異世界転生してステータスチートを手に入れた俺が人生を謳歌するまでとした後
振り返ると、俺の人生はいつの間にか空虚になっていた。
「団長! 魔獣が、王都の目前まで……!」
「このままでは甚大な被害が出ます! 団長!」
部下たちが口々に叫ぶ。当然だろう。俺たちの目の前には今、小さな山ほどのサイズもある巨大な亀がゆっくりと確実に前進してきているからだ。
巨魁亀モンテタートル。敵意も悪意もなく、ただ歩くだけでどんな街も押し倒して踏みつぶす超巨大な亀だ。
俺がいなければ、きっと王都はあの亀に踏みつぶされるだろう。歩くコースからして、王城すらがれきの山と化すに違いない。
「……ステータス改竄。頑健数値、精神数値をそれぞれ筋力数値、知力数値へ」
口の中でそう唱える。その瞬間、俺の全身に力がみなぎり、魔力が四肢に満ちる。
「“フォーサーベル”」
唱えるのと同時に、俺の手の中と空中に合わせて四本の剣が出現した。まず空中に現れた三本が飛翔し、巨大化しながらモンテタートルの足を貫くと、相手は膝をつき地響きを上げながら崩れ落ちた。
その瞬間を狙い走り出す。後は簡単なもので、俺はモンテタートルへ肉薄すると手に持った剣を古い、奴の首を切り落とした。
呆気ない決着。騎士団員たちが歓声を上げたのは、俺がモンテタートルを倒してからたっぷり二分たってからだったように思える。
「聖堂騎士団長セイヤよ。此度の働きまことに大儀であった」
「職責を全うしたのみです。王国を守る騎士として当然のことであります」
仕事が終わった後、俺は国王から謁見の間に呼び出されていた。要件はマウントタートル討伐の褒章について。また勲章か功労金をもらうのかと思っていたが、その予想は少し裏切られることになった。
「セイヤよ。そなたはこの国に対して非常に重要な働きをいくつも成し遂げてきた。そろそろ、土地や功労金以外の褒美を授けたいと思う」
「土地や功労金以外の褒美……?」
「うむ。ついてはそなたにはわが娘と婚姻し、王族の一員となってもらいたい」
「私が、王族の一員に……?」
「さよう。あれもお前を好いておる。後はお前の返答しだいだ」
「……はい。謹んでお受けいたします」
謁見の間でひざまずいたまま、俺はそう返事をする。当然だ。王女と結婚して王族の一因になる。それはこの国、いやこの世界で得られる名誉や地位としては最高峰のものだからだ。
「まあ……うれしいですわ。セイヤ様」
「うむ。お前ならよい返事をくれると信じていたぞ」
国王も王女も満足げにしている。もちろん俺も満足げなはずだった。王族の一員だなんて、前世からしても考えてもみなかった。
結婚を承諾した後は、今後の日取りや式、準備の進め方の日程を話してその日は終わった。そうして俺は、特注の馬車に乗り、専属御者の運転で自宅の屋敷に着く。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
出迎えてくれたのは、家で雇っているメイド。ほかにもハーレムが作りたかった俺は使用人を全員女で固めていた。もちろん、全員何度か抱いた。
ただ、最近は本当に身の回りの世話をさせるだけになっていた。
「あ、そうだ。今度王女と結婚することになった。お前たちは引き続き雇えるが、引っ越しの用意はしておけ」
「え!? ご、ご主人様!?」
「あと、今日は少し疲れた。もう寝る」
戸惑うメイド長に答える気力はなかった。俺は適当に服を脱ぎ捨てて下着姿になるとベッドに入る。しかし、頭の中では一つの疑念がぐるぐると回っていた。
(俺は……こんな風になることを望んでいたのか……?)
