99話 続・射術訓練
一週間後。
ソラは訓練の第二段階へと入っていた。カナフに言われた通り射術の反復を繰り返し続けたソラは、一定の距離内の止まった的に対しては、ほぼ確実に矢を当てられるようにまでなっていたからだ。
そして訓練の第二段階の内容とは、以前ソラが反射能力向上訓練でやったのと同じように、プルームが竜殲術〈念導〉で無数の礫を操作し、それを斬撃ではなく矢で撃ち落とすというものだった。しかしこの訓練で、ソラは早くも壁にぶち当たる事になる。
疲弊しきったように竹林の訓練場でがっくりと項垂れるソラの姿がそこにはあった。
「くそっ、全然当たる気がしない……何かリアさんと戦った時の事を思い出すんだけど」
そう漏らしながら悲壮感漂わせる表情で、ソラは一点を見つめていた。止まっている的に当てるという第一段階の基本的な訓練に対し、第二段階は射術を用いた全方位攻撃に対する実戦的な訓練。目にも止まらない速度で飛び交う小さな礫に矢を当てる、その難度たるや第一段階とは比べ物にならなかった。
「ったくよお、泣き言いってる暇あったらさっさと続けろよ、時間ねえんだぞ」
「それにまだ最初なんだし、ソラ君ならきっと大丈夫大丈夫!」
そんなソラに対し、フリューゲルは叱咤し、プルームは必死に励まそうとするのだった。
「はあ……それじゃあもういっちょ頼むよプルームちゃん」
するとソラは立ち上がり、再び弓銃を構えて訓練を再開する。
※
それから数日。ソラはひたすらに自分の周囲を飛び交う礫に矢を放ち続けるも、思ったように訓練の成果を得られずにいた。
勿論、放った矢の内数発は礫を捉える事もある。しかし、撃ち漏らせば死に繋がる実戦で通用するようなレベルには到底達しておらず、ソラは焦る。
また、自分一人で黙々と出来る第一段階の訓練とは違い、竜殲術を使用しなくてはならないこの訓練はプルームの刃力が切れるまでという制限がある為、思った以上に成果が得られないまま、時間だけがただいたずらに過ぎていくのだった。
「ハアッハアッハアッ」
この日もまた矢を放ち続けるソラだったが、やはり礫を確実に捉えるには程遠く、朝から竜殲術を使い続けていたプルームの刃力も尽きかけていた。
「いつもごめん、プルームちゃん」
「えへへ、私なら大丈夫。まだまだいけるからソラ君の気の済むまで付き合うよ」
自身を気遣うソラに対し、プルームは心配させまいと親指を立てて笑顔で返す。
「うーん」
すると、ここ数日間訓練を黙って眺めて来たフリューゲルは、腕を組みながら渋い表情を浮かべる。
「こりゃ駄目だな」
更には続けざま諦めとも取れるような発言をするのだった。
「えええっ!」
「ちょっと、ソラ君こんなに頑張ってるのにいきなり何て事言うのフリュー!」
そんなフリューゲルに対し、ショックを隠し切れないソラと、抗議の声を上げるプルーム。
「いやだってよ、こいつ全然上達する気配ねえし」
「…………」
「ふ、フリュー酷いよ、何もそんな風に言わなくても……鬼! 悪魔!」
「そうじゃなくてよ」
プルームに責められ、フリューゲルはばつが悪そうに後頭部を掻きながら続ける。
「これだけ繰り返してんのに上達しねえって事は同じように繰り返してても駄目だっつってんだよ」
「じゃあどうしろっていうんだよ?」
すがるようなソラにフリューゲルが伝える。ラッザの受け売りではあるが、こういう訓練というのは同じ一回でも闇雲にやるだけなのと、こう上達しようと思い描きながらやるのとでは雲泥の差なのであると。
フリューゲルのその言葉を聞き、プルームが表情を明るくさせて掌を叩く。
「そういえばラッザ先生言ってたね……うわあ懐かしいなあ」
