101話 紅玉の空域攻略戦
一方、騎士聖堂の中。紅玉の空域に単独潜入していたシーベットが戻り、収集した情報をヨクハに伝える。
アルディリア=シャルマ。年齢は二十五。ディナイン群島出身で、当時のディナイン王国の貴族と、イェスディラン群島出身の妾との間に生まれた子。
正式な子でない忌み子として扱われ、更には混血種であるという理由から遂には国を追放され、醒玄竜教団に拾われた。現在は醒玄竜教団所属の封怨術師。同時に教団専属の騎士団〈玄孕の巣〉の聖衣騎士で竜殲術の能力は不明。騎種は射術騎士。五年前にエリギウス帝国からの依頼で報酬と引き換えに、一時的に第八騎士師団の師団長として就任している。それ以前は教団で新しく引き取られた子供達の教育係を任されていた。
シーベットの報告に、シーベットの頭にしがみ付くシバが更に被せる。
また、醒玄竜教団にエリギウス帝国から聖衣騎士の派遣を依頼された際、アルディリアは自ら手を挙げたとの事であり、そしてアルディリアは封怨済みの浄化の宝珠を集めて何者かに献上している、何らかの条件と引き換えに。
それを聞き、腕を組んで何かを考察するヨクハ。
「……封怨済みの浄化の宝珠、パルナが以前アルディリアに再会した日、不審に感じた事があると打ち明けてくれたが、やはり集めていたということか」
「それとだんちょーの言ってた通り“大聖霊の黙示”の発生周期が、次のラージル島の砂塵が止む周期と重なってる」
シーベットのその報告に、ヨクハは目を見開いた。
「これで、全てが繋がった」
続けて口の端を上げ、立ち上がる。
「向こうがそのつもりなら好都合じゃ。予定通り一週間後にラージル島へ攻め込み、第八騎士師団〈幻幽の尾〉を撃破する」
※
場面は変わり、紅玉の空域、ラージル島の本拠地城塞。ある一室には、夜の砂塵の中に浮かぶ月を、窓越しに眺めるアルディリアの姿があった。
その瞳は悲しげであり、届かない何かを追い求めるように儚げであった。
「リュカ、パルナ……私は必ずジーア=オフラハーティを殺し、醒玄竜教団を変えてみせる。この空の未来の為に、例えどんな咎を背負おうとも」
煌々と輝く二つの月は、やがて激しく荒れ狂う砂塵の中に溶けて消えた。
※
決戦当日。時刻は深夜。
〈因果の鮮血〉と〈寄集の隻翼〉は紅玉の空域への進攻を開始した。
当初の予定通り、フリューゲル、パルナ、シーベットの三人はメルグレインを守護する為リンベルン島へと向かい、ヨクハ、ソラ、カナフ、デゼル、エイラリィの五人はメルグレイン王国側の〈因果の鮮血〉と合流し、紅玉の空域を目指す。
戦力はパンツァーステッチャーが百五十器、玉鋼の子救出の為、本国からかなりの戦力を割いている状況であった。
『すまないヨクハちゃん』
すると、飛翔するムラクモの晶板にアルテーリエの顔が映し出され、伝声が送られた。
「……アルテ」
『今回の攻略戦は攫われたメルグレインの子供達を奪還する事が目的だ。しかし私は本国を離れる訳にはいかず、今回も指揮はヨクハちゃんに一任する事になる』
「何だそんな事か」
『え?』
「お主はメルグレイン王国の国王。国を守る為に本国に残るのは当然の務め。そして、メルグレインが奪われたものは〈寄集の隻翼〉が取り返す。その為の同盟じゃろう?」
ヨクハが勇ましく言い切ると、アルテーリエは晶板越しに顔を真っ赤にさせた。
『……っこいい』
「ん?」
するとアルテーリエは虚ろな表情でぶつぶつと呪文のように何かを呟き始め、よく聞き取れないヨクハは首を傾げた。
『……ヨクハちゃん、強いし、可愛いし、綺麗だし、かっこいいし、私の近衛騎士になってくれたらどれ程――』
「とりあえず忙しいから一旦切るぞ」
『――あっ』
何やら不穏な様子のアルテーリエを見て嫌な予感がしたのか、ヨクハはアルテーリエとの相互伝映と伝声を強制的に切断するのだった。
『作戦の確認を行うわ』
すると直後、パルナからの作戦確認の為の伝声が入る。
今回の目標地は紅玉の空域にあるラージル島。ラージル島には第八騎士師団〈幻幽の尾〉の本拠地がある。〈幻幽の尾〉の主力ソードはディナイン群島産のタルワール。タルワールの属性は炎、接近戦を得意としていて、射撃系の聖霊騎装に関しても炎系統のものを装備している為やはり近距離での火力が高い。うまく遠距離戦に持ち込んで戦うのが得策。
そして敵大将は騎士師団長のアルディリア=シャルマ。操刃するソードはフィランギ。属性は雲で、空中戦と射撃戦を得意としている。特に 思念誘導式刃力弓や思念操作式飛翔氷刃を使用した多彩な攻撃は強力無比。更に今回の戦いでは恐らく〈幻幽の尾〉よりも恐ろしい敵と戦う事になるかもしれない、何故なら――――
パルナからの作戦確認の一部始終を聞き、敵の脅威と任務達成の困難さから、ソラは生唾を飲み込んだ。