空しい。地位も名誉も金も女も全部手に入れているはずなのに。前世からの望み通りのはずなのに。
何もかも手に入れたはずなのにこの空虚感は何なのか。それを考えながら俺はいつの間にか深い眠りに落ちていた。
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「がっ……ふぐ……」
いつの間にか、俺の腹には出刃包丁が突き刺さっていた。目の前には髪を振り乱し、目を血走らせて荒い息をついている怨霊めいた女がいる。
「せーくん……星夜くん。どうして? あんなに好きだったのに、なんでいなくなったの?」
目の前にいたのは、かつて俺がカモにした女の一人だった。ひと月ほど交際を続けて結婚まで話を進め、準備を進めるという口実で300万円を搾り取って行方をくらました。ここまでは想定通りだった。
想定外だったのは、この女のしつこさだったか。
「うそつき」
俺の襟をつかみ、女が再度出刃包丁を突き刺す。二度、三度と刺されたころ、俺は抵抗できずに意識を手放した。
「ふむ。口のうまさで女にもてはやされ、調子に乗って田舎から一旗揚げるために都会に出てホストになったが成果はでず、結婚詐欺師に落ちぶれ最後は金を奪った女から刃物でめった刺しか」
気が付くと俺はどこかの部屋にいた。目の前にスーツ姿の男がいて、俺の人生を「みじめだな」とそう評価した。
「誰だ……? ここはどこなんだ!?」
「私はギフター。そしてここはあの世というやつだ」
俺の口にした疑問を簡単に片づけると、ギフターと名乗った男は話をつづけた。
「お前はかつて金をだまし取った女の一人に恨まれた挙句めった刺しにされて死んだ。お前がここにいるのは、私が呼び寄せたからだ」
「呼び寄せた……? なんなんだ。いったい」
「提案だ。私からお前に提示する選択肢は2つ。1つは元の世界に戻り、大いなる流れに身を任せること。もう1つは私からの贈り物を受け取り、お前の人格はそのままに異世界に赤ん坊として転生することだ」
「は……?」
ギフターが一方的に淡々と告げる。贈り物、異世界、転生。何が何やら全く話が見えない。
「待ってくれ! 何なんだ贈り物って! 異世界に転生ってどういうことだ!」
「私がお前に贈るのは“ステータス改竄”のスキル。送り出す先はステータスの数値が絶対の世界だ。説明はこの程度でいいな? では60数える間に決めろ」
いうや否や、ギフターは数を数えだした。ステータス改竄? その数値が絶対の世界? まるで意味が分からない。
「29、30、31……」
だが、一つだけわかることがあった。ここで今決めなければ、俺の人生はみじめなまま終わる! それは嫌だ……!
「58、59……」
「わかった! 転生させてくれ!」
ステータス改竄が何かはわからないが、こんなことができるやつがくれるというのだ。きっとすごい力に違いない!
「よろしい。転生した後は思うままに振る舞うがいい。私はそれを眺めるのみ」
瞬間、視界が白く染まる。次に目が覚めると、俺は赤ん坊の姿になっていた。
それから数年。この世界のことを学ぶうちにわかったことがあった。
1つは、人間の価値はステータスで決まることだ。
この世界のステータスは筋力、頑健、知力、精神、技量と、体内にどれだけの魔力をため込めるかそ示すMP、そして死からどれだけ離れているかを示すHPの合計7つの要素であらわされる。
例えば、この世界に転生した当初の俺のステータスはこんな感じだ。
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セイヤ
HP1000000000/1000000000
MP1000000000/1000000000
筋力10000000
頑健10000000
知力10000000
精神10000000
技量10000000
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一般的な20から40代の男だと、低くて100程度、高くて300。鍛錬して500になるらしい。40からは衰える一方だと聞く。そしてこの数値は絶対で、例えば筋力99の男と筋力100の女が腕相撲をすると、必ず筋力100の女が勝つ。ステータスの高い者が勝つというのが、この世界における原則だ。
そんなステータスが軒並1000万。つまり俺は、転生した時から世界最強のステータスを持っていたというわけだ。おかげで俺はこの世界の両親を流行り病で亡くしたものの村では神童ともてはやされ、噂を聞き付けた騎士団からスカウトが来るのも時間の問題だった。
