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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第6章 疾風マイヤー
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6月7日 午前9時 サン・メール・エグリーズ村


「第21戦車師団が、オルヌ河口のイギリス軍を撃退したんだそうだ」


 ディートリッヒ大将は、電話報告するヴィット准将に楽しげに告げた。ヴィットは第12SS戦車師団の主力を挙げて、この重要拠点への道路からアメリカ空挺兵を追い払ったばかりであった。いつの間にか、夜が明けている。


 上陸地点の西端、ユタ・ビーチを攻め上げる第12SS戦車師団は、その反対側の端を担当した第21戦車師団より戦備も良いし、初動も決して悪くなかった。成果に差がついたように見えるのは、アメリカのふたつの空挺師団と正面衝突してしまい、これを排除するのに時間が掛かったことと、沿岸砲撃が比較的厳しかったことによる。


「海岸に攻勢をかけられるか」


「連合軍の沿岸砲撃は重厚です」


 ヴィットは慎重に答えた。


「フォン=オッペルンは昨日やったぞ」


 電話を通じて、ヴィットの一瞬見せた眼光がディートリッヒに伝わったかどうかは分からない。ヴィットは内心、設備の特に劣悪な第21戦車師団を馬鹿にしていた。それが昨日、ロンメル元帥の陣頭指揮のもとで大金星を稼いでしまったのである。一方、パリ近郊に留まっているディートリッヒには、連合国空海軍の支援の手厚さがまだ実感できないでいる。


 第12SS戦車師団は、他のSS部隊から転属した古参指揮官を多く擁しているのだが、全体としては新米師団と見なされている。NSDAP(いわゆるナチス党)の少年組織、ヒトラー・ユーゲントの年長の若者をその主体としているからである。その精強を見せつけたい気持ちが、ヴィットの心に魔を連れ込んだ。


「やります」


 ヴィットは短く答えると、より海岸に近いところにいるマイヤー准将に連絡を取った。


 ヴィットは師団長であり、マイヤーはそのもとで歩兵連隊長を勤めている。


「空を見ろ。どこを通って移動するつもりだ。地中か」


 マイヤーの返答は、ヴィットの予想に反して冷ややかであった。


「夜襲にしよう」


「フォン=オッペルンは昼にやったぞ」


「まだ暗い早朝に移動したのだろう」


 ディートリッヒの台詞をおうむ返しにするヴィットに、マイヤーが食い下がる。より海岸に近いところに進出しているマイヤーは、間断ない砲撃音で神経の休まる間もない。士卒の疲労がたまって行くのを肌で感じている。それに……


「捕虜の処理が先だ」


 アメリカのふたつの空挺師団は、すでに3000人の捕虜を出していた。この処理のためにヴィットの師団はほとんど1個大隊を宛てている。早く後方の2線級部隊に引き継いでしまいたいのだが、なかなか地域全体のコーディネーションが回復しない。


 先に折れたのはヴィットであった。


「では協議しよう。速やかにサン・メール・エグリーズまで来てくれ」


 マイヤーは肉屋の配達を打ち合わせたかのように、平静に受話器を置いた。


 ヴィットは焦っている、とマイヤーは感じている。マイヤーは武功赫々の勇将であるが、功をもって行動の軽重を測らない。


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 をいかに演じるかが問題であると思っている。大隊長の役を与えられれば、良い大隊長として振る舞う。連隊長になれば、連隊長の役柄をよく果たす。それがマイヤーが自らに課してきたことであった。外部に対して功を誇るなどは後からついてくる結果である。


 これはマイヤーの美点であり、限界でもあった。エリートとして訓練された者は、長い教育のどこかで、外部への印象を重視するように条件づけられる。そういった性向の人間が枢要の地位に一定数いないと、巨大な組織は有機的に機能しないからである。その性向を最大限に活かすには、マイヤーはすでにやや出世し過ぎていた。


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