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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第5章 日没、あるいはソード・ビーチ
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6月6日 午前2時 カーン市(ドイツ第21戦車師団司令部)

 第21戦車師団は、北アフリカで全滅した同じ名前の師団とは、ほとんど構成員が重ならない。新しい師団は小さな部隊を寄せ集めてひとつの戦車師団に仕立てたもので、フランス製の旧式戦車を中心とする旧式装備も多数残っていた。フランスの車両はフランスを離れてしまうと予備部品も手に入らないので、訓練中の戦車師団まで次々に東部戦線に吸い込まれていく中で、この師団だけはずっとフランスにとどまっていた。そうせざるを得なかったのである。


 こうした部隊を率いるフォイヒティンガー少将は、優秀な官僚であったが、軍人としてはリスクを負う進取の気性に欠けていた。彼の関心はもっぱら部下たちのために燃料や演習弾や、もし可能なら少しでも新しい戦車を工面することであった。


「はい……はい。ですが参謀長、リヒター少将からオルヌ川東岸の敵空挺部隊を掃討するよう命じられております」


 B軍集団のシュパイデル参謀長は、ロンメル元帥直々の指示で、第7軍と第84軍団を中抜きして、直接第21戦車師団に警報を伝えようと電話をかけていた。受ける側では師団長が対応している。傍らの電話ではフォイヒティンガーの幕僚がふたりの会話を親子電話で聞き取り、懸命にメモを取っている。


 他の戦車師団と違って、第21戦車師団はあらかじめB軍集団に戦術的指揮権が与えられているから、大きな移動をしない限り、ロンメルはOKWに相談せず命令出来る。そこであらかじめ、カーン市付近の海岸を守る第716歩兵師団長のリヒター少将に、危急の際に備えてフォイヒティンガーへの命令権が与えてあった。リヒターからつい先ほど攻撃命令が出たのだが、小心なフォイヒティンガーは上級司令部のオーソライズがないので出撃をためらっていたのである。


 電話の声が変わった。


「私が分かるか。ロンメルだ」


「はい」


「リヒターの指示を実行せよ。上陸があるかもしれん。兆候が見えたら、海岸へ急行せよ」


「あの、敵空挺部隊はその場合、対応しないでよろしいのですか」


「臨機に行動せよ。戦闘は始まっているのだ、フォイヒティンガー」


「はい」


 フォイヒティンガーが細部に渡って不安げに指示を求めるので、ロンメルは立腹している。


「自分だけで戦争をしようとするな。必要な指示を部下に与えれば良い。必ず期待に応えてくれるはずだ。君が私の期待に応えてくれるようにな」


 ロンメルはフランスに来て、人を煽てるのがうまくなった。


「はい」


「やれるな」


「はい」


「ではとりかかってくれ。吉報を待っている」


 フォイヒティンガーは電話を終えると、オッペルン・ブロニコウスキーという長い名前の大佐を呼んだ。師団の戦車連隊長をしていて、ベルリン・オリンピックでは馬術で金メダルを取った男である。髪はオール・バックに撫で付けている。美男子の上ちょっといける口で、二日酔いのところへロンメルの抜き打ち査察を受けて狼狽したこともあった。


「オッペルン、オルヌ川東岸を制圧しながら、海岸へ進出せよ」


「上陸があったのですか」


 フォイヒティンガーは、さっき教わった台詞を試すことにした。


「まだないが、臨機に行動せよ」


 オッペルン・ブロニコウスキーはフォイヒティンガーが見たことのない会心の笑みを漏らすと、


「承知!」


 ときびすを返して退出した。フォイヒティンガーは急に不安に襲われた。負ったこともないような重い責任を負ってしまったようだ。

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