とはいえ、王都の聖堂騎士団からスカウトが来るレベルは何も俺だけではない。俺と同じようにスカウトされた奴や先輩方の中には特定のステータスが1000万を超えている奴もわずかながらいた。生まれながらに才能を持っている奴や、特別な血筋の奴がそうだった。
だが、そいつらさえ俺にとっては物の数ではなかった。ギフターが俺に与えた“ステータス改竄”があったからだ。
この能力は『ステータスの数値を移し替えられる』という、この世界では凶悪きわまる性能をしていたのだ。
例えば、俺の筋力が1000万で相手の頑健が1100万だったとする。この場合、俺が相手を殴っても相手には傷一つつけることはできない。
だがここでステータス改竄を使うことで、精神ステータスのうち200万を筋力ステータスに移し替えて筋力を1200万にすると、相手の頑健1100万を上回って相手に攻撃を通すことができるのだ。しかもダメージは上回った数値の分相手に通る。
加えて、ステータス改竄を行える回数に限度はない。おまけに相手のステータスも見えるためどれだけ数値を書き換えればよいかもすぐにわかる。
それがわかってからの人生は楽勝だった。5つのステータスの合計は5000万。しかもHPは10億。不死身に近い命と、自由自在のステータスは、俺の人生に何もかもをもたらしてくれた。
スカウトされてから1年後には最年少で聖堂騎士団長に就任。酒場に繰り出せばだれもが俺を称賛し、貴族からの縁談は後を絶たない。銀行は口の壊れた財布のように俺に金を出すし、俺に抱かれて嫌という女はいなかった。
17歳で迎えた人生の絶頂は、1年だけ続いた。
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「……ああ。もう朝か」
目を覚ますといつの間にか朝を迎えていた。今日は珍しく前世のことと、この世界に来てから人生の絶頂までの夢を見ていた。
今までにこの夢は何度も見ている。だが17歳から先のことを夢に見たことはない。
「そりゃそうだ。何も夢に見るほどのことがないんだから」
何もかもできる人生で得られたものは、空虚だけだった。
騎士として功績を残すことも、金を稼ぐことも、女にもてることも、ステータス改竄なら努力しなくても全部できた。できてしまった。
飽きてしまえば、あとは人生の消化試合。ステータス改竄という俺の人生を照らした祝福に見えたそれは、実際には俺の人生を空っぽにする呪いだった。
(実は今までのことは前世の俺が見ている夢で、明日目が覚めたら元に戻ってるとかないかな)
都合の良い妄想にそれはないと自嘲する。メイドたちに支度を整えさせ、いつものように出勤する。
(筋力と技量ステータスを上げれば、高速移動もできる。遅刻の心配はない)
風のようにセイヤの体が朝の街中をかけていく。
(ホストやってた頃は、遅刻1分につき1万円給料から天引きされるんだったか? いや、半殺しだったっけ?)
前世のことを、セイヤは断片的にしか思い出せなくなっていた。彼の体感では、もう30年も前の出来事なのだ。
もう読み込めない記憶はさておき、セイヤが訓練場に差し掛かると、中から「えいっ、やぁ!」という気合の入った声が聞こえた。
(こんな時間に、誰が……?)
訓練場は特に施錠されている施設ではないが、使用は朝礼が終わってからが常だった。第一、今の時間なら団員は朝の準備を行っているはず。
セイヤが覗いてみると、そこには金髪を三つ編みにした一人の若い女がいた。素振りを行う腕や額から頬にかけてもう汗まみれで、訓練着はしわだらけになっている。にもかかわらず、女は一向に素振りをやめようとしない。
「誰!? ……ってわぁ! セイヤ騎士団長殿!?」
いつの間にか俺は吸い寄せられるように訓練場に入っていた。女は濡れた石のような黒い目をこちらに向けると、驚きのあまり飛び上がって後ずさりした。
「お前は……?」
「あ、わ、私チルです! 遊撃騎士になりたく、ドミノ村から来ました!」
「そ、そうか。ん? 遊撃騎士に?」
「はい!」と元気よく答えるチルに対し、セイヤは首を傾げた。
「給仕係や事務係ではなくてか? 女だが、遊撃騎士になりたい?」
騎士団員と一口に言っても様々な役職があるが、その中でも遊撃騎士は死亡率の高い部隊として有名だ。
