98話 射術訓練開始
そして、竹林の訓練場では的が竹にくくり付けられ、弓銃を携えるソラの姿があった。
「思念操作式飛翔刃や思念操作式飛翔氷刃みたいな思念操作系の聖霊騎装を撃ち落とす前に、まずは止まった的に当てられないようじゃ話にならねえ」
「今のソラ君が射術に関してどのくらいの技量を持ってるか知っておきたいから、まずはこのくらいの距離から試してみようか」
フリューゲルとプルームはそう言いながらソラを的から離す。それはちょうど大股で百歩分、的が親指の先程の大きさに見える距離である。
「と、遠くない?」
「あ? 止まった的に当てるだけなんだから遠いも近いもねえだろ」
「そうだよソラ君、だってあの的動いてないんだから」
全く悪気無くナチュラルに言い放つ二人を見ながら、ソラに嫌な予感が過る。
「ま、まあ、とりあえずやってみるよ」
そう言いながら、ソラは弓銃を構え、第一射。しかし、放たれた矢は的の中心を捉えるどころか、的をくくり付けた竹にすら当たらず、弧を描きながらやがて地へと突き刺さる。
そしてその場に沈黙が走った。
「で、でもまだ最初だから、ソラ君ほら、もう一回」
「まあ……そうだよね」
プルームの励ましを受け、ソラは再び矢を装填し、弓銃から放つ。しかし、第二射も同じように的には当たる事なく、地へと突き刺さる。
「ソラ君、誰だって初めは上手くいかないものだよ、めげずにがんがん行こう!」
「……よし」
再びプルームの励ましを受け、ソラはその後も射撃を続けるのだった。
そうして、地には無数の矢が突き刺さり、的とそれをくくり付けた竹には一本も矢が刺さってはいなかった。
「どんだけノーコンなんだ!」
たまらず叫びを上げるフリューゲル。
「くっ、そんなこと言うならちゃんとコツとか教えてほしいよ」
負のオーラを全開にし、ジト目で抗議するソラに、フリューゲルは首を傾げて返す。
「はあ? コツも何も的に目がけて銃口を向けて引き金を引く、そんだけだろ? これ以上何があるってんだ?」
「……こ、こいつ」
才ある故の無理解。フリューゲルの不親切な返答に思わず割って入るプルーム。
「もうフリューは、そんな意地悪な説明でソラ君に伝わる訳ないでしょ、射術訓練始めたばっかりなんだよ」
「ぷ、プルームちゃん……頼りはプルームちゃんだけだよ」
「じゃあプルームはどうやってアドバイスすんだよ?」
救世主を見るかのようなソラの眼差しと、苦言を呈され不満げなフリューゲルの視線を受け、プルームは自信ありげに言い放つのだった。
「こう、バシッと的に目がけて銃口を向けて、ガシュッと引き金を引くんだよ」
全く為にならないアドバイスを真顔でしてくるフリューゲルと、そしてプルーム。ソラの嫌な予感が的中し、ソラは絶望に塗れたように頭を抱え、悲痛な叫びを上げる。
「ああもう、駄目だこいつら……教えるのが死ぬほど下手。誰でもいいから助けて」
「てめえっ、何つー言い草してやがんだ」
「酷いよソラ君、私だって一生懸命伝えようとしてるのに」
訓練が思うように進まず、三人がわあわあと揉め始めたその時だった。
「こんな事だろうと思って様子を見に来てよかった」
背後からの声に、三人は振り返る。
「カ、カナフさん」
「カナフのおっさん」
「カナフさん」
するとそこには〈寄集の隻翼〉の狙撃騎士カナフの姿があった。
「クロフォード姉とシュトルヒは天才肌タイプだ。残念ながら物を教えるには向かない、だが俺ならばある程度の基礎は教えてやれる」
その心強い一言は正に渡りに船。あまりの頼もしさにソラは涙目になりカナフの元に走り寄る。
「か、カナフさん……いやカナフ先生!」
「……先生はやめろ」
こうしてカナフの協力の元、射術訓練は再開されるのだった。
再び同じ距離から弓銃を構えるソラに、カナフは基本的な構え、スタンスを丁寧に伝えた後で更に助言する。
ソラは肩に力が入りすぎている。余計な力が入れば照準がぶれる。まず肩の力を抜く、次に利き目を使い、手前の切り欠きと先端の突起、的の中心の三つが一直線になるように照準を合わせる。
そして心を静め、当てようと思わず、当たった瞬間をイメージしながら、あとは素早く引き金を引け、と。
カナフの合図で引き金を引き、弓銃から矢を放つソラ。その矢は一直線に的へと飛び、的の端に突き刺さる。
「あ、当たった」
初めて的に矢が当たった事に驚き、ソラは目を丸くした。
「射術の基本とコツはこんな所だ」
更にカナフが伝える。後はひたすら反復すれば、自分に合った照準の合わせ方、呼吸、構えなどが自然と身に付く。そして射術に関しては確かにプルームやフリューゲルのような天才も勿論いる、だが射術の技量とはとどのつまり、どれだけ矢を放ったかなのだと。
「……どれだけ矢を放ったか」
カナフの言葉に、ソラは希望を見出したかのように晴れやかな表情を浮かべた。
「ありがとうカナフさん」
そしてソラは再び弓銃を構え、ひたすらに矢を放ち続けるのだった。