――――いずれにしても、今回の作戦の目的は攫われた玉鋼の子の奪還にある。玉鋼の子が何処に隠されているか分からない以上、本拠地城塞には絶対に攻撃を加えてはならない。むしろ本拠地城塞を守る事が必要な場面すらあるかもしれないとの事だ。
『以上で作戦の確認を終了するわ……全員、今回も必ず生きて帰って来てね』
パルナからの作戦確認が終了し、ソラは改めて、自身が与えられた役割がどれ程重要なのかを再認識し、緊張で指先を震わせた。
すると、ソラに向けてパルナから個別に伝声が入る。
『……ソラ』
「パルナちゃん、相変わらず良い伝令だったよ、いやあ身が引き締まったっていうか」
明るく……或いはそう振る舞おうとするソラに、パルナは少しだけ口を噤み、そして返す。
『ソラ、あんたならきっと大丈夫だから、自分を信じて』
「はは、まあやれるだけやってみるよ」
ソラは自身なさげに、精一杯の笑顔を振り絞るかのようにパルナへ返した。
※
それから、〈寄集の隻翼〉と〈因果の鮮血〉の部隊は二時間程飛翔を続け、その視界にとあるものを捉える。複数の島と、その異変をである。
そこは紅玉の空域。灼熱の群島と呼ばれるディナインに存在する空域ではあるが、夜の闇に潜む筈の空は、まるで暁のような赤に照らされていた。視界の先は陽炎のように揺らめき、何の比喩でもなく空間を火の粉が埋め尽くし、時として巨大な炎が大蛇のようにうねっている。
「こ、これが“大聖霊の黙示”」
大聖霊の黙示。それは大聖霊と呼ばれる存在が眠る空域で、一年に一度起きると言われる現象である。
かつて地上界ラドウィードには七振りの神剣と、その核になる大聖霊の意思の結晶……大聖霊石が七つ存在していた。
200年以上昔、〈剣と黒き竜の火〉と呼ばれる人竜戦役が勃発した。その戦いの中で竜祖セリヲンアポカリュプシスを倒し、竜族を滅ぼす程絶大な力を誇る神剣。その神剣を所有する国は強大な権力を保有するようになり、国々は更なる覇権の拡大と支配を得る為に、更に神剣を獲得しようと画策した。
それにより神剣を所持する各国家間同士が争いを始め、人と人との間に起きた戦役は、遂には世界を焼き尽くす程の大きな炎となった。ラドウィードの民達にとって忌むべき災厄戦争〈羨血の七剣〉である。
そしてそれにより生じた大量の死者による怨念が聖霊の意思を介し、怨気と呼ばれる猛毒となり世界中を埋め尽くす。かねてから怨気封印を行って来た封怨術師がその力を結集しても浄化しきれない程に怨気は世界に蔓延し、死は更に広がり、ラドウィードの地そのものが滅びかけた。
その時だった。空の聖霊神カムルの意思が大陸や島々を浮上させ、天空界オルスティアを形成させた。続いて地の聖霊神ラテラの意思が結界を張り、地上界と天空界を隔絶させ、怨気からオルスティアを守った。
こうして滅びかかった人類は聖霊神の加護により救われ、人々の意思ーーひいては聖霊達の意思により大聖霊石は世界へと還った。そして世界へと還った大聖霊は再び意思だけの存在となり、世界の何処かへと姿を隠し、眠りにつくのだった。
だが一年に一度、大聖霊の意思が極限に高まる日がそれぞれある。その大聖霊の眠る空域は、大聖霊の意思による影響を強く受け、地系が変わり、空間が歪み、空域内は大聖霊の膨大な力で埋め尽くされる。これを“大聖霊の黙示”と呼ぶ。
『間もなく作戦領域内』
パルナからの伝声を受け、部隊は大聖霊の黙示が発現している紅玉の空域内へと進入した。舞い踊る火の粉は砂嵐のように視界を塞ぐ。ソードの装甲は耐火性能があるとはいえ、その灼熱は操刃室内にまで届くかのようであった。
『ラージル島に敵騎士師団のソードの反応を確認。数はフィランギが一騎、タルワールが……およそ百騎』
パルナからの伝声でヨクハは気付く。タルワールが百騎、それは本隊の数としてはあまりにも少ない。間違い無くあと百騎以上は別の何処かへ身を潜めている筈である。
しかし、ヨクハは部隊を止める事なく、真っ直ぐにラージル島を目指すのだった。そして部隊がラージル島へと接近した、次の瞬間。
『紅玉の空域内、ギルカル島とシェリン島にそれぞれタルワール五十騎ずつの出現を確認! 現在こちらの部隊に向け高速で接近中!』
ギルカル島とシェリン島は現在〈寄集の隻翼〉と〈因果の鮮血〉の部隊が居る場所から左右に位置する。つまり――
「挟撃……やはり探知器に探知されずに突然ソードが出現するか」
左右からの挟撃を受ける、その不利な状況に陥ろうとする中でヨクハは不敵に笑んだ。
「各騎展開!」
ヨクハが部隊に合図すると、部隊の三分の二が左右に分かれ挟撃に備える。
「伏兵部隊、突撃!」
更に、ヨクハはとある部隊に向け、突撃の合図を出すのだった。
101話まで読んでいただき本当にありがとうございます。
ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、いつもいいねしてくれてる方、本当に本当に救われております。
誤字報告も大変助かります。これからも宜しくお願いします。