加えて騎士団は男社会。女性の団員であれば事務や給仕、馬の世話や装備の手入れを行う部署に配属されるのが常だ。
「……お、覚えてらっしゃらないんですか?」
「え? なにが?」
「あ、あはは。そうですよね! あれは、セイヤ様にとっては、数ある武勲の一つに過ぎないんですね……」
チルは少し落ち込んだ様子だったが、気を取り直すと俺と出会った時のことを語りだした。
「2年前、ドミノ村の近くに悪魔崇拝者たちが住み着いて村の若者をさらう事件があったんです。私もさらわれてしまって。でも助けてくれたのがセイヤ様なんです!」
「2年……ああ、あれか」
確かに、そんな事件があった。そのころにはどんな事件も敵もステータスを改竄して解決できるようになり、記憶に残るほど苦戦することがなくなっていたので忘れていたのだ。
「はい! そのときに思ったんです! セイヤ様のように、立派な騎士になりたいと!」
「そうか」
淡泊に返事を返した俺だったが、彼女の態度に俺はどこか懐かしさを覚えていた。
(そうか。俺も前世で一旗揚げるために上京した時は、こんな感じだったな)
何もない田舎の工場に就職するのが嫌で、実家を飛び出して上京した俺だったが、なりあがるために選んだのは煌びやかに見えたホストの世界だった。
早く有名になりたかった。口はうまく、田舎の学校でクラスの中心人物だった俺なら簡単に人気者になって成り上がれる。それしか考えずに飛び込んだがうだつの上がらないまま3年で辞め、そのあとは手っ取り早く金を手に入れるために女を捕まえて金づるにして気が付けば詐欺師になっていた。
「がんばれよ」
「はい! 頑張ります!」
チルが再び素振りを始める。それをみとどけて俺は騎士団の事務所へ向かった。
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「朝礼前に訓練場を使っている女の子ですか? ああ、あのチルって女の子。頑張りますよね」
「チルちゃんですか? 女の子で遊撃騎士を目指してるってすごいですよね!」
「でも団長。どうしてあの子のことを?」
「……いや、なんとなくだ」
次の日から、俺は騎士団の中でチルのことを聞きこんでいた。事務仕事は知力と技量を強化すれば素早く判断して書類を作れる。魔物の討伐任務は言わずもがな。余った時間で俺は彼女の聞き込みをするようになった。
「チル。素振りはただ木剣を振ればいい物じゃないぞ」
「セ、セイヤ様!? でも、あのどうすれば」
起床時間もいつの間にか早くなり、気が付けば毎朝のようにチルの訓練を見に行くようになっていた。ちなみに今のアドバイスは、団員の中で技量が高い者の素振りと彼女の素振りを見比べて言った言葉だ。
「なるほど。それで、どのように振ればよいのでしょうか?」
「え、あ。それは……」
だが、今までステータス改竄で雑に能力を操作していた俺に、細かい違いの指摘やアドバイスなどできるわけがなかった。
「えっと……俺は感覚でやっていたから説明が難しい。3日ほどでわかりやすくするから待っていろ」
よせばいいのに口出しをしたせいでこうなる。彼女は「セイヤ様は天才だから」と納得していたが、仕方なく俺は3日の間で知力と技量のステータスを上げて熟練団員の剣術を観察し、彼女にアドバイスをしていた。
「……というわけで、力を入れすぎるとかえって腕が固くなり疲れやすくなる。わかったか?」
「はい! ありがとうございます!」
こんな感じのアドバイスを繰り返すうち、チルは俺が来ても驚かなくなり、逆になつかれていくようになった。自分でもなぜ彼女にここまで入れ込むのか不思議だった。
「あの……セイヤ様はどうして私にここまで指導してくださるのですか?」
いよいよ、彼女の努力の成果を示す入団試験を2日後に控えたその日、俺は彼女にそう訊かれた。
「……訓練場の使用許可まで取って訓練している熱意に感心したからだ」
とりあえずそう返したが、本音でないことは俺自身がよくわかっていた。
「それより、明後日が本番なんだ。明日1日は最低限の練習だけやって、体を休めることと怪我をしないことに専念しろ」
「はい! 必ず合格して見せます!」
力のある返事をするチルに、俺はこの子なら必ず合格するだろうという予感を抱いていた。
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2日後、俺は試験の行われる闘技場でチルより前の参加者たちの試験を見ていた。
「今年はなかなか粒ぞろいですな。特に遊撃騎士志望者は合格数が多い」
