第3話「タカのノコギリクワガタ」
「昨日、すげーでっけーノコギリ(クワガタ)のオス捕まえだぞ。」
「うっそこいでんなよ!(嘘吐くなよ!)見せでみろ!」
「いいよ!帰りにうぢ(家)さ寄ってげ!見せでやっがら!」
Nゲージ好きでちょっと小柄なタカ(後に矢沢永吉著【成りあがり】に多大な影響を受け高校卒業後上京)
がノコギリクワガタを捕まえたと言い出した。
タカの家には変わった物が多く、何故かタカが若かりし丹波哲郎さんに抱っこされている写真があったり、他には映画かドラマか判らないが何かの台本があったり、短波ラジオがあったり、とにかく変わった物が多かった。
そんなタカがよりにもよってノコギリクワガタのオスを捕獲したと言い出したのである。
ノコギリクワガタのオスといえば通常のクワガタと一線を画す。
そのレア度と格好良さから少年たちの間ではノコギリクワガタを所有するということは、カブトムシのオスを所有することに近いある種のステータスであった。
と思う。
それはデパートでヘラクレスだかコーカサスだかの外来カブトムシが売っていることは無かった時代です。
放課後、帰り道が一緒の僕とマサとシンジは、ノコギリクワガタを見るためタカの家へと立ち寄った。
「持ってくっからここで待ってでよ。」
「わがった。」
僕を含め少年3人はタカ宅の玄関先で、勝手に10cmもあるノコギリクワガタを想像しドキドキしていた。
しかしタカは5分経過しても10分経過しても出てこない。
おかしいと感じ始めた僕たちは縁側から中をのぞいて見たが、タカの姿は無い。
タカのじいちゃんがテレビを見ているだけだ。
もしかしたらノコギリクワガタが見れるのではないか!
という期待から30分待ってみたが、結局その日タカが家から出てくることは無かった。
翌日、当然学校で僕たちはタカを問い詰めた。
「おめ嘘こいだべ!ノコギリとかいねーんだべ!(お前嘘ついたな!クワガタはいないんだろ!)」
「逃げらっちゃだ!ノコギリ入っちだカゴ見せっから!(逃げられたんだ!クワガタを入れてたカゴを見せるから!)」
カゴなど見てもクワガタがいた証拠にはならないのだが、そのときの僕たちは納得してしまった。今度はノコギリクワガタが入っていたであろうカゴを見るためにタカの家にいた。
タカがこれだ!と持ってきたものは、お菓子の詰め合わせの紙箱で、ふたにはアイスピックか何かで開けた、空気穴と思われる穴が数箇所開いており、中にはキュウリの欠片が無残に転がっていた。
それはカゴでも何でもないただの箱であった。
キュウリの欠片でノコギリクワガタの存在をすっかり信じた僕たちは、この厳重な箱のどこから逃げ出したのか真剣に議論した。
「やっぱ、ここのフタ開げでその隙間がら逃げだだべ。」
見たこともないそのノコギリクワガタは、強靭なハサミ?でフタを押し開け、そこから脱出したとの結論に至った。
もしかしたら、タカが捕獲した樹木に戻っているかもしれないと思い、僕らはその場所へ行ってみることにした。
タカが案内したのは、あろう事か、家から3〜400m離れた場所にある
柿畑
であった。
雑木林なら可能性もあったが、柿畑でクワガタが捕れることはまず無いだろう。
実はというか、やはりというか、ノコギリクワガタはいなかった事をタカ以外の3人は直感したが、
ここまでのタカと自分たちの苦労を考えると
「嘘だ」
と言い出すことが出来なかった。
唯一言葉に出来たのは
「帰んべ。」であった。
4人は無言のままバイバイして帰宅した。