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108話 緋きその想い

 場面は変わり、城塞を守護するデゼルとエイラリィは、イフリートが炎の球体を膨張させ、そのとてつもない衝撃が自分達に迫り来るのを見た。


 デゼルはすぐに竜殲術〈守盾まもりのたて〉を発動させると、城塞全体を遮る程巨大な光の盾を出現させ、自身と城塞を炎の衝撃波から守る。


 その凄まじい威力に、冷汗を流すデゼル。


「だ、団長!」


 そして、今の一撃を受けたであろうヨクハの身を案じるのだった。


『信じましょうデゼル、ヨクハ団長ならきっと……』


 そんなデゼルにエイラリィは声をかける。そして激闘が繰り広げられる空を見上げながら、二人はヨクハの無事を信じた。


 一方、先程のイフリートの攻撃を受けた事で抗刃力結界イノセントスフィアは一撃で消し飛んだものの、ムラクモは何とか撃墜されることなく、原型を保っていた。


 しかし、全身の装甲は溶解し、内部まで及んだ熱がヨクハの身を焦がす。更には――


「刃力が……もう」


 大聖霊の黙示の中に居た事でイフリートに少しずつ刃力を奪われていた事、都牟羽つむはの連続使用、抗刃力結界イノセントスフィアの使用、それらがヨクハの極端に低い刃力を枯渇させようとしていた。


 ムラクモが両手に持つ羽刀型刃力剣スサノオの刀身が歪み、消えかける。刃力剣の具現化を保てない程に消耗するヨクハ、正に満身創痍の状態である。


「ハアッハアッハアッ」


 目の前が霞み、意識を保つだけでやっとのヨクハの状態を表すように、ムラクモがゆらゆらと揺れながら高度をゆっくりと下げていく。


 しかし、そんなヨクハに対し、イフリートは無情にもこれまでで最大の攻撃を放とうとしていた。


 全身に炎が駆け巡り、強大な火柱が立ち上る。その炎はやがてイフリートの両手へと収束されていくと、イフリートの周囲の景色が陽炎のように揺らめく。


 薄れゆく意識を何とか繋ぎ止め、ヨクハはその光景を見ると、そっと目を閉じた。




※      ※      ※      

      


 赤い着物を着た黒髪の少女が、目を伏せて俯く黒髪の少年に、寄り添うように座りそっと微笑みかける。


「レイに元気が出るおまじないを教えてあげるね」


「元気が出るおまじない?」


「そっ、父様に教えてもらった詩なんだけど……諦めそうになったり、くじけそうになったり、もう駄目かもって思ったら思い出しなさいって。死んだ母様が昔、戦場に赴く父様の為に送った詩なんだって」


「……カズハ様がヨクト様に」


「うん、意味は難しくてよく解らないんだけど、でも口にすると元気が出るんだ、何だか母様が傍にいてくれるような気がして……だからレイにも元気を分けてあげようと思って」


 それを聞き、先程まで落ち込んだように表情を暗くさせていた黒髪の少年が顔を上げ笑顔を浮かべた。


「……ありがとう、ヨクハ」



※      ※      ※      

      

      


 ヨクハは眼を開き、操刃柄そうじんづかを力強く握り締めた。そしてとある言葉を口にする。


「……あかの想いはふうにて不易ふえき、恐れるな、背けるな、刃の如く、ほむらの如く――紅蓮の神気しんきいざなまとえ!」


 次の瞬間、ムラクモの双眸そうぼうに赤い光が灯る。


 直後、イフリートの両手に収束された炎が、視界を覆う程の強大な炎の奔流となってムラクモへと放たれた。その威力と攻撃範囲は刃力共鳴式聖霊術砲すらも凌駕する。そして炎の奔流はムラクモの姿を飲み込んだ。


 そのとてつもない一撃は、紅玉の空域の外に居るソラ達の視界にすら優に捉える事が出来る程強大なものだった。


 イフリートの周囲の雲が消え去り、地へと激突した炎が、砂漠の地に巨大な風穴を開ける。


 しかし、先程の一撃を放ったイフリートの背後には一騎のソードが浮遊しており、それは紛れも無くムラクモであった。


 だが、そのムラクモは先程までとは明らかに形姿が変貌していた。双眸そうぼうは妖しく赤に輝き、各推進器から放出される刃力の色が透明となったことで形成されていた騎装衣は消失し、代わりに右背部の排出口のような部分から大量の赤い粒子が放出され、紅蓮の隻翼せきよくを形成させていた。