「そうだな」
試験内容はいたってシンプルで、こちらの用意した蛇蝎という魔物を倒すというもの。見た目は蛇のウロコに覆われたサソリといった様子で、こいつを1対1で倒せる実力がなければ、どのみち遊撃騎士になっても早々に死ぬという塩梅だ。
「受験番号18番! ドミノ村のチル!」
試験官が呼ぶと、いよいよチルが闘技場に現れた。しかしそれに対して、周囲の反応は冷ややかだった。
「おや。年若い少女ですね」
「少女が遊撃騎士の試験に?」
「馬鹿な。ステータスが伸びにくい少女が蛇蝎に勝てるものか」
「事故死だけは勘弁してほしいな。後始末が面倒だ」
「……やるまではわからないだろ」
周囲でチルを嘲る連中にどうしてか苛立ちを覚えて独り言ちる。しかしそうこうしているうちに蛇蝎を収納したゲートがゆっくりと開いていった。
「負けるな。チル」
自然と俺はそうつぶやいた。チルもゲートが開くのに応じて剣を構える。そしてゲートが開き切り、試験開始の銅鑼がなった。
「……え?」
だが、ゲートが開き切って現れたのは血まみれで絶命した蛇蝎の死体だった。チルだけでなく、試験官や俺を含めた騎士団の幹部たちも唖然とする。
「ク、ククク……」
蛇蝎の死体、そのさらに後ろからくぐもった気味の悪い笑い声が聞こえる。
「チル!」
危機感を覚えた俺が技量ステータスの数値を上げて闇の中に目を凝らすと、チルに向かって飛ぶ刃が見えた。すかさず筋力にステータスを振りなおすと、チルの前に立ちはだかって短剣を叩き落した。
「セイヤ様!」
「下がれチル! 何かいる!」
チルを自分の後ろに下がらせるのと同時、ゲートをくぐってそいつが出てきた。黒いローブに身を包み、手には儀式用らしい直角に折れ曲がった短剣が握られている。
「おのれセイヤ……またしても邪魔をするか……」
「お前……えっと、誰だ?」
「憎らしい……恨めしい……龍脈地であるドミノ村で、魔力を受けて育まれた男女を生贄にすることで、悪魔王がこの世界に降臨されるはずだったのだ……」
男の口から憎悪が言葉になって流れ出てくる。異様な雰囲気に俺は長剣を握り直し、頑健と精神にステータスを振って物理攻撃と魔法攻撃に備えた。
「やはりお前は死ななければならぬ。死ね。死ね。しねしねしねシネシネシネシネェェ!!」
半狂乱で叫んだ男は、予想外の行動に走った。なんと手にしていた刃を自分の胸に突き刺すと、そのまま心臓を抉り出したのだ。
「悪魔王の眷属よ! 塔の悪魔よ! わが心臓をささげる! 汝の形代に顕れよ!!」
男が抉り出した自分の心臓を蛇蝎に投げつけて倒れる。すると心臓が燃え上がり、その火が蛇蝎に燃え移った。
「そんな……悪魔を呼び出すなんて!」
「悪魔を?……そうだ。あの時も確かそうやって最後まであいつら抵抗していたな」
チルの怯えた様子に俺も2年前を思い出す。事件の後に聞いた話では、連中は悪魔の姿に似た死体を用意し、自分の心臓をささげて死ぬことで死体に悪魔を乗り移らせることができるそうだ。
血だらけで死んでいた蛇蝎が動き出す。よみがえったのではない。。体躯は数倍に膨れ上がり、ウロコは蛇というよりももはや岩が大量に生えているかのような状態になった。
「まあいい。2年前も同じやり方で倒した」
冷静に俺はステータス改竄で数値を筋力と技量に振り分ける。超スピードで接近して真っ二つに切り裂く。それで終わりだ。
「はぁっ!」
裂ぱくの気合。こんな風に魔物の討伐に力が入るのはいつぶりだろうか。
いや、それよりも早くこいつを倒そう。そうしてチルの入団試験を再開させてやらなければならない。
妙な心地よさと使命感さえ覚えた俺は、塔の悪魔に肉薄すると長剣を縦に振り下ろした。しかし
「……は?」
ガキィッ、という金属音。振りぬいた長剣は塔の悪魔のウロコを破ることはなく、俺の腕に動けなくなるほどの痺れと反動が奔った。
「キシャアアアアアア!!」
あまりのことに呆然としたその刹那を、塔の悪魔は見逃さなかった。爪を振りかざすと横なぎに振るう。その一撃は確実に俺を捕え、頑健の数値を下げていた俺には絶大なダメージになってしまった。
「が……ふ……」
肺から空気が絞り出される。背中が打ち付けられ、背骨が粉々になった気さえする。ステータスを確認すれば、膨大だったHPが1000まで一気に減少していた。
「セイヤ様!」
誰が叫んだのかわからないが、その呼びごえで俺は意識をどうにか持ち直す。
(なんだ……あいつのステータスはどうなっている……?)
