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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第2章 オマハ・ビーチ
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6月6日 午前8時 サン・マリー・デュ・モン村

 夜が明けて、シュトライトたちはようやくクルーの全員を装甲車に乗り込ませることが出来た。支援用の装甲車が、砲身の短い旧式砲を周囲の沼地に撃ち込んで、一帯を制圧することが出来たのである。ミルクと冷たいパンが各車両に配られている。中隊長クラスは丘の上の大隊長のテントで現状を検討している。車体に登ると、早朝の夏風がさわやかである。


 近距離通信機が鳴るのと、キャタピラ音が海岸から響いてくるのがほとんど同時であった。シュトライトは車内に潜り込んで、おそるおそるオープントップの砲塔から顔を出す。アメリカ軍の戦車だ。装甲車の積んでいる旧式砲や機関砲では分が悪すぎるし、装甲の厚さもちゃんとした戦車とは比べものにならない。歩兵が”つくし”のような先太の棒を持って前線に出てくる。最近流行の歩兵用対戦車兵器である。あれで1台戦車をしとめるだけで銀の記章がもらえるそうだが、シュトライトはそれを欲しいと思ったことはなかった。


 歩兵たちの手元から銀の光条が迸るが、戦車の手前でおじぎをしてしまう。距離が遠すぎるのだ。新米が! シュトライトは舌打ちする。村が注目されてしまった。砲弾が村を襲う。やむなく射程の短い旧式砲で支援用装甲車が応射するが、反撃されて1両、また1両と炎上する。沼地に囲まれて、互いに隠れる場所がないのである。


 別の方向から聞き慣れたキャタピラ音が迫ってくる。援軍だ! 先頭には戦車がいて、村に近づいたので便乗していた歩兵が振り落とされるように下車する。ドイツの標準的な戦車は、アメリカ軍のそれとだいたい同じ口径の大砲を持っているが、ドイツの方が砲身が長いので射程も長いし、同距離なら貫徹力が強い。撃ち合いになった。シュトライトの装甲車には機関砲しかない。じっと見ているしかなかった。


 アメリカ軍の戦車が次々に破壊されるが、先頭の1両がドイツの縦列めがけて無謀な猛進をかけてきた。先頭のドイツ軍戦車がうろたえて致命的な一発を浴びる。アメリカ戦車の砲塔が次の獲物に回るところへ、沼地からの閃光がアメリカ戦車の垂直な側面装甲を襲った。轟音と共に、内部での爆発がずんぐりした砲塔を持ち上げ、吹き飛ばす。


 残ったアメリカ戦車は後退して行った。対戦車兵器を放った男は、泥だらけのまま道へ上がると、村へすたすたと歩いてくる。泥沼をゆっくり前進して、至近の射点を得た手際は、沈着そのものである。シュトライトは砲塔から飛び出すと、勇敢な兵士を迎えて、右手を差し出した。


 驚いたことに、兵士はシュトライトの右手を無視して言った。


「指揮官はどこだ」


 むっとしたシュトライトが何か言いかけるのを、男の眼光が止めた。シュトライトがはっとする。肩章が軍服と同じ色の布で隠してあるので、将官の房飾りが見えなかったのである。


「大隊長はどこにいる」


 顔に浴びた対戦車兵器の硝煙をぬぐおうともせず、マイヤー准将はシュトライトに尋ねた。対戦車兵器の射ち殻が足元に投げられ、くぐもった反響音を立てた。


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