「……都牟羽つむは めつ附霊ふれい式」


 ヨクハがそう呟くと、イフリートは背後に感じた脅威に向け、振り向きざまに炎を纏わせた拳を振るう。しかし、既にそこにムラクモの姿は無く、イフリートの脇腹に斬撃が深々と刻み込まれ、血が噴出する。


 更に四肢、頸部、背部、イフリートの全身に次々と斬撃痕が刻まれ、全身から出血させ悶えるイフリート。しかし、その視界にムラクモを捉える事は叶わない。


 ムラクモは圧倒的な速度、正に神速とも言える疾さでイフリートとすれ違い様に連続で斬撃を叩き込んでいたのだ。そして一旦自身と距離を取るムラクモの姿を、イフリートはようやくその視界に捉えるのだった。


「ガアアアアアッ!」


 憤怒とも取れる咆哮と共に、イフリートは両手を天に掲げ巨大な火球を造り出し、ムラクモに向けて放つ。


 そして、ソード十騎は優に飲み込むであろうその火球を――ヨクハのムラクモが一刀両断……否、二刀四散させた。


 直後、ムラクモは再び高速で飛翔する。双眸の赤い光が線を引き、騎体が形成させる隻翼の光が空に無数の航跡を描く。流星の如きその動き、操刃者の思い描く動きを体現させるかのようなその姿はまさしく人騎一体、もしくは騎剣一体とでも言うべきか。


 ムラクモのその神速は、大聖霊獣の動体視力や反応速度すらも再び凌駕し、空をけ巡る。


 次の瞬間、イフリートは炎の球体に包まれ、咆哮と共に炎の球体が超速で膨張し始めた。先程ムラクモに甚大なダメージを与えた全体攻撃、この攻撃ならば今のムラクモがいくら速かろうとかわす事は出来ない。


 ムラクモに炎の衝撃波が迫り来る。イフリートの目論見通り躱す場所は無い。すると、ヨクハはムラクモが両手にそれぞれ持つ羽刀型刃力剣スサノオを胸の前で深く交叉させ、衝撃波に向かって全速で突進しながら剣を振るう。


 すると、膨張し迫り来る炎の衝撃波が斬り裂かれ、ムラクモはその衝撃波を突破する事に成功するのだった。


 更にムラクモは左手の羽刀型刃力剣スサノオを放り、右手の羽刀型刃力剣スサノオを両手で持って構え、その勢いを殺す事なく、最短最速に、真っ直ぐにイフリートへと向かっていく。


「ハアアアアアッ!」


 そして、その突進と共に繰り出された神速の突きが、イフリートの胸部に深々と刻まれていた斬撃痕へと寸分違わず突き刺さり――貫いた。


「大聖霊獣イフリートよ……眠れ」


 胸部を貫かれたイフリート。全身を覆う炎が消失し、肉体が火の粉のようになって崩れていく。更に顕現した時のように空を揺るがし、大地を震わせるような咆哮の断末魔を残すと、完全に消え去った。


 同時にムラクモの双眸の赤が消え、紅蓮の隻翼が消失すると、蒼い騎装衣が出現し元のムラクモの姿へと成る。


「ハアッハアッハアッハアッ」


 力を使い果たしたように、ヨクハは激しく肩で呼吸しながら、何とか騎体だけを空中に留まらせていた。


 そして、ヨクハのムラクモの前に、赤く輝くとあるものが浮遊していた。それは人の拳大程の大きさの石で、中には炎を抽象的に描いたような紋章が刻まれている。紛れも無く炎の大聖霊石であった。


 するとヨクハの頭の中に、イフリートの声が直接響く。


『力……ヲ……クレテヤル……強キ……モノヨ』


 顕現した大聖霊を屈服させる事、それこそが大聖霊石の取得条件である。現在オルスティアで確認されている大聖霊石は四つ。光、水、土の大聖霊石はエリギウス帝国側が所持しており、雲の大聖霊石は〈寄集よせあつめ隻翼せきよく〉が所持している。


 そして五つ目、〈寄集よせあつめ隻翼せきよく〉にとっては二つ目となる大聖霊石をこの日手にする事となった。


 ヨクハはムラクモの操刃室を開放させると、浮遊する炎の大聖霊石を掴み取り、再び操刃室を閉鎖した。直後その手の大聖霊石をまじまじと見つめながら、全騎士に伝声する。


「このいくさ、わしらの勝利じゃ!」


 その声を聞き、全騎士が勝鬨かちどきを上げ、紅玉の空域に騎士達の咆哮が響き渡った。

108話まで読んでいただき本当にありがとうございます。


ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。


誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。

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