いまさらのように俺は塔の悪魔のステータスを確認した。
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塔の悪魔
HP1000/1000
MP100/100
筋力659344
頑健2049939415
知力666
精神2199394866
技量99210
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(……は?)
頑健の数値がバグっているように見えた。とにかく桁数が多くて膨大なのだ。おそらく、1千万は確実に超えている。
まずい。非常にまずい。俺のステータスはすべて合計しても5000万。ステータスをどんなに改竄してもこいつの頑健数値も精神数値も上回ることはできない……!!
「せ、セイヤ殿が負けた……?」
「も、もうだめだ!」
「逃げろ! 殺されるぞ!」
俺が倒れたことで騎士団員たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。誰も立ち向かわない。
当然だ。ステータスが絶対のこの世界で、最高峰のステータスを持つ俺がこんなザマなのだ。ほかの団員たちがこの悪魔に勝てる道理などない。
だが。一人俺の前に飛び出していく者がいた。
「うわああああ!!」
「チル……!」
だめだ、逃げろ! 俺の思いは言葉にならず、チルは塔の悪魔へと突っ込んでいく。
叫びとともに振り下ろされた剣は、当然のようにはじかれた。当然、塔の悪魔は迎撃に出る。
そこから先は、冗談のような悪夢のような光景だった。チルは小柄で体重もそうない。そんな彼女が塔の悪魔の巨大な爪に殴られれば、投げ捨てられた人形のように飛んでいくのは自明のこと。
力を振り絞り、俺はチルに駆け寄った。
「おいしっかりしろ! なんであんな無茶な真似を……!」
「あはは……負け、ちゃいました。やっぱり、わたし……セイヤ様みたいに、は。なれない、みたい」
声が刻一刻と弱弱しくなっていく。ステータスを見れば、HPの数値がどんどん下がり、すぐにでも治療しなければ非常に危険な状態だ。
だが、治癒魔術の使い手を呼ぼうにも塔の悪魔がいる。あいつがいる限り満足な治療などできるわけがない。
かといって、俺では塔の悪魔を倒すこともできない。
「死ぬな……死ぬなチル! お前は……お前は死んだらダメだ!」
俺にできたのはただ情けなく叫ぶことだけだった。だが
「俺は……ああそうか。そうだ! 俺はこの世界に転生して初めて楽しかったんだ! お前との日々が! お前は俺に、この力の正しい使い方を教えてくれたんだ!」
ステータスの改竄。自分の道を妨げるものを、簡単にどかしてしまう力。俺の今生を空虚にした元凶とさえ思った。
でも違った。俺はきっと、間違えた。いや、また間違えたんだ。
それは前世と同じ間違い。自分の生まれ持った力の使い方を、俺はまた間違えた……!!
「馬鹿か……俺は……!!」
前世で詐欺に使った口のうまさだって、使い方を誤らなければ人の心を救えたはずだったんだ。今生でギフターから得たステータス改竄が、チルの指導に使うことができたように。
「いつも自分のため……自分のことばかり……その結果がこれか!?」
「セイヤ……様?」
チルが困惑したように俺を見上げる。きっと彼女には、俺が訳のわからない事を言っているように見えるのだろう。
だが
「逃げて……ください……わたし、さいごま、で。やって、みます」
「チル……」
彼女は逃げようとしない。自分の無力を、勝てないことを知ってなお。
「なりたいんです。私……セイヤ様みたいな、立派な、騎士に」
それが、自分の抱いた夢だから。
(だめだ……だめだだめだ!)
ダメだと思った。心の底から。
チルを死なせてはならない。ステータスを知力に振りなおして必死で思考を巡らせる。
チルを、俺の夢を守るのだ。たとえ命に代えても!
(……命に、代えても?)