そんなソラを見ながら、フリューゲルとプルームは気まずそうにカナフに声をかけた。
「なんつーか、最初からカナフのおっさんに任せときゃよかったぜ」
「うぅ何だか自分が情けないよお」
すると、自分を卑下する二人にカナフが返す。
「天才肌の人間には教えられない事もある。だが天才肌の人間にしか伝えられない物もある。俺に出来るのはここまでだ、ここからは引き続きお前達が付いててやれ」
自分達の不甲斐なさに落ち込んだ様子の二人を気遣うようなカナフの発言で、フリューゲルとプルームは気力を取り戻し、再びソラの射術訓練を見守るのだった。
――とは言っても、一ヶ月ではどれ程訓練しようと、所詮は付け焼刃だ。師団長相手に通用する為には何かが……
そしてカナフは一人空を見上げながら、一抹の不安を頭に過らせるのだった。
※
日は沈みきり、夜の帳が下りていた。あとはひたすら矢を放つ事を繰り返すだけであることから、ソラはフリューゲルとプルームには先に騎士宿舎に戻るように申し出ていた。そうしてソラは一人、黙々と的に向かい矢を放ち続けるのだった。
そんなソラの元を訪れる人物が一人。それはパルナであり、パルナは一心不乱に矢を放つソラの姿を見つめると、目を伏せながら声をかける。
「……ソラ」
その声に気付いたソラは、射術訓練を中断して振り返る。
「あれ、パルナちゃん」
闇夜ではあるが、二つの月に照らされたパルナが沈んだような表情をしている事に、ソラは気付いた。
「どうかした?」
「……あんたに謝りたくて」
「俺に?」
「昨日〈幻幽の尾〉の師団長がリアお姉ちゃんだって知って、動揺して、職務を続ける事が出来なくなった。伝令員失格ね」
「……パルナちゃん」
心配そうにパルナの名を呼ぶソラに、パルナは精一杯の作り笑顔で続けた。
リアは、自分とリュカにとってだけではなく、醒玄竜教団に引き取られてきた子供達皆にとって、本当の姉みたいな存在であった。
強くて、優しくて、醒玄竜教団に居る子供達の未来を本気で案じてた……そんなリアが、命令なのだとしてもメルグレインの子供達を攫うなど信じられないと。
すると言いながらパルナは気付く。一日中引き金を引き続けたソラの右手人差し指は皮が破れ、血が滴り落ちている事に。
「あんた、指から血が……」
「あ、本当だ気付かなかった」
「どうしてそこまで? あんたの目的はオルタナ=ティーバでしょ? どうしてそこまで必死になってリアお姉ちゃんと戦おうとするの?」
「どうして……か、あれ? そういえばどうしてだっけ?」
「はあ?」
真剣な問いに対し、恍けたような返答をするソラに、パルナは少しだけムッとした表情を浮かべた。するとソラは、本気で考え込むような仕草をした後でゆっくりと返す。
今の自分の感情が、自分でもよく解らない……死ねないという理由を言い訳にして今まで色んな事から逃げて来た。今まで散々敗けてきた。それが自分の立ち位置であったし、敗けるのが当たり前だと諦めてきた。だがオルタナに敗けて、アルディリアに敗けて、もう二度と敗けたくないと思った、と。
「ソラ、あんた」
「それにここで逃げたら、ここでリアさんを越えられなかったら……きっとオルタナにも、その先にいるエルにも届かない、何だかそんな気がするんだ」
更にソラは力強い眼差しで続ける。
「だから逃げない、俺は俺に出来る事をやるよ……あの時エルがそうしてくれたように」
「…………」
衝撃を受けたようだった。「逃げない」「自分に出来る事をやる」ソラのその言葉が心の奥底に突き刺さる。折れかけても折れず、立ち上がり続け抗い続けるソラの姿がパルナの心を揺さぶった。そしていつの間にかパルナの中の迷いが吹き飛んでいた。
「あんたの言う通りよね」
「パルナちゃん」
――リアお姉ちゃんが何を背負って、何を抱えて、何を思って、エリギウス帝国の騎士として戦っているのか、そしてメルグレイン王国の子供達を攫ったのかは解らない。でも私に出来るのは伝令員として皆を全力でサポートする事。だから私はそれをやるだけ……例えリアお姉ちゃんと敵対する事になったとしても。
パルナは吹っ切れたように、淀みの無い晴れやかな表情を浮かべた。そしてソラに背を向ける。
「ありがとねソラ、あんたには気付かされてばっかね」
そんなパルナの背中に、ソラは思いきって尋ねた。
「いいのかパルナちゃん? 俺がもしリアさんを……あ、いや現時点じゃ全然敵わないんだけどさ」
しかし、パルナの苦悩を憂い言い淀むのだった。
「私は〈寄集の隻翼〉の伝令員よ、仲間の勝利を願わない訳ないでしょ」
そんなソラにパルナは気丈に返す。
「だから、絶対に負けたりしたら駄目なんだからね」
そしてそう言い終えると、パルナはその場から走り去っていった。
「ああ」
するとソラはパルナの背中に返事をし、軽く微笑むと、再び弓銃を手に的と向かい合うのだった。
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