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6月6日 午前3時 ユタ・ビーチ
マイソフ上等兵の目をさまさせたのは、低い轟音であった。
「何がおっぱじまるんだ?」
マイソフの呟きはロシア語であった。
当時、人的資源の枯渇に悩むドイツ軍は、東部戦線で捕らえた捕虜などから兵士を徴募するに至っていた。各師団の補助的な任務に配置されていた者も、歩兵として「東部大隊」にまとめられてドイツ人将校の指揮を受ける者もあったが、彼らの多くは片言のドイツ語しか話せなかった。
やがて、地響きを伴う轟音が、内陸方向から聞こえてきた。近い。どうやら砲兵陣地あたりが爆撃を食らったものらしかった。
「起きろ! 集合だ!」
ドイツ人下士官がテントを回っては兵士を起こしに掛かっているようである。マイソフはぼんやり考えていた。カナダってどんなところなんだろう。ウクライナより寒いんだろうか。小麦は取れるんだろうか。働き口はあるんだろうか。
カナダとはこの当時のドイツ人に取って、捕虜収容所の代名詞であった。