脳裏をよぎったその思いに、引っかかるものがあった。
ステータス改竄。ステータスのある項目の数値を減らすことで、その分別の数値を増やすことができる力。
それなら、できるのではないか。今まで無意識にやらなかっただけで、本当はできたことが。
「許せ、チル」
思案している時間はなかった。俺は起き上がるとチルの後頭部を殴り、彼女を気絶させる。手荒く乱暴なやり方だが、もうこれしかなかった。
「ステータス改竄。頑健、知力、精神、技量ステータスをすべて筋力ステータスへ」
塔の悪魔を前にして唱える。ステータスの4項目の数値が0になり、筋力のステータスが5千万になる。
その瞬間、俺の体に奇妙な脱力感が現れた。体がふやけたように感じ、思考がぼやけ、意思がよどみ、手足が振るえる。
ステータス0。こんなことになるなんて思いもしなかった。だが、もう止まっている時間はない。
「ステータス改竄」
もう一度唱える。次に改竄する部分は0にしてはならない。だが必要な分以外はすべて注がなければならない。
躊躇など許されない。しかし、俺の中にもう躊躇はなかった。
「最大MP数値100を残してすべて筋力へ。最大HP数値、2を残してすべて筋力へ!」
MP100は光の剣を出し、物質として具現化するために。そしてHP2のうち1は相手に踏み込み、もう1は悪魔をたたき割るために使う!!
光の剣が俺の手に顕れるのと同時、俺は足の踏み込む力だけで砲弾のように塔の悪魔へ迫った。そして2049999898……20億4999万9898の筋力ステータスが、奴の頑健ステータスを間一髪上回る!
塔の悪魔が悲鳴を上げる。奴のHP自体は1千と、そう高いものではない。加えて物理攻撃であるため精神ステータスはダメージの減衰には役に立たない。
だから、奴のHPは消し飛んだ。断末魔の後、塔の悪魔が崩れ落ち元の蛇蝎の死体に戻る。
ふと、後ろを振り返ると、チルがもう目を覚ましていた。驚いたのか悲しいのか、目を見開いて俺のほうを見ている。
(ああ……よかった)
チルは死ななかった。その安どとともに、俺の中には充足感が満ちていた。
(どうやらやっと、俺は俺の力を正しく使えるようになったらしい)
知らなかった。自分の力を正しく使って誰かを助けると、こんなにもすがすがしいのか。誰かのために自分の力を使う人生は、こんなにも充実するのか。
(ああ……死にたくない……)
やっとどんな人生を歩みたいか決まったのだ。俺が悟ったことを、チルにも教えてやりたい。団員たちにも。これからは自分の力を使って正しく生きるのだ。前世で犯した罪の分まで。
(そんな都合のいい話……ない、か……)
誰かが俺に駆け寄ってくる。その足音が、俺の聞いた最後の音だった。
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「……ですから、我々は規律を重んじます。それは規律が正しい道であり、正しい力の使い方を示しているからです」
王都のとある学校に、金の髪を三つ編みに垂らして子供たちの前に立つ一人の騎士の姿があった。
「伝説の騎士団長セイヤは、まさしくそれを体現しました。後年、彼の遺体を検査した結果、彼には自分のステータスをある程度自在に操る能力があり、彼の様々な武勲はその力を悪用したものであったのではないかと推察がされました」
「しかし彼は、塔の悪魔と対峙した時に自らの使命と、能力の正しい使い方に目覚めたのです。そしてその能力を使い彼は、自分の命そのものであり、死を遠ざける盾でもあるHPすら力に変えて塔の悪魔を打ち取ったのです」
そこでチャイムが鳴る。挨拶がされ、子供たちが出ていくのを金髪の騎士が見送る。
(セイヤ団長殿。私たちは、あなたが最後に得たものがきっとそれなのだと信じています)
ならば、後に続く自分たちのなすべきことは、その教えを体現し、後世につないでいくことだ。命を張って塔の悪魔を倒し、入団試験に挑んでいた受験生たちを救って見せたセイヤのように。聖堂騎士団は今や武力だけでなく、民衆に人としての正しい在り方を示す模範集団になっていった。
そしてその騎士団は何よりも正しい道に就いていることを重んじ、のちに正道騎士団を名乗ったという。