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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第1章 ユタ・ビーチ
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学生と教授の会話 #2

「ロンメル元帥は、この日に本当はドイツに帰る予定だったんですよね」


 女子学生の表情を見ると、どうやら取って置きの質問であったらしい。


「もしそうなっていたら、どうなったでしょうか」


「おそらく、警報は遅れただろうね」


 教授は淡々と話す。


「この参謀長は慎重に計画するのは得意だが、臨機応変というタイプではない。しかし警報以上のことは、誰に取っても不可能だろう」


 教授は壁に掛かっているヨーロッパの地図で、およそパリとノルマンディーの中間あたりを指さす。


「ロンメル元帥の司令部はノルマンディーからたっぷり100キロは離れていたから、ここにいてもひどく混乱した伝聞しか得ることはできなかったのだよ」


「そこなんです」


 女子学生は身を乗り出す。


「第15軍から、前の夜にBBC放送が流したヴェルレーヌの詩の一節が、上陸作戦の前触れだと警告されていたんじゃなかったんですか」


 第15軍は、カレーなどイギリスにいちばん近い地域を担当する、B軍集団の半身である。


「情報は、知っただけでは利用できないのだ。それを信じることによってはじめて活用されるんだよ」


 教授は講義のときのような、噛んで含める口調になる。


「情報の真偽をフィルターにかけて、根拠を認められた情報をあらためて知っておくべき全員に流す。こういうシステムが、ドイツ軍に根本的に欠けていたんだ」


「でも、それって、合理的じゃないじゃないですか」


 女子学生は不満げである。


「そんな非合理な戦争指導をしていたら、戦争に負けてしまう。私もそう思う」


「なぜその情報をB軍集団は信じなかったんですか」


「ヒトラーは、情報を独り占めにしようとしたのだ」


 教授は言葉を探す。


「OKWの情報部と、軍や軍集団のスタッフが直接連絡することは、公式には禁止されていたから、個人的なコンタクトのみが頼りだった。ところでロンメルの参謀長が着任したのは4月16日だった」


 教授は含み笑った。


「50日前に知り合ったばかりの情報参謀が、ある筋の情報に寄れば明日ドイツは国難に遭う、と言ってよこしたのだ。参謀長はどうするべきかな」


「それは……」


 学生は口ごもる。


「もうひとつ、忘れてはならないことがある。もし虚報に踊らされて全部隊に警報を発した場合、参謀長は左遷される可能性がある。この人物は」


 教授は女子学生をじっと見た。


「もうしばらく、ロンメルとB軍集団が、必要だったのだよ」


 学生は、言葉を失った。


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