事を失念していたことで、ソラは狼狽えながらカレトヴルッフの操刃室に向かって叫び、パルナに助けを求めた。
直後、パルナからの伝声が返って来る。
『現在、紅玉の空域に高速で接近中の騎影を確認!』
その緊迫した様子の声と報告の内容に、その場の全員が顔色を変えた。
「次から次へと!」
『騎体数は一、所属は第十一騎士師団〈灼黎の眼〉、騎体名は……ネイリング』
パルナからの報告を聞き、ソラは確信する。
「……オルタナ=ティーバ」
こちらへと向かって来ている敵が、自身の宿敵であるオルタナ=ティーバであるという事を。
109話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。
誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。