そんな二人の言葉を受け、ソラは考え込むように腕を組んで口を結んだ。
「こう上達したい……か、うーんそうは言ってもどう思い描けばいいのかがなあ」
「あ、じゃあフリューが一回お手本見せてあげれば?」
「俺が? いやまあ別にいいけどよ」
「え、フリューゲルって狙撃だけじゃなくてそういう事も出来るのか?」
ソラの疑問に対し、不服そうに返すフリューゲル。
狙撃というのは何も止まっている敵だけを狙う訳ではない、それに弓の扱いに関しては自分がこの騎士団で一番だと。故に思念操作式飛翔刃だの思念操作式飛翔氷刃だのを落とすのは朝飯前だと言い切った。
その一言に、今度はソラが不服そうに抗議の声を上げる。
「なら、最初っからお手本見せてくれればよかったのに。お前見てるだけだったし」
「いや、だって頼まれなかったしよ」
「あーもう最近の若い奴は言われた事しかやらないんだからまったく」
「どおどお、とりあえず始めようよ」
こうして、プルームが竜殲術で操る礫を撃ち落す、第二段階の射術訓練の手本をフリューゲルが見せる事となり、弓銃を構えるフリューゲルの周囲を〈念導〉で操作された礫が高速で飛び交っていた。
すると、フリューゲルは自分の側面に弓銃を向け、まずは一射。その矢は目にも止まらぬ速さで飛来する礫を精確に捉え、弾かれた礫は地面に落ちる。
続いてフリューゲルは矢を装填すると、二射、三射と矢を放ち、それらはまたしても正確に礫を捉える。更に五射、六射、七射――次々と礫を撃ち落し、瞬く間にプルームが操る礫を全て撃ち落してみせた。
「まあ、こんなとこだな」
涼しい顔で言い放つフリューゲル。そしてその技術の高さに唖然とする事しか出来ないソラ。
「んで、何か得るものはあったか?」
「ああ、もうフリューゲルがリアさんと戦えばいいんじゃないかなって」
技量の差をまざまざと見せつけられ、少しだけ沈んだようにソラが漏らすと、フリューゲルは溜息混じりに返した。
「そりゃ無理だ」
今回の進攻では、フリューゲルとプルームとシーベットはリンベルン島に待機するよう命じられていたのだ。進攻に戦力を割いてるメルグレインに対して、逆に敵からの進攻の可能性も
あるからだ。
特に〈幻幽の尾〉は、耐探知結界も使わないで不可解な奇襲を成功させている為尚更であるのだと。
「なるほど」
「大体よお、そのアルディリアって奴の相手はてめえが任されたからこうやって訓練してんだろ? なに急に弱気になってんだよ」
「うぐっ、返す言葉もございません」
フリューゲルの尤もな指摘に意気消沈するソラ。そんな二人にプルームが割って入る。
「それで、ソラ君。今のフリューの射術を見て、何か気付けた?」
そんなプルームの問いに、ソラは腕を組んで難しそうな表情を浮かべた。
「えっと、何ていうかフリューゲルが矢を放つとそこに礫が来るんだよな」
「え?」
ソラは言う。斬撃でプルームの礫を撃ち落としていた時は、そこに礫が来たと思ってから剣を振っても間に合う。しかし、弓の場合はそこに礫が来たと思ってから矢を放つとそこにはもう礫が無いのだと。
それに対し「当たり前だろ」とフリューゲルが返した。
弓銃は引き金を引いてから矢が放たれてそこに矢が届くまでに時間差がある、故にフリューゲルは、礫の動きを先読みしてそこに矢を放っているというのだ。
「……先読み」
それを聞き、ソラががっくりと肩を落とす。
「じゃあ駄目じゃん、俺蒼衣騎士だから先読み能力なんて持ってないし」
「それは違うよソラ君」
深い溜息と共に項垂れるソラに、プルームが真剣なトーンで